二節 検問
相変わらず拘束されたままのジョーは、馬車の荷台に乗せられ、運ばれている。
気分は輸送されている家畜、と言ったところだろうか。しかし、その眼は畜生とは思えないほどの敵意に溢れている。
「……どこまで連れて行く気ですか?」
「皇都だ。本格的に取り調べるには、そこまで行くしかない」
同乗しているトーマスが答える。
「本格的な取り調べ」という言葉の意味が、決して穏やかなものでないのは、ジョーにも想像できた。
「「無駄飯ぐらいは邪魔なだけ」じゃないんですか?」
「今は金の卵だ」
「なら、丁重にもてなしてくださいよ」
「……訂正する、狂獣の卵だ。価値はあるが、野放しにはできん」
尚も無駄な足掻きを続けるジョー。
口だけでなく、今も縄を解けないかと、身を動かしていた。
そんなやり取りを続けていた時である。
御者台のピーターが、何やらハンドサインのようなものをトーマスに向けて送って来た。盗賊の襲撃時とは、別の動きである。
トーマスは、同じサインを後方の馬車に向けて送った。
「それ、どういう意味なんですか?」
「帝国の騎士団に見つかったらしい。面倒ごとになるかもな」
「……へえ、そうなんですか」
ジョーはそこに活路を見出した。彼の考えはこうだ。
何とかしてその集団に自分の存在を伝え、保護してもらい、ついでにトーマスたちを摘発する。
近づいたら大声で助けを求めるだけで成功するだろう。唯一止められる位置にいるトーマスは、彼を殺すことはできないのだから。
完璧な作戦であるとジョーは確信していた。
……実際は穴だらけであるし、その顔に希望があふれているのが、トーマスに見つかってしまっていたのだが。
「……奴らを利用して逃げようと思っているのかもしれんが、それはやめたほうがいいぞ」
「へ?」
作戦を完璧に見抜かれてしまったジョーは、素っ頓狂な声を上げる。
「俺たちがMW《マシン・ウォーリア》を運んでいるのは知っているだろう。お前が動かしたんだからな」
「ええ、そうですけど、それが?」
「帝国の法律では、MWは上級騎士のみが動かすことを許されている。破れば絞首刑だったか……」
「斬首だぜぇ」
ジョーの顔は青ざめている。良かれと思ってやったことが、死に値することだと宣告されたのだ。無理もない。
ピーターが訂正したが、彼にとってはどちらでも変わらないことであった。
「結局死刑じゃないですか!」
「ああ。見つかれば面倒なことになる。お前だけじゃなくて、俺たちもな」
「でも、動かした証拠は無いでしょう?」
「この法はな、帝国が後腐れなくMWを没収するためのものだといわれている。実際、問答無用で刑が執行されることも多いらしい」
「見つかった時点で首チョンパだぜぇ。ヒャハハハ!」
ジョーは悩まし気な表情でトーマスに尋ねる。
「……嘘は言ってないですよね?」
「もちろんだ。俺たちの命もかかっている。――おっと、早速まずいことになったかもな」
馬車が停止した。ピーターが再びハンドサインを出す。
「ビンゴだな。俺は話をつけてくる。頼むから、大人しくしててくれよ」
そう言って、トーマスは荷台を降りた。
前方からは、いかにも騎士と言った感じの、猛々しくも高圧的な声が聞こえてくる。
「ブレイバーが見つかったんですか?」
「怪しまれただけだぜぇ。なぜかは知らねえがな。ケケケ」
不安要素が増えたジョーの顔は暗かった。
――――――
鎧で重装備した騎士と、彼の部下が揉めているようだ。
トーマスはそんな中へと割って入る。
「私はこの商隊の責任者です。騎士様、これはどういうことでしょうか」
トーマスは腰を低くした態度で尋ねる。
数名の騎士たちは、これでようやく話が進むとばかりに安堵していた。
「我々はネミエ帝国第二騎士団、一番隊である!」
「貴様らの来た方向にに町はないはずだ! 何をしていた!」
傲慢な態度をとる騎士たちをトーマスは嫌悪していた。
できることならば、一秒でも早く離れたい。しかし、顔にそれを出すことは無く、対応する。
「は、はぁ。商人の仕入れも街から買い付けるだけとも限らないわけでして――」
「怪しいものを運んでいないというのであれば、調べさせてもらおう! かかれ!」
数名の騎士たちが先頭の馬車に近づき、探り始める。
荷台の中だけでなく、隅から隅まで調べるつもりのようだ。車輪の裏まで除く徹底ぶりである。
「では、何かありましたらこちらの男にお聞きください。私は少し離れます」
一言だけ残し、トーマスは焦りを出さないよう歩いてその場を離れる。
しかし、そんな彼を止める者が一人――
「おい」
「何だ爺さん。今はかまっている暇はない」
「提案を呑む気にはなったか?」
トーマスを引き留めたのはリックであった。停止した馬車に寄りかかり、腕を組んでいる。
彼の言う「提案」とは昨日の夜の話だろう。
「ジョーが聞いてくれると思うのか? 昨日はあれだけ言ったんだぞ」
「お主次第だろうな。ああまで言ってしまっては難しいかもしれんがな」
トーマスは昨日ジョーを責め立てたことを後悔していた。
冷静ではなかったのだ。
突然のMWとの遭遇、決死の攻防、そしてブレイバーの起動。それらの不測の出来事が立て続けに起こり、焦りが思考を誤らせた。
自らも背中に傷を負ったこともあって、つい怒りをぶつけてしまった。
「なら、どうするべきだと思う?」
「それは自分で考えろ。吾輩はもうお主の保護者ではないのだ」
トーマスはリックに助言を求めるが、突き放されてしまう。
そんな彼の表情は、焦燥に満ちていた。
見かねたのか、リックはため息をつき、言葉をつづける。
「――だが、人生の先駆者として一つアドバイスするならばだ。どのような意地っ張りな人間でも、強い誠意を見せれば心は揺らぐものだ――とでも言っておこう」
「……そうか、ありがとう!」
求めていた答えは、本来考えるまでもないものであったのだ。それに思い至ると、憑き物が落ちたように眼差しが輝く。
決意したトーマスは走り出した。もう、その足取りには迷いはない。
――――――
馬車にトーマスが戻ってきた。
未だ前方からは騎士と思わしき者たちの声が聞こえ、しきりに物を動かす音が響いている。
「……検問が始まった。前から順番に調べているから、例のトレーラーはしばらく先だろうがな」
「そうですか。騎士さんたちの対応はどうしたんですか?」
「ベンに任せてある。俺がいなくても大丈夫だろう」
それだけの会話を交わすと、沈黙が場を支配する。
トーマスの意図がわからないジョーに、何か考えているように見えるトーマス。そして、驚いたことに神妙な顔つきで黙っているピーター。
しばらくしてトーマスが口を開いた。
「ジョー、協力してほしい。ここを切り抜けるにはブレイバーの力が必要だ」
「随分と虫のいいことを言いますね。僕に頼るのは御免だったんじゃないんですか?」
「それについては全面的に俺が悪かった――」
ジョーの心には、呆れのみが広がってゆく。
厚顔無恥と言うほかないトーマスの態度の変りぶりの前では、そう感じることしかできなかった。
そして、口先だけの謝罪が始まったと彼はうんざりする。
「あれから考え直したよ。お前としては犠牲を抑えるためにやってくれたのだろうし、事実、ベストとは言えなくともベターな選択ではあった」
違う。ジョーは犠牲のない
それで尚、考えも力も及ばなかったのだ。
今になって後悔が彼を苛む。
「そもそも仲間を見殺しにしようとしていた俺には、最初から責める資格などなかったんだ」
ジョーは知らされていなかったが、もしかすると当初のトーマスの考えは、ブレイバーを動かせない中では最良のものだったのかもしれない。
それに比べて、自分のしたことは浅はかだったのではないかと、彼は思い悩む。
「俺たちのような怪しい人間に頼れるわけもないし、ああなるのは仕方のないことだった。一晩考えて、ようやくお前を責めるのは筋違いだということに気が付いたよ」
大人しくブレイバーを一旦降りていれば、敵味方共に犠牲を出さない方法もあったかもしれない。
過ぎてしまった話ではあるが、ジョーはそれを「仕方のない」の一言で済ませられるほど、大人ではなかった。
「責められるべきは俺だった。始めから最後までな」
そのようなことを言われても、ジョーの中にある罪悪感は拭われない。
「だから、こうしないか。今度は何をするべきかは俺が考える。その結果、何が起きても責任は俺がとる。気に食わなければ言ってくれて構わない――」
最初からそうしてくれれば、ジョーはここまで苦しむことはなかっただろう。
故に、その提案がとても魅力的に思えたのだ。
「だから……頼む! もう一度俺たちに力を貸してくれ! リックの言うようにずっと協力してほしいわけじゃない! この一度だけでいいんだ!」
トーマスは頭を下げ、懇願する。ジョーはその姿に、それまでの人生で感じたことのない程に心を揺さぶられていた。
彼がジョシュアにマシン・ワーカーの指南を頼むときも、ここまで必死ではなかったかもしれない。
そう考えると、ジョーの心は既に自分のやるべきことを決めていた。
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