三章 皇都へ
一節 麗しき少女
凄まじい能力を発揮し、トーマスの信頼を勝ち得たジョー。
それはいつか、彼の力となってくれることだろう。
世の中には、力尽くでは勝てない『魔物』もいるのだから。
………………
――遺跡
それは、古代文明人の残した技術の残滓であり、アークガイアに生きる人々にとっての希望。
物流を支えている自動車はここから掘り出され、稀にではあるが強大な力を持つマシン・ウォーリアも発見される。
崩れた地面の下から偶発的に発見されることの多いそれらは、アークガイア全土に数多く存在している。
一説では、すべて繋がっているともいわれるが、その真偽は定かではない。扉らしきものは存在するが、誰も通ることができないのだ。
よって、調査ができるのは基本的に一室のみである。
「つまらん……早く終わらんのか!」
新たに帝国領内で発見された遺跡を見降ろし、そう駄々をこねるのは長い金髪の騎士。
そう、ガス・アルバーンである。
「ガス様、落ち着いてください! まだ調査は始めたばかりです!」
大人げなく喚くガスを宥めるのは、その副官アルフレッドだ。
苛立ちを隠そうともしない上官に、彼も困惑を隠すことができない。
「仕方ないわ、アル。あの時ガス様が失ったのはクレセンティウムの剣なのよ。この方にとって、命の次ぐらいに大事な――」
そういって理解を示すのはアルの姉にあたる人物、エルである。
彼女なりに哀しみを共有しようとしているのかもしれないが、返ってガスの神経を逆なでしていることには気が付かない。
「違う。あんなもの、この私がその気になれば何本でも手に入れられる」
「あんなもの」と彼は言うが、クレセンティウムは希少金属である。手のひらに乗るほどの量を確保するのでさえ、城を建てるのと同じぐらいの費用を要する。
それで作られたMW《マシン・ウォーリア》用の剣ともなれば、強大な国家でなければ作ることさえかなわない。
かつてガスは、とある小国のMWを一人ですべて討ち取った。その時の功績で皇帝から授与されたものがそれなのだ。決して安いものではないはずである。
「はっ、ではなぜ……?」
「ブレイバーだ。私はあれが欲しい。あれこそが私の求める最強のマシン・ウォーリア――」
語りだしたガスは自分の世界に入り込んだ。
しかし、アルは気にした様子もなく、ガスへと疑問を投げかけた。
「ブレイバーが? 確かにあれは凄まじかったですが――」
「昨日の戦いで解らなかったのか。奴はストライカーの剣を『視て』から避けていたのだぞ」
「え……!」
「それは本当ですか!? ガス様!」
「貴様らならそれだけ言えばわかるだろう?」
ガスの語る驚愕の事実。思わず、部下の二人は全身で驚きを表現している。
「ええ、MWに乗るものならば、敵の攻撃を視認したうえで避けることの難しさがよくわかります。生身の体ならば反射的に避けられることもありますが、入力からのタイムラグのあるMWでは、そうはいきません。普通に避けられるなんて……ガス様のストライカーでもそんなことはできないというのに……!」
アルは知る限りの常識と照らし合わせ、改めてその凄まじさに衝撃を受ける。
「故に、帝国でMWに乗るのを認められるのは上級に位置する騎士のみ。培った戦いの才覚から、敵の攻撃を『予測』できる者でなければ、貴重なMWを無駄にしてしまうから……。それが必要ないなら何なのよ、あれは……!」
エルは己の誇りを傷つけられながらも、その規格外な戦闘能力に驚嘆する。
「そう、あれはそれだけの性能を持っている。だが、本当に恐ろしいのは――」
「アルフレッド様! こちらに来ていただけますか!」
ガスが続きを言いかけたところで、遺跡の調査に向かっていた騎士から声がかかった。
楽しそうに語っていたところに横やりを入れられたガスは、思わず眉間にしわを寄せる。
「どうした! 何かあったか!」
「はい! こちらに不審な女が倒れています!」
「女だとっ!?」
騎士はアルに報告するが、なぜかガスが憤りの声をあげる。
「報告するのなら! MWの一体でも見つけてからにしろ!」
「ガス様! どうか落ち着いてください!」
「はっ! 続けて報告いたします! 新種のMWがその付近で発見されました!」
「そっちを先に報告しないかっ!」
部下を怒鳴りつけながらも、案内に従いガスたち三人は地下へと下る足場を伝う。
そして一行は照明のない、薄暗く広大な部屋の中を歩く。
彼らにとっては変わった意匠の壁や床、意味の解らない出っ張りがあるが、気にも留めずに進んでゆく。
「こちらです」
騎士がその手に持つランタンを突き出し、地面を照らす。
その先には、全裸の女が倒れていた。
「女の方ではない! MWを――」
そう言いかけて、ガスは硬直した。
かつて味わったことのない衝撃が、彼の胸を貫く。
その女は綺麗なセミロングの金髪であった。その白い肌には染み一つなく、その肢体は健康的な肉付きをしている。
目を閉ざした顔からは瞳の色がうかがえないが、その顔立ちは人形のように整っていた。
「う、美しい……!」
俗にいう一目惚れというものだろうか、ガスの心はその少女の虜となってしまっていた。
彼女はガスの知るどんな芸術品よりも美しく、扇情的であった。
「……うぅ、ここ……どこ……?」
そして、少女は目を覚まし、濁りのない碧い瞳を覗かせた。
――――――
国境付近に設営された検問所を見守るように、距離をとって駐車している車両がある。
MWを搭載できるほどに大きいトレーラー……そう、ブレイバーを積んだ、彼らの物である。
「うぅ、本当にやるんですかぁ?」
そう問いかけるのは長い栗毛の眼鏡をかけた女性、シェリー。
ハンドルを握っている彼女は、決行する前から既に涙目である。
「ここを通らなければ帰れんぞ。山を通るわけにもいかないんだからな」
答えたのはカラスのように黒い長い髪を後ろで束ねた、浅黒い肌の青年、トーマスだ。
シェリーの上司にあたる男でもある。
『無理そうならブレイバーを出しますけど……』
車載通信機から流れる声の主は、ジョーである。彼は今、ブレイバーの中で待機している。
先日の闘いから通信機を調整し、インカムではなく車内にスピーカーで流すように改造した。
運転手とすぐに情報が共有できないとなると、後々支障がである可能性がある。そのように、トーマスが判断したのだ。
マイクも車内中の音を拾えるよう、配置してある。
「駄目だ。第一お前な、自分の体を壊したらどうするつもりだ」
トーマスは体を労わるべきだと、ジョーに提言する。
先日、無茶を繰り返したジョーがブレイバーの中で気絶していたからこその発言だ。
「そ、そうですよ! ジョー君は休んでいてください!」
余裕がない中でもシェリーはジョーを気遣う。
だが、そもそもジョーがブレイバーに乗っているのは、気乗りしていない様子のシェリーを見ていたたまれなくなったからである。
何かあったときの保険として、思わず自発的に乗り込んでしまったのだろう。トーマスは何だか申し訳ない気分だった。
「そうだ、よく言った! さあ、やってくれ!」
「ちょっと待ってくださいよぉ! 今、心の準備しますから!」
『……』
彼らは国境を超えるため、関所を強行突破しようとしている。
ブレイバーで暴れれば簡単なのだが、ジョーとは「一度だけ」と約束してしまった手前、トーマスはシェリーに頼らざるを得ない。
「フッー! フッー! よし、できました! 行きます!」
シェリーは深く息を吐くと、急にアクセルを全開にする。
彼らが遠巻きに見ていた関所の門に、急発進したトレーラーが突っ込んでいく。
勿論、
「おらっ! どけどけ! 死にたくなければ全員どけぇ!」
「やめてくださいよぉっ!」
窓から顔を出し、調子に乗って叫ぶのはトーマス。
対して、運転しているシェリーは泣き出していた。
「うわぁぁぁ!」
「逃げろぉぉぉ!」
律儀に並んでいた人々は慌てふためき、一目散に逃げてゆく。
まさしく、阿鼻叫喚の様相であった。
「な、なんだ! 賊か!?」
「早くMWを出せ!」
突然の出来事に狼狽える関所の役人たち。
そして、一体のアーミーが立ち上がり、迫る。
「シェリー! 早く突っ込め! アーミーが出た!」
「わかってますよぉ!」
『アーミーが出たんですか!?』
「大丈夫だ、何とかする!」
「大丈夫じゃないですよぉ!」
大きな破砕音を立て、トレーラーは木製の門を破壊する。
所詮は馬車や人を止めるための簡易的なものであり、トレーラーの殺人的な突撃には耐えられなかった。
「そら、おまけだ!」
トーマスはシガーライターで球状の物体から生えた導火線に火をつけ、置き土産とばかりに窓から放り投げる。
その物体は煙幕を発生させ、人々の視覚を奪う。アーミーも例外ではなく、足元の人間を確認できない今、立ち往生するしかできなかった。
そして、煙が晴れたころにはトレーラーは走り去っていた。
――――――
山の谷間の中を一台のトレーラーが走る。
一切の草木の生えない道だが、崖上には対照的に緑が広がっている。
ここは、自然の生み出した通行路。皇国と帝国を結ぶ、唯一の道である。
「よし、追手はいないようだな。よくやってくれた」
「も、もうやだぁ……おうち帰るぅ……」
『成功したようですね。出番がなくて良かったです』
反応は違えども、作戦の成功を実感する三人。
だが安堵しているのは、皆同じだろう。
「この谷を抜ければ、もう皇国だ。安心していいぞ」
『ふぅ……ようやくですね。シェリーさん大丈夫ですか?』
「ほっといても大丈夫だろ」
トーマスは横目でシェリーを見る。項垂れつつもしっかり運転はしていたので、特に問題は無いだろうと判断する。
「皇都でベン達と合流したら、まずはヘッドギアをスケッチさせてくれ」
『そのぐらいなら構わないですが』
「その次はブレイバーの性能の確認だな。アーミーと比較したい」
『は、はい……』
「それからだな――」
トーマスが次々と要求をジョーに投げかけていると、トレーラーは谷を抜ける。
「お、抜けたな。もう皇国領だ」
『本当ですか! やっと……』
「コンテナを開くから、外を確認するといい」
そういって、トーマスはボタンを押す。
彼の背後でコンテナが開かれる様子が、シートを通した振動と音で伝わってくる。
「ようこそ、センドプレス皇国へ。歓迎するよ、ジョー」
その言葉に、一切の他意はない。
――無かったはずなのだ。
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