四節 ストライカーの剣技
今、目の前に立っている白いMW《マシン・ウォーリア》、ストライカーは剣を手に待ち、構えている。
助手席に座るトーマスは驚愕しながらも、歯噛みしてそれを睨んでいた。
「ト、トーマスさぁん。どうするんですかこれぇ」
彼の隣に座りトレーラーを運転していた女、シェリーは弱気な声でトーマスに縋る。
逆にどうにかする方法を教えてもらいたい。それが偽りのないトーマスの心中であった。
『トーマスさん! 敵がいるんでしょう!? 出なくていいんですか!』
ブレイバーで待機しているジョーから、車載通信機のインカムを通して声が送られてくる。
「駄目だ。お前では奴に勝てない」
『じゃあどうするんですか!』
「……」
トーマスは答えることができない。
『このままじゃ、僕は斬られるんでしょう!? そんなの嫌ですよ!』
「……わかった、出てくれ」
「トーマスさん!?」
しかし、トーマスはすぐにはコンテナを開かず、言葉を続ける。
「だが、決して勝とうとは思うな。あの機体はユニークマシンだ」
『ユニークマシン?』
「ああ、同一の機種が発掘されていないMW……つまり、アーミー以外のことだ」
『発掘?』
答えていたらきりがないと判断したトーマスは、返される言葉を無視して話を続ける。
「――そして、それを操る<帝国の白い騎士>と呼ばれる男は、一人で一国のMW全てを倒し、勝利をもたらしたと言う逸話を持つ男だ」
『一人で!?』
伝えるべきことは伝えたとばかりに、トーマスはボタンを押しコンテナを開く。
「お前では逆立ちしても勝てないだろう。だから、逃げる隙を作ってくれればそれでいい」
『……やってみます』
自信なさげなジョーの声を聴き、仕方がないと感じるトーマス。
彼とて既にやけっぱちなのだ。ジョーのやる気が無くなるのも仕方のないことだと、納得はできていた。
「……頼むぞ」
トーマスは、ジョーがどうにかしてくれることに祈った。
情けのない話ではあるが、それ以外にできることがなかったのだ。
それに、昨日の時点で、トーマスはジョーとブレイバーに賭けていた。
ならば、もう一度だけ賭けてみようと彼は決意する。
「ひえぇ。勝ち目無いのにどうして行かせちゃうんですかぁ」
そして、隣で怯えているシェリーなど、既に彼の眼中にはなかった。
――――――
「何だってんだよ全く。作戦の一つでも考えてくれればいいのに」
ジョーはブレイバーをトレーラーから降ろしながら、愚痴をこぼす。
あれだけの啖呵を切った後でこれなのだから、文句を言いたくなるのも仕方のないことなのかもしれない。
「……ん? バッテリーが充電されてる? いつの間に……」
昨日バッテリーをかなりの割合消費したにもかかわらず、何故かフル充電されていた。
確認してみると、操縦席に放置されていたヘッドギアの方も、同様に充電されている。
気になることがまた一つ増えたが、ジョーは後で考えることにした。
『やっと出てきたな。待ちわびたぞ』
ブレイバーが降り立つと、目の前のMWから余裕の声が聞こえる。
それは、ジョーにとって妙に腹立たしくなる声音であった。
『ん? 見たことがないな。名前を教えてくれないか?』
妙に馴れ馴れしい奴だと、ジョーは苛立ちを覚える。
『僕の名前はジョウです! 人に名前を尋ねるなら、自分から名乗ったらどうですか!』
『貴様の名前などに興味はない! 私が知りたいのは、そのMWの名だ』
頭に血が上りそうになるが、理性でそれを押さえるジョー。
今の一言はかなり頭にきたようだ。
『……ブレイバーだよ!』
『そうか、ブレイバーと言うのか。ならば私もそちらの流儀に則り、名乗らせてもらおう』
目の前の白いMWは、右手に持つ黒い剣を垂直に構える。
その姿は、まさしく「騎士道」という言葉を彷彿とさせる佇まいであった。
『私は由緒正しき騎士家、アルバーンの当主、ガス・アルバーン!』
白いMWは、綺麗な構えを解き、剣を振りぬく姿勢に移る。
『そして! この機体の名はストライカーだっ!』
名乗りを終えるのと同時に、ストライカーは走り出した。
ブレイバーと同じ、立ったままの走行。それだけで、ジョーはアーミーとは格の違う相手だと直感する。
真っ直ぐブレイバーに突っ込んできたストライカーは、その手に持つ剣で斬りつけようとする。
ジョーは咄嗟にブレイバーの左手に装備された小型の盾――バックラーとでも言うべきものでそれを防ごうとした。
だが――
「駄目かっ!」
ストライカーの持つ武器、金色の光沢を放つ黒曜石のように黒い剣。その切っ先が反射する光は、三日月のようにも見える。
その剣が、ブレイバーの盾を切り裂き、食い込もうとしたのを確認したとき、ジョーの「能力」が解放された。
結果、低速化した世界の中を利用し、咄嗟に身を引くことができたブレイバーに大事は無い。
しかし、盾は切り裂かれ、その半身が地に滑り落ちた。
『ジョー、気を付けろ! 奴の剣はクレセンティウム製だ! MWの装甲くらいは簡単に切り裂ける!』
「もっと早く言ってください!」
遅すぎるトーマスの助言に辟易しながらも、ジョーはストライカーから目を離さない。
そのストライカーは、振りぬいた姿勢のままブレイバーの脇をすり抜けるように走る。
「そこっ!」
ストライカーに背後をとられたと感じた瞬間、ジョーはブレイバーを急旋回させ、勢いに乗せてヒート・ソードを振り回す。
手加減など全く考えてない一撃であった。それは、ジョーが一瞬の攻防から敵の力量を測った結果である。
しかし、彼はガスという男の力を測りきることはできなかったようだ。
「……なにっ!?」
『甘いな! ブレイバーとやら!』
ガスの狙いはブレイバーの背後をとることではなく、一度距離を離すことにあった。
ブレイバーがヒート・ソードを振るったころにはストライカーはターンし、既に剣を構えなおしていた。
そして、再び高速度で突撃を行う。
「くっ!」
『どうした! その程度か! もっと私を楽しませろ!』
勢いを載せた突きがジョーとブレイバーを襲う。
またしても咄嗟に脳が反応し、ぎりぎりのところで避ける。
『開け切った平原でストライカーに勝てる者はいない! だがっ! せいぜい足掻いて見せろ!』
ストライカーは一撃離脱を繰り返す。
ジョーはそれに対応するべくブレイバーに後を追わせるが、速度の差は歴然。どうしてもストライカーに逃げられてしまう。
斬られた盾を切り離し、突撃のタイミングに合わせて投げつけても見たが、当然のごとく躱された。
『逃げるなんて卑怯じゃないかっ! 騎士の癖に!』
『勝てば勝者だ! 過程など、敗者の理屈にすぎん!』
ジョーはガスを非難する。この世界の騎士像など、知りもしない癖に。
対するガスは己の信念を振りかざし、それを一蹴する。
そのようなやり取りをしている間にも、ジョーは着々と疲弊していく。
人の限界を超えた力を何度も使用しているのだ。脳と全身の筋肉に蓄積される負担は、想像を絶するものだろう。
そして、遂にそれはブレイバーの動きにも表れる。
――痛恨の操作ミス。ブレイバーは無駄な動きをとろうとし、ジョーは無理やりそれを中止させた。
スローな世界の中でも、気づかずに誤入力した場合、その後の動きを見なければ気が付かない。故に、反応が遅れたのだ。
結果、ブレイバーは滅茶苦茶な動きをし、尻もちをついてしまった。
ジョーが見上げると、ヘッドギアのジャイロセンサーが反応し、ブレイバーの首も連動して動く。
その目の前ではストライカーが剣を上段に構え、振り下ろそうとしていた。
『獲ったぞ! ブレイバー!』
ガスの勝利宣言が、ジョーの耳に響いた。
相変わらず、脳は『死』に反応して潜在能力を解放させる。
しかし、彼は疲れ切っていた。
今回ばかりはもうどうしようもないと、諦めようとしていたのだ。
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