五節 疾走するブレイバー
ブレイバーに、ストライカーが持つ黒い剣が振り下ろされる。
完全に戦意を失ったジョーは遅くなった世界の中で、ただぼんやりとその切っ先が反射する光を見つめている。
その美しい金色の光は、死にゆくジョーをも魅了した。それが、裁きの光であるとも感じさせるほどに――
しかし、それは彼の見る最後の光景とはならなかった。
聞こえてきたのだ。ジョーの死を望まぬ者の声が。
『――剣で受けろ!』
強化されたジョーの聴力が、スローに再生されるトーマスの言葉を聞き逃さない。その助言に従い、彼は最期の悪あがきに出る。
ゆっくりとした空間の中で、いつもと同じように感じる速度でレバー入力をする。実際の速度は人間とは思えない程速く、かつ高精度に入力を行っている。
ジョーはこの能力の使い方を、少しずつ会得していた。勝手に発動したり、使い方を間違えなければ、かなり正確に体を動かすこともできるのだ。
そして、ブレイバーにはそれに応えるだけのマシンパワーがあった。
『なっ!? 剣が!』
余裕が崩れたガスの驚愕の悲鳴。無理もないことだ。
確実にとどめを刺したと思ったブレイバーが、目にも止まらぬ速さで腕を動かし、剣で剣を受け止めたのだから。
ヒート・ソードが、振り下ろされたクレセンティウムの剣を焼き切っていたのだから。
ジョーはこの時になって、初めてブレイバーの性能に驚かされる。
人間ではありえないほどの高速入力に
思えば、昨日もそうであったとジョーは思い浮かべる。アーミーを裂く剣の速度は尋常ではなかった。
ストライカーは動きを止めている。
中にいる人間のことなどジョーにはわからないが、放心しているように彼には見えた。
『今だ! 逃げるぞ!』
それをチャンスと見たのであろうトーマスが合図を出す。
トレーラーは既に走り出していた。
ジョーも遅れて、トレーラーを追おうとする。
だが、いつの間にか来ていた増援のアーミーが三体、立ち上がったブレイバーの前に立ちはだかる。
そしてそれとは別に、二体が走行形態でトレーラーを追っていた。
『おのれ、よくもガス様を! ……ガス様の剣を! かかれ!』
アーミーのうちの一体から女性の声が発せられる。
合図とともに、左右のアーミーが剣を構え、じりじりと近づいてくる。
それをじれったく感じたジョーは、苛烈な行動に出た。
『うるさいんだよっ! 剣如きで!』
ジョーはブレイバーを彼から見て右側のアーミーへと走らせる。
そして、その直前で踵を地に着けたまま、仰向けに転倒させた。
地に倒れる衝撃が、シートを伝いジョーを襲う。シートベルトが跳ねる体を締め付けるが、胸の鎧がそれを緩和してくれる。
自身の体にかかる負担を除けば、彼の企みは成功していた。
『きゃあっ!』
右手に握ったヒート・ソードは右のアーミーの脚を切り裂き、頭のレーザー・マシンガンが残る二体の脚を打ち抜く。
左前腕は地に着け、滑らせながら機体を支えさせていた。
その動作は、例えるならばスライディング。
踵の駆動輪を使うことや、左腕にかかる負担など、人間に真似できるものではないが、最も近い例えではあるだろう。
これは、ジョーが待機中にアクションパターンに組み込んだ技である。
マシン・ワーカーと同じく機内での調整が可能であると知った彼が、非殺傷の動きとして即興で作成したのだ。
テストなしのぶっつけ本番ではあったし、レーザーの発射は完全に予定外だったが、『能力』なしで良くできたとジョーは安堵した。
左腕をばねのように使い、走行中のまま体を起き上がらせると、ブレイバーはトレーラーの逃げた方向へと向かう――
――――――
追うものと追われるもの。彼らの逃走劇は、まさしくそれが解りやすい構図であった。
必死に逃げるか弱き逃走者と、それを追い詰めようとする屈強な追走者。それが一目瞭然なのだから。
『そこのトレーラー! 大人しく止まれ!』
そう、トーマスの乗るトレーラーは、二体のアーミーによって追われていた。
そこは、整備された道ではなく、草や石が遠慮なしにのさばる悪路である。
故に、一流の運転手が操るトレーラーが、踏破力に優れるアーミーに追いつかれそうになっているのも、無理はない話であった。
「もっと速度は出せないのか!?」
トーマスはつい苛立ちをシェリーに吐き出してしまう。
「も、もう無理ですよぉ。これでもかなり飛ばしてるんですぅ」
今にも泣きだしそうな声でシェリーが答える。実際に速度計はかなりの速度を示していた。
開けた平原であっても、トーマスにはこれだけの速度を保つことはできないだろう。
単純に恐ろしいのもあるが、何かの拍子にスリップした場合、彼にはそのフォローができないのだ。
それを考えるだけでも、シェリーはかなり良くやっていた。
対して、トーマスは無力感から歯噛みする。
「ちぃっ!」
「ひっ!」
悔しさから思わずしてしまった舌打ちは、シェリーを怯えさせるだけであった。
トーマスはおもむろにドアミラーを覗く。彼がこれまでに何十回と行った行為である。
「あれは……!」
しかし、今回は違いがあった。急速に接近してくる灰色のMWが見えたのだ。だが、未だ距離は遠い。
それを見たトーマスは車載通信機のインカムに手を伸ばした。
「おい、ジョー! こいつらを何とかしてくれ!」
『今行きますよ! もう少し待ってください!』
「もう持たない! 早く来い!」
『こっちだって精一杯なんですよ! これ以上飛ばしたら僕が死にます!』
「死ぬ気でやれっ! 俺たちが死んだらお前も死ぬだけだ!」
どちらもかなり必死である。
トーマスはジョーに容赦のない言葉を浴びせたが、事実でもあった。
彼らが死ねば、行先のわからないジョーは野垂れ死ぬか処刑されるのみだ。
『……わかりましたよっ! やればいいんでしょう!』
「こんなことしか言えなくてすまんが……頼む!」
『ああ、頼まれましたよ! チクショー!』
トーマスはやけくそ気味なジョーの返事に、どことない安堵を覚えた。
この男ならばやってくれると、直感させられた。
それは、信頼と言い換えてもいいものだったのかもしれない。
――――――
ジョーはトーマスの無茶な要求を聞き、辟易していた。
しかし、言っていることに間違いはないのだろうから、彼としてはやるしかない。
トーマスは「責任を持つ」とは言っていたが、ジョーの命までは責任をとれないのだろう。
彼はトーマスの評価をさらに下げた。
「好き勝手言ってくれて……!」
そうこぼしながら、ジョーはペダルをベタ踏みする。
機体が急加速し、彼が味わったことのないほどのスピードで、ブレイバーは平原を駆け抜ける。
足に石が当たり途中で何度も転倒しそうになるが、オートバランサーで補正する。
だが、それにも限度はある――
「うわぁぁぁっ!」
ブレイバーの足が段差に接触し、前のめりに倒れる。
このような速度で地面に倒れれば、ブレイバーとて大破は免れないし、ジョーも危ないだろう。
それを感じたジョーの脳は、『能力』を発動させていた。
「――あぁぁっ!」
ジョーは恐怖から叫び続けているが、入力は正確に行っている。
ブレイバーは手を地に着き、押し戻して体を起き上がらせる。
「ぐぅぅっ!」
さらに速度が上がると、ジョーの感じる世界は逆に遅くなり、五感は鋭敏になる。
潜在的な能力をすべて出した肉体は、襲い来るGに耐えられるほど強靭に発達する。
「いけぇぇぇっ!」
ブレイバーは豹のように――いや、風のように素早く、平原を駆けていた。
アーミーが視界に移ると、ブレイバーは先ほど披露したスライディング切りを行い、一体の脚を狩る。
倒れた際に先ほどとは比べ物にならない衝撃がジョーを襲い、脳が揺さぶられる。
刃が接触する瞬間に、気持ち悪くなるほどの小さな感触が、ジョーの感覚を狂わせる。
そして、すぐさまブレイバーは体をおこし、トレーラーよりも先で大きくUターンした。
『何だ! 何なんだ! 貴様は!』
『……ブレイバーだっ!』
立ち上がったアーミーから動揺の声が響くと、ジョーは見当違いの名乗りを上げる。
言葉の端には微妙な苛立ちが感じ取れた。
ブレイバーを待ち受けるアーミーは、剣を構えて臨戦態勢を取り始める。迎え撃とうとしているのだろう。
しかし――
『だが、来るのさえ分かっていれば! ――っ!』
『遅いっ!』
ブレイバーによる三度目のスライディングにより、アーミーの足は既に切り裂かれていた。
アーミーでは、わかっていても避ける術がないのだ。ジョーは感覚でそれを理解していたがゆえに、体にかかる負担を我慢して同じ攻撃を仕掛けているのだ。
『何ぃっ!? ――がっ!』
支えを失ったアーミーの上体が前のめりに地面に倒れ、乗っている男の短い悲鳴が漏れる。
ジョーはそれを無視して、起き上がらせたブレイバーでトレーラーを追う。アーミーにはもう目もくれていない。
『――ま、待てっ! 待てぇっ!』
男の叫びが空しく木霊する。悔しさと不甲斐なさの滲む、無念の声。
しかし、それに反応するものはいない。対峙していたジョーでさえも、既に聞いてなどいない。
そしてブレイバーとトレーラーは、二体の残骸を残してその場から消えた。
――――――
コンテナに収納されたブレイバーのシートで、ジョーは一息つく。
やり遂げたという達成感と、生き延びたという安堵感が、彼の疲労を増長させる。
『助かった、礼を言う』
「そういうのは言葉じゃなくて、態度で示してほしいですね」
トーマスの素直な礼に、ジョーは生意気に答える。
ジョーとしては文句の一つも言いたくなるのだろう。それが嫌味となって発露されたのだ。
『ああ、そのつもりだ。皇都に戻ったら報酬を出そう』
「そういう意味で言ったんじゃないですけど……まあ、くれるならもらっておきます」
思いもしなかった臨時収入に、ジョーは思わず微笑んだ。
「――というか、皇都へ行くのは決定事項なんですね」
『そこは我慢してくれ。いろいろ記録したいんだ』
「拘束されなければ構いませんけど」
『しないさ。報酬があるなら逃げたりはしないだろう?』
どうせあてなどないのだから、行っても問題ないかとジョーは考え直す。
それに、大都市ならば帰る手がかりもあるかもしれないのだ。
『よし、そろそろ大丈夫だろう。止めさせるからブレイバーから降りるといい』
「そうさせてください。倒れたシートに座ってるのって、結構辛いんですよ」
ハッチを開き、ジョーは体を起こそうとする。
「――あれ?」
全身に力が入らない。
起き上がらせようとした上半身が、僅かに持ち上がったと思えばすぐに崩れ落ちる。
それどころか、一気に襲い掛かってきた脱力感がジョーの意識を刈り取った。
二章 白い騎士 ‐了‐
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