五節 解き放たれる力

 場の空気が静まり返り、誰も彼もがその二体の巨人に注目する。

 灰色の巨人から発せられた言葉が一帯に響き、それを受けたオリーブ色の巨人の動向を見守っている。


『ふ……』


 その震えた声は、オリーブのマシン・ウォーリア『アーミー』から漏れた声。

 もう、この先の展開を予想できない者はいなかっただろう。


『ふざけやがってぇ! ぶち殺してやる!』


 アーミーはジョーの操る灰色のマシン・ウォーリア『ブレイバー』に向かって駆けだす。

 その足取りは、どことなく不安定であり、まるで立つことを覚えたばかりの幼児が走るような拙さであった。

 そして、その勢いのまま拳を構え、ブレイバーの胴にボディブローを打つ。腹部に操縦席を持つマシン・ウォーリアにとって、当たれば致命的な一撃だ。


『う、うわっ!』


 突然動き出したアーミーに、ジョーは反応が遅れてしまう。

 殴打の射程圏内まで迫られ、命の危機を感じたその時、脳のタガが外れ思考は肥大化する。その状態になって、ようやくアーミーの拳を捉えることができたジョー。

 生身の状態と違い、操作を入力してから実際に動くまでのタイムラグが発生する機械では、回避が間に合わない領域まで来ているように彼には思えた。しかし、一か八かでレバーを横に動かす。


 ――刹那。ブレイバーは人間以上に機敏な動きで、踵の駆動輪を側面に向け、急加速する。

 パンチを外したアーミーは体制を崩し、急制動をかけたブレイバーに隙はない。

 それをチャンスだと感じたジョーは、拡声器を切り、ある武器を起動する。


「何だあれは! 速すぎるっ!」

「おい、見ろ! 角が動き出したぞ!」


 それは、誰の声だったかわからなかったが、確かにブレイバーの頭から一角獣の角のように生えたものが正面に倒れ出していた。

 その角の先は穴になっており、突き刺すための装備でないことは誰の目にも明らかである。

 何かを発射するような形の筒、そしてそれに付随する照準器――

 そう、その武器の名は<レーザー・マジンガン>という。


 『角』の先端から光の弾が発射され、アーミーを襲う。

 しかし、そのほとんどはかすりもせず、頭上を抜けてゆく。


「クソッ! 何で足を狙えないんだ!」


 それもそのはず、構造上の問題で銃身は正面から仰角九十度しか動かせないのだ。

 つまり、しゃがむなり、かがむなりしなければ、相手の頭以外を狙うことはできないのである。

 それに気が付かないジョーは焦り、射角を上下させ、首をあちらこちらに動かしながら、無駄撃ちを続ける。


『な、なんだこりゃあ! 光の矢!?』

「動け! 動け! 動けっ!」


 ばら撒いた弾の一発が、体勢を立て直したアーミーの頭の中心を貫いたころ、ジョーの耳に警告音(アラート)が鳴り響く。

 その目に映し出されている表示は、電池残量が残り少ないことを示すものであった。


「こ、こいつっ! バッテリー駆動なのか!?」


 バッテリー残量表示を見ると、一秒で一割くらいのペースで減っている。

 その動き方をおかしいと感じたジョーは、レーザー・マシンガンの発射を止めた。すると、ゲージの減少も止まる。


「……欠陥品じゃないかっ!」


 乱暴に計器を叩いても、ジョーの苦情は誰にも届かない。

 既に残量が二割を切っている今、彼はレーザーで足を止めることを諦め、次の策に出る。


 レーザー・マシンガンを停止させ、右目に投影していた映像をレーザーの照準から、顔の正面に据え付けられたドーム型のメインカメラからのものへ切り替える。

 アーミーが外ハッチを開き、キャノピーと搭乗者の姿をむき出しにすると、ブレイバーは左腰にマウントされていた剣を取り、構える。

 片刃の剣の刃にあたる部分が赤く変色し煌くと、キャノピー越しに怯える男の姿をジョーは傍目に捉えた。


 敵を目の前にしながら、ジョーは右手でコンソールを開き、<アクションパターン>の一覧を開く。

 アクションパターンは機体の動きをあらかじめ設定したものであり、マシン・ワーカー、ひいてはマシン・ウォーリアはこの通りにしか動くことはできない。

 機体の体勢と入力した操作の、二つの情報によって判断され、最適なものが繰り出されるのだ。それらは、操作の簡略化には不可欠の要素であり、なるべく数を絞るのが良いとされている。

 ――最もこれはジョーの知るセオリーであり、マシン・ウォーリアにも当てはまるかは定かでないが。

 ジョーがそれを今確認しているのは、咄嗟に考えた案が実行できるかの確認であった。


「これならいけるか……?」


 ジョーが何度目になるかわからない独り言をつぶやいたその時――


『脅かせやがってぇ!』


 威勢のいい声と共に、アーミーが再び拳を構えて駆け出す。

 左手を前に突き出し、拳を握る右手を引いている。「今から殴ります」と言わんばかりの素人の構えであり、ジョーにもそれはわかる。

 ブレイバーはパンチの繰り出されるタイミングに合わせてその身を逸らし、攻撃を回避した。アーミーは再び体制を崩すが、今度は即座に立て直す。


『その機体じゃあ勝てません! 大人しく投降してください!』


 ジョーは再び降伏を呼びかける。その背景には、彼がアーミーの弱点を見抜いたことがあった。


 アーミーは脛(すね)の部分に履帯を持ち、正座のような体制をとることで走行形態となる。商隊の行く先を塞いでいた時はこの形態であった。

 しかし、走行形態では小回りが効かない為、今いるような狭い場所で戦う場合は、歩行形態である必要がある。

 歩行形態ではブレイバーのように立ったまま走行することができず、その歩きもたどたどしい。

 つまり、足回りが全体的にブレイバーに劣っているのだ。これに気が付き、勝った気になったジョーは再度降伏を勧めているのである。

 だが、ジョーはその意味を理解していなかった。


『俺たちに死ねってのか!』

『そんなこと誰も言ってないでしょう!』

『大人しく殺されるか、抵抗して死ぬか選べってんだろ! なめやがって!』

『どうしてそうなるんだよっ!』


 提案が聞き入れられず、これ以上の問答は無駄だと判断したジョーは、ブレイバーを走行させる。

 熱を放つ赤い刃の剣、<ヒート・ソード>を脇に構えた突進。

 眼前のアーミーは対処ができず、ただ固まるばかりである。ジョーはその瞬間、成功を確信した。

 

 ブレイバーはアーミーの目の前でしゃがみだす。この動きと剣を横に振りぬく動作を合わせ、脚を切り裂くのがジョーの狙いである。

 しかし、彼にとって、予想外の問題が発生した。――してしまったのだ。


「うっ……!」


 目的の達成を前にして、ジョーが緊張するとそれは起きた。

 急にブレイバーの動きがスローになる。――いや、ジョーの知覚速度が飛躍的に向上したのだ。

 これまでに何度か発現したこの現象が、土壇場で邪魔をする。

 既に彼は剣を横に振る動作をさせるボタンを押していた。普通の感覚であれば、それは完全にしゃがみ終わった後に押されていただろう。

 突然加速したジョーの指は、しゃがみ動作を完了させる前に押してしまったのだ。結果――


『ぐぅえぇっ!』


 鉄が切り裂かれる鋭い音が一瞬の間こだますると、次いで短い断末魔が痛みと無念を訴える。

 ブレイバーの振るったヒート・ソードの一閃は、脚ではなく、胴を切り裂いていた。

 アーミーは力なく倒れ、分断された上半身と下半身が地に転がる。溶けた断面からは、血だかオイルだかわからない、赤みを帯びたどす黒い液体が流れだしている。

 ジョーはその様を恐怖に引きつった表情で見ていた。


「あ、ああ、あああああああああああああああああ!」


 アーミーのその姿は、ジョーが思い出せなかった――思い出したくなかった出来事を想起させた。


 ――そう、死の直前に見た、サクラの姿。


 記憶を取り戻してしまったジョーは、叫ぶことしかできない。


「僕のせいじゃない! 僕が殺したんじゃない! 僕が……僕が殺したかったんじゃないっ!」


 ジョーの脳裏に浮かぶのは、幼馴染のサクラ、女性に刺された盗賊の男、そして、今しがた彼自身が直接手にかけたアーミーの男。

 三人の怨嗟の声が聞こえてくるような錯覚に対し、意味のない言い訳を繰り返している。

 

 発狂したように喚き続ける彼を、強烈な吐き気が襲う。

 それが、自責の念が生み出したものなのか、後悔からくるものなのか、それともただの生理的嫌悪感によるものなのかは、彼自身にもわからなかった。



一章 勇者との出会い ‐了‐

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