三節 帝国騎士ガス・アルバーン
ジョーは立ち上がりたかったが、依然拘束されたままであったため、仕方なく座ったまま答えた。
「一回だけです。僕の命もかかってますから、この一回だけやります」
「助かる!」
「んで、どうするんだぁ、隊長さんよぉ。ハゲが時間稼ぎしても、そんなにゃもたねぇぜ」
それまで黙っていたピーターが喋りだした。
ちなみに、「ハゲ」と言うのはベンのことを指しているのだろう。
トーマスはジョーを縛る縄を解きながら答える。
「ああ、だから……ブレイバーだけをまず逃がす」
「はぁ!? 何言ってるんですか!」
ジョーが驚愕の声を上げる。
確かに、それだけを聞けばとても得策には思えない。
「囮だ。MW《マシン・ウォーリア》を載せられるほどのトレーラーが逃げ出せば、騎士の大半はそっちに行くだろう。奴らはMWには目がないからな」
「なるほど。その隙に他の人たちも逃げ出すわけですか」
「ああ、だいぶ逃げやすくなるはずだ。こっちに来なければ、軽く奇襲してひきつけてやればいい」
トーマスの真意を聞き、ジョーは納得する。
「でもよぉ、そんじゃそっちは無事じゃすまねえだろぉ? シシシ」
「だからこそ、ジョーの協力が必要不可欠になる。奴らはおそらく巡回部隊だろうから、そんなにMWは無いはずだ。リックから聞いたが、ブレイバーなら数体のアーミーなんて敵じゃないのだろう?」
「何言ってるんですか。数体なんて無理ですよ」
一対一ならともかく、複数を相手にしたことなどないのだ。
あまりの無責任さに、早くもジョーはトーマスの提案に乗ったことを後悔しそうになる。
「トレーラーはシェリーに任せるから、運が良ければ逃げ切れるだろう。まあ、今回は無理だと思うがな」
「シェリー?」
「ああ。俺たちの中でも、運転が抜群に上手い奴だ。それ以外の取り柄はないがな」
「ひでぇこと言うよなぁ。まあ、その通りだけどなぁ。ゲヘヘ」
シェリーという人物が、特定の分野以外では全くあてにされていないことを、ジョーは察した。
「シェリーにはもう伝えてある。今頃は準備をしているはずだ。そろそろ俺たちも行くぞ」
「ええ」
「気ぃ付けろよぉ」
ジョーとトーマスは目を合わせ頷くと、荷台を飛び降り、駆け出した。
――――――
馬車を隅々まで調べている騎士たちを、遠巻きに見守っている男がいる。
その人物は、他の騎士たちよりも軽装の鎧を着用しており、兜のない頭には長い金髪のオールバックが映える。
赤い瞳をぎらつかせている彼こそが、ネミエ帝国第二騎士団の一番隊隊長を務める男、ガス・アルバーンその人だ。
「……つまらんな。アル、奴らはなぜ検問など始めたのだ。これから遺跡の調査に向かうというのにだ」
ガスは近寄ってきた金髪のショートヘアーの男、副官であるアルフレッド・ポールソンに問いかける。
「ガス様、あの商人たちは大型のトレーラーを所持しているようです」
「大型? MWが乗るサイズか?」
「ええ。どうやらそのようで、見つけた部下たちが張り切ってしまい……」
ガスはアルの報告を聞くと、呆れたようにため息をつく。
「手柄を立てたい、か。私は相当に人望がないらしい」
「そ、そんなことは無いかと。 私はガス様を慕っております!」
「貴様に慕われてもな……。エルなら話は別だが――」
「あら、私もガス様のことはお慕いしておりますわ」
いつの間にか後ろにいた女、エル・ポールソンは長い銀の髪をたなびかせ、割り込んでくる。
「世辞はいらん。それより、なぜトレーラーを先に調べない?」
「それは帝国騎士団の教練書にそのように書かれているからではないかと……」
アルはガスの疑問に答えた。考えたら呆れてきたのか、その言葉からは脱力感を感じる。
「下らん。優先すべきはMWだ。そのようなことをする意味はない」
「それはもっともですわ、ガス様。しかし、あなたのその型破りな姿勢が、多くの騎士から
エルはガスの在り方に異議を唱える。しかし、その口調には否定の色は無く、ただ彼を思っての発言だとわかるものであった。
「雑魚どもの考えることなど知らんが、それなら私は<ストライカー>で待機している。すぐに出せるようにしてくれ」
「MWが出てくるとお考えで?」
「ああ、私に流れる狼の血が、そう告げているのだ」
ガスは口元に笑みを浮かべる。
彼の鋭い歯がむき出しになり、先ほどまでの冷静な佇まいとはうってかわった、獰猛な顔をさらけ出すのであった。
――――――
「ジョー、彼女がシェリーだ」
ブレイバーを載せたトレーラーの前で紹介されたのは、昨日ジョーが助けた栗毛の女性であった。
「ジョー君ですね。昨日はありがとうございました」
「ん? なんだ、知っていたのか?」
「えっ!? いや、その――」
「ええ、昨日刺されそうになっていたので手助けしました」
シェリーは慌てて取り繕おうとするが、無情にもジョーが正直に話してしまった。
トーマスは仕方のないものを見るような視線をシェリーに向ける。
「なるほどな。盗賊ごときに遅れをとるとは情けない……」
「うう……」
「それは置いておこう。すぐに出るぞ、ジョーはヘッドギアの周波数を合わせておいてくれ。それと……ちょっとだけ待ってろ、すぐ戻る」
そう言ってトーマスは走り出した。
そのうちにジョーは周波数を教えてもらい、ヘッドギアに変更を加える。
言葉通り、トーマスはすぐに戻ってきた。左手に何かを持って。
「これをやる。無いよりはマシだろう」
トーマスが投げよこしたそれは、受けた両手に負担をを感じさせる程度には重かった。
「よし、着けたな? 行くぞ!」
「はい!」
「了解です!」
三人はそれぞれの持ち場に着く。
シェリーは運転席、トーマスは助手席、そしてジョーはコンテナのブレイバーである。
そして、トレーラーは道を外れるように動き出した。
――――――
『ガス様。例のトレーラーが動き出しました。貴方のおっしゃる通り、MWを運んでいたのでしょう』
「やはりな。私の血は嘘をつかん」
ヘッドギアから響くアルの報告を聞くと、ガスは面白くなってきたとばかりに微笑む。
その瞳は、新しい玩具を与えられた子供のように輝いていた。
「――ストライカーを出す! コンテナを開け!」
『はっ! 私とエルもすぐに追います!』
「ふふ……私が手こずるほどの相手が出てきたならば、その時は頼むぞ」
ガスは不敵に笑うと、彼の操るMW、ストライカーを立ち上がらせる。
荷台を降り天の光を浴びると、その流線形のフォルムが輝く。
黒い剣を握るその白い巨人は
「せいぜい、私を楽しませてくれよ……」
ストライカーはトレーラーを追う。
その動きは華麗であった。駆動輪に絡まりそうな硬い草は踏まず、脚部に負荷をかけるような石を避け、常に最適なコースを選択して移動しているのだ。
対するトレーラーも無駄を極限まで省いたような走りをしているが、小回りも融通も利くストライカーにはかなわない。
着実にトレーラーとの距離は詰まっていく。
そして遂に、平原のど真ん中で追い詰めることに成功した。
ストライカーがトレーラーを追い抜き、その行く先へと回り込んだのだ。
ガスは動きを止めさせ、仁王立ちの姿勢を取らせる。
『そこのトレーラー。MWを運んでいるのだろう? 待ってやるから早く出てくるがいい』
ガスは余裕の声で呼びかける。
『出てこないならば、それでも良い。その時は、この剣でコンテナごと切り伏せるのみだ』
ストライカーは威光を示すように、その手に持つ剣を掲げる。
それは、絶対的な王者のように、威圧と輝きを放っていた。
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