二章 白い騎士

一節 商隊の正体

 人は、生きている限り戦い続けなければならない。アークガイアにおいても、それは真理である。

 敵の排除を躊躇う者に、掴みとれる未来などないのだ。

 ジョーは生存競争というものを心のどこかで侮っていたのかもしれない。



………………



 押し寄せる気持ち悪さをこらえ、落ち着きを取り戻したジョーはボタンを押す。

 ブレイバーの股間を通る乗降用の梯子が垂れるように展開されると、同時にハッチが開かれる。


 口元を押さえたジョーが操縦席から下を覗くと、そこには剣を構えた商人たちがいた。

 その中には、ベンに肩を貸してもらっているトーマスもいる。


 取り囲むようにブレイバーの周囲に位置する商人たち。その眼差しは、明らかにジョーに敵意を向けていた。


 突然の出来事に、一瞬にして吐き気の収まったジョー。降りないべきか悩んでいると、何者かがとてつもない速度で梯子を上る音がする。

 それに気が付いた時にはもう遅く、細身の男が操縦席に飛び込んできていた。


「うわっ!」

「大人しくしてなぁ。でねえと、こいつが刺さっても知らねぇぜ」


 突然入り込んできたピーターは、ジョーの首元にナイフを突きつけ、宣告する。

 その声には先ほどまでのふざけた感触は無く、冷酷さがにじみ出ていた。


「何なんですか! いったい!」

「まずぁこいつをトレーラーに戻せ。早くしな」

「わかりましたから、それ下げてくださいよ!」


 ピーターはナイフを降ろさない。

 ジョーは慎重に手を動かし、拡声器のスイッチを入れる。


『どいてください! 動かします!』


 ジョーは商人たちが退くのを確認すると、出したばかりの梯子を畳ませる。

 そして、完全に退避を終えるのを待つことなく、ブレイバーを歩かせ始めた。



――――――



 商隊が死体の処理を終え、急ぎで森を抜けたころには、暗くなり始めていた。

 周囲が視認できる程度の明るさではあったが、彼らはそこで野宿することにしたようだ。

 火を焚き、食事をとる人々。今日を生き延びたことを感謝する者もいれば、死んだ者を思い出して泣いている者もいる。


 そんな中でジョーは、手足を縛られたうえで監視されていた。


「……あの、そろそろこれほどいてもらえませんか?」


 それまでに何度もした要求を、無駄だとわかりつつも改めて口にするジョー。

 顔には、困惑のみが浮かび上がっている。


「駄目だな。そんなことしたら逃げるかもしれんだろう」


 落ち着いた様子で答えるトーマス。上半身には、衣服の代わりに包帯が巻かれていた。


「逃げませんよ」

「確かに、今逃げても野垂れ死にするだけだろうな。だが、あのMW《マシン・ウォーリア》……ブレイバーと言ったか? あれについて話すまでは、自由にさせるわけにはいかん」

「さっき馬車の中で話した通りですよ。ヘッドギアにロックがかかってて、僕以外に動かせなかっただけです。それ以外は知りません」


 そのヘッドギアは、彼の頭にはない。


「アデラ、本当なのか?」


 トーマスは傍らの人物に視線を移す。まとめ上げられた赤い髪と、褐色の肌を持つ、比較的露出の多い服を着た女性である。

 彼女は人差し指で器用にジョーのヘッドギアを回している。


「ああ、本当みたいだね。試したけど、その子以外には全く反応しないみたいだよ」

「なるほどな。そこは正とみていいか」

「何も嘘は言ってませんよ」

「となると、あとは何故このヘッドギアだけでしか動かせないかだな。ほかにもヘッドギアはあっただろう?」


 トーマスはジョーを無視してアデラと話を続ける。


「ああ、そうだね。普通のヘッドギアも動いてはいるけど」

「……対応していないみたいでしたよ」

「ん? どういうことだ?」


 ジョーが漏らした一言に、トーマスは食いついた。


「あのボクサー型のヘッドギアは、どれもブレイバーには反応すらしないようでした」

「アーミーで使えることは確認しているんだ。なぜブレイバーには使えない?」

「さあ。ただ、その僕のヘッドギアは特別なモデルで、他の機種にはない機能もあるんです」

「ふぅん。ヘッドギアも高性能なんだ」


 アデラは納得したように頷いた。

 ジョーはさりげなく所有権を主張しているのだが、当然返す気配はない。


「なら、ロックを解除することはできないかい? それができれば、ヘッドギアだけいただいて、すぐに開放してあげるんだけどねぇ」

「多分、専用の設備がないとできませんね」


 嘘である。その気になれば簡単に譲渡できるようになっている。

 彼は唯一の手掛かりであるかもしれないヘッドギアを手放したくないのだ。


「同じのを探すしかないか」

「どうやら、そうみたいだね」

「解ったら返してくださいよ。……大体、何で僕の物を貴方たちが持ってたんですか」


 二人は落胆している。そんなことはお構いなしにジョーは返還を要求し、ついでとばかりに問いただそうとした。


「まだ駄目だな。嘘を言っていないとも限らん」

「最低でも、もう少し調べてからだね」


 トーマスの意向に、頷きながら同意するアデラ。

 ジョーの問いかけは完全に無視されているが、その態度が彼の神経を逆なでする。


「何でブレイバーが必要なんですか」

「お前には関係のないことだ」


 今度ははっきりと突き放すように、トーマスは答えた。


「僕が持ってた他の物は!」

「面倒だから静かにしてくれ。――何なら、黙らせてもいいんだ」


 下がったトーマスの声音が、我慢の限界を伝えている。

 しかし、警告にも構わず、ジョーは反発する。


「僕が喋らなくなったら、困るのはアンタたちじゃないのか!」

「黙れと言っている!」

「大体、いろいろおかしいんですよ! 商品を運ぶはずの馬車に僕以外の荷物が乗っていなかったり! 規模の割には護衛が老人一人しかいなかったり! 極めつけには商人の癖に戦いなれてる! 強盗よりも強いじゃないか! 今更商人だなんて言われても信じられませんよ!」

「……そうか、なるほどな。ふふふ……」


 感じていた違和感をすべてぶちまけたジョー。

 対して、トーマスはなぜか含み笑いをしている。


「――もういい、答えてやろう。その代わり、逃げられると思うなよ」

「ちょっ、トーマス!」

「元から自由にさせるつもりもない癖に……!」


 アデラは慌ててトーマスを止めようとするが、そんな彼女をトーマスは押しのける。

 ジョーは、どこまでも高圧的な態度を受け、秘めていた反抗心をさらに増大させていた。


「さて――お前が持っていたものは間違いなくヘッドギアだけだ。全裸だったから服すらない、本当だぞ。ついでに、お前が倒れていたのは街道ではなく、遺跡の中だ」

「遺跡?」

「そこまで話してやるつもりはない」


 また、ジョーの知らない単語が出てきた。しかし、今回はその意味を知るすべはないらしい。


「そして、お前の考えている通り、俺たちは商人ではない。そうだな、言うなれば――」

「センドプレス皇国第三遊撃部隊。任務は主に、敵国からの物資の強奪だ」

「つまり……軍人!?」


 いつの間にか近づいて来ていたリックが、言い渋っていたトーマスに代わり答える。


「……おい、そんな正直に話すこともないだろう」

「トーマスよ、吾輩は素直にこの少年に協力を求めるべきだと思う」

「何故だ?」

「理由は二つある」


 リックは腰を下ろし一息つく。そして、ジョーを一瞬だけ横目で睨むと、再びトーマスへと向き合った。


「現状、あのMWがジョー少年にしか動かせないのが一つだ。――もう、悠長なことをしているだけの余裕はないのだろう?」

「そうだ。だが、こいつに頼るのはごめんだ」

「何ですかその言い方! 僕が何かしましたか!」


 その物言いを不当に感じたのだろう。ジョーは再び歯をむき出し、叫ぶ。


「今日、三人死んだよ。お前のせいでな」

「僕が殺したのは一人だ! それに、死んだのは三人だけじゃないでしょう! アンタたちがもっと殺したはずだ!」

「盗賊なんてカウントするわけないだろっ! お前の迂闊な行動で死んだ奴がいるんだよ!」

「……っ!」


 ジョーにとっては謂れのない非難であったが、目の前の男から送られる憎悪の視線が、真実であると物語っている。

 確認することもできないまま、生まれて初めて感じるその視線に、彼は怯えることしかできなかった。


「そこまでだ」


 リックが仲裁に入り、ジョーとトーマスは冷静さを取り戻す。だが、二人は互いに視線を合わそうとはしない。

 呆れながらも話を続けるリック。


「はぁ……もう一つの理由。それは、MWの扱いに長けていることだ」

「俺は見ていなかったが、納得できないな」

「吾輩は見ていたが、間違いなくお主よりはうまいぞ」


 トーマスは面白くなさそうに、顔をしかめる。


「……ハッ、そんなわけあるか」

「どこへ行くのだ?」

「もう寝るんだよ。今の話は頭の片隅くらいには留めておいてやる」


 それだけ言い残し、トーマスは立ち去る。

 リックもジョーに早く寝るように伝えると、追っていった。

 アデラは気まずそうにヘッドギアを持っていなくなった。


 逃避欲求にも似た眠気に襲われたジョーは、姿勢の苦しさを我慢し、大地へ寝転がり天を見上げる。

 その心には罪悪感ばかりが積み重なり、蝕まれてゆく。


 星の一つ一つが天に召された人間ならば、自分のせいで死んだ人間はどこにいるのだろうと、考えずにはいられない。

 だがきっと、その中に彼と親しかった人物は一人としていないのだろう。なぜならば――


 満天の星空に、月は無い。

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