四節 トーマスの賭け

 戦いは激しさを増していた。必死の盗賊たちが鬼のような形相でトレーラーを目指し、商人たちは常にギリギリの戦いを強いられる。

 さらに最悪なことに、前方を塞いでいたマシン・ウォーリアも立ち上がり、一歩一歩と確実に近づいてきていた。

 接敵当初は圧倒的に優勢だった商人たちも、マシン・ウォーリアが動き始めたあたりから死傷者が出始め、泥沼と化しつつある。


 トーマスは自分たちが運んでいたマシン・ウォーリアを運ぶことを優先しようとしたが、敵が本気になった以上は隙を見て逃げ出すのも難しいと判断した。

 しかし、他に案があるわけでもなく、只々敵を捌くのに専念せざるを得ないトーマスとベン。

 無心で戦う彼らの傍に、立派なプレートメイルを着込んだ老人、リックが敵を切り捨てながらやってきた。


「小僧! あれはなんだ!」

「多分あんたの想像通りだ! あいつがやらかした!」


 敵と剣を交えながら会話する二人。トーマスは悪態の一つもつきたくなっただろうが、そこまでの余裕がないのは彼の表情からも伺える。


「あれを捨てて逃げるのはどうだ!?」

「冗談を言うな! あれを手放したら、本当に勝ち目が無くなる!」


 トーマスが力任せに剣を振ると、対峙していた盗賊がそれを剣で受け、あまりの衝撃に手から取りこぼす。

 その隙を着き、トーマスはその胸に獲物を刺しこんだ。


「なら、誰かが行くしかあるまい! 吾輩はごめん被るがな! だが、急がねば間に合わんぞ!」

「俺にやれというのか!?」

「他に誰がいる! お主がやらねば誰もやらんぞ!」


 リックは差し向けられた剣を受け流し、反撃の太刀で敵を裂く。

 トーマスは考え込むのと同時に無表情になり、その間のフォローをベンが行う。


「……わかった、俺が行こう! だが、これは賭けだ! 勝つための算段は無い! それに……あいつが何とかしてくれる保証もな!」


 その言葉を吐き捨てると同時に、トーマスは駆け出した。その瞳には、覚悟の色が宿っている。


「総員! 俺を援護しろ! コンテナを開く!」


 視線がトーマスのもとに集まり、同時に盗賊たちの敵意も彼へと向く。

 遅れて後ろからリックとベンも追いかけ、トーマスの背後をカバーするように動いた。


「あいつは馬鹿なのか? 何も真似をすることもあるまいに」

「……ああ」

「聞こえているぞ!」


 トーマスは群がる敵を薙ぎ払い、押しのけ、すり抜ける。

 トレーラーのコンテナから出てきたこともあり、元々距離的には近い位置にいたが、それでも操作スイッチのある運転席までは遠い。

 盗賊たちはその行く手を阻むように取り囲もうとするが、彼の仲間によって斬られる。しかし、処理は間に合わない。


「あいつだ! 殺せぇ!」

「死ねぇ!」

「逃がすなぁ!」


 盗賊たちが立ちふさがり、怒号と共に襲い掛かる。トーマスが腕の一本も失うことを覚悟したその瞬間であった。

 彼らの背後から白い影が跳躍し、彼らの頭を踏み台にして宙を駆ける。


「ピーターか! 助かった!」

「キヒェヒェヒェ、何てこたぁないぜぇ」


 着地したピーターに向けて剣が振り下ろされるが、彼はそれをナイフで受け流し、反撃の蹴りを叩き込む。

 そしてピーターは再び影と化し、トーマスの行く手を阻む敵を蹴散らして行くのであった。

 トーマスも、再び駆け出す。



――――――



 あまりにも開くのが遅く、退屈になったジョーは操縦席でコンソールを眺めていた。

 そこにはブレイバーの電子マニュアルが表示されており、適度にページを飛ばしながら、特に重要な部分のみを読み進めている。

 「これをぶっつけ本番で動かそうとしていたのか」と彼は自嘲したが、勢いのまま乗ってしまったことは後悔していない。


 起動した後も多少の試行錯誤をしたが、結局この機械を動かせるのは、ジョーのヘッドギアのみであったのだ。

 そして、そのヘッドギアは生態認証によるロックがかかっており、本来の持ち主以外には使えないのである。

 このマシン・ウォーリアを動かすことができるのが、この場においては自分のみであることを悟った彼の心は、「自分がやらなければならない」という使命感にあふれていた。


 「まだかな……」


 それは、大まかな操作をすべて読み込み再び退屈になったため、そして状況を把握していないが故の、能天気な一言であった。

 ハッチに遮られ、コンテナに包まれたジョーに、外の様子を知るすべはない。



――――――



 運転席はトーマスの背後であった。だが、開こうとするものなら、即座に敵の注目を浴び、優先的に攻撃されてしまうだろう。

 取り囲まれている彼はドアに手をかけるどころか、逆に逃げ場を失い、仲間共々追い詰められている。

 そして、着々と迫るマシン・ウォーリア。その存在は、彼らの焦りをより掻き立てていた。


「賭けはお主の負けかもしれんな」


 リックが減らず口を叩く。


「……どうする」


 窮地にあっても、ベンはぼそりと喋る。


「ヘッヘッヘ! このままじゃみんな揃ってお陀仏だぜぇ!」


 ピーターは相変わらずへらへらと笑う。


 トーマスの仲間たちは、リーダーである彼を信頼しているのだろうか。この程度では、諦めたりはしないようだ。

 そしてそんな彼らの長は、その絆に感謝し、勇気を振り絞る。


「……一、二の、三で乗り込む! 俺たちのタイミングだ! 背中は頼むぞ!」

「おう!」「ケッ!」「……ああ」


 息の合わない返事に不安を覚えながらも、トーマスは左手をドアの取っ手にかけ、すぐに行動に移せるよう構えをとる。

 その間の攻防は右手のみで行っており、苦しそうに顔を歪めていた。


「行くぞっ! 一っ!」


 カウントダウンを始めると、死に物狂いの盗賊たちの中にさらなる焦りが生じ、攻撃は激化する。


「――二ぃっ!」


 トーマスは「三」を待たずに、ドアを開く。

 盗賊たちは慌ててトーマスに攻撃を集中させようとするが、動揺を見抜いたリックたちが全て――いや、「ほぼ」全てを処理する。


「トーマスッ!」


 一人の盗賊が強引に体を割り込ませ、トーマスに剣を伸ばす。その切っ先が背中を裂き、僅かな血しぶきが舞う。

 トーマスは痛みに若干顔を引きつらせながらも、その男を蹴り飛ばす。そして、その反動でシートに着くと、体重をかけてコンテナの開閉ボタンを押した。


「……あとは頼むぞ、ジョー」


 そして、それだけつぶやくと、息を切らせながらシートに背をもたれかからせた。



――――――



 コンテナが開く。わずかな照明のみで照らされていた空間に、天からの光が差し込む。

 ジョーは閉所恐怖症なわけではないが、閉ざされた空間から解放される気分が好きだった。

 ――尤も、それがなぜなのかは、思い出すことができなかったが。


 箱の中に眠っていた灰色の巨人が体を起こす。何百年も眠っていたように、その動きはぎこちない。

 荷台の上に立ち上がった人型の機械は、足を降ろすべく動いたかと思うと、即座に足を止める。


『降ろします! 怪我をしたくなければどいてください!』


 ジョーの警告が一体に響くと、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、商人たちも追い打ちをかけながら退避する。

 足元を覗くサブカメラの映像を左目に映していたジョーは、それを確認し複雑な感情に苛まれる。

 そして、通り道に誰もいなくなったことを確認すると、ブレイバーはその一歩を踏み出した。


『ちっ! 起きちまったか、使えない奴らめ! こうなったら、この<アーミー>でぶち壊してやる!』


 眼前まで迫っていたマシン・ウォーリア『アーミー』から、男の声が発せられる。

 その声に、ジョーは怯んだが、ブレイバーを退かせることは無い。


「やっぱり……やるしかないのか……!」


 ――さて、突然ではあるが、この時ジョーに戦いを挑めるほどの覚悟があったのだろうか。今まで平和な国で争いを知らずに育った彼に、戦いの心構えがあったのだろうか。

 当然だが、答えは否である。そして、そんな彼が敵を目の前にしてとった行動、それは――


『こっ、このブレイバーには強力な武器が搭載されています! 死にたくなければ、大人しく投降してください!』


 脅迫であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る