三節 マシン・ウォーリア
車輪と蹄の音が響く中、風で揺らめく木々のざわめきを聴いているジョー。ここは、彼にとって新鮮なもので溢れている。
後ろから付いてきているトーマスはそんな彼を怪しむように睨んでいるが、ジョーはそれに気が付かない。
そして、空が夕暮れの赤に染まり始めたころ、それは起きた。
妙な静けさが森の空気を支配したかと思うと、ピーターが小声で話し始めた。
「よく聞きなぁ。今からする俺の手の動きを、後ろのロンゲに伝えるんだぜぇ」
「……トーマスさんにですか?」
ジョーが近づくと、手話のような手の動きを実演して見せるピーター。
「頼むぜ。間違えんなよ。それと声は絶対に出すんじゃねぇぞ」
「やってみます」
ジョーは荷台の後方に戻り、ピーターの動きの真似をトーマスに見せた。
それを見たトーマスは彼の後ろ、荷台にいる人物に何かを伝えている。
「伝えました。どういう意味なんですか?」
「盗賊が出そうだぜ。お前さんは隠れてな」
「な――!?」
ジョーが騒ぎたてようとするが、ピーターの手がその口をふさぐ。
「ばれると厄介だ。騒ぐんじゃねぇぞ」
「え、ええ――な、なんだ!?」
品のない奇声が木霊する。それは、襲い来る盗賊達の上げた雄たけびであった。
それを聞くとピーターは馬を止め、御者台から飛び降りる。
「いいかぁ! 隠れてろよぉ!」
ピーターは念押しをすると、どこかへ向かって走り去った。
既に抗争が始まっているのか、あたりからは喧騒と金属の打ち合う音が聞こえる。
ジョーは外の様子が気になり、馬車から顔を出した。
盗賊と思わしき小汚い男たちが、対照的に小綺麗な商人たちと剣を交えている。そこは、まさに戦場であった。
ある者は打ち合っている相手に斬られ、ある者は横から割って入ってきた剣に刺され、またある者は矢に貫かれて倒れる。
そんな非日常的な光景を見てしまったジョーは、ショックでしばらく何も考えることができなかった。
「何なんだよこれ……!」
戦いが激しくなると、ジョーは馬車に顔を引っ込め、息を潜める。
高鳴る心臓の鼓動を押さえるべく、膝を抱え、うずくまる。そうして冷静になると、彼は先ほどの光景に疑問を抱いた。
――商人たちは盗賊たちを圧倒していた。倒れた者のほとんどは盗賊であり、商人はいともたやすく彼らを蹴散らしていた。
そう、強すぎるのだ。まるで子供と大人の喧嘩のように、全然相手になっていない。
おかしな話ではあったが、どうにかなりそうな事をジョーは素直に喜んだ。そして、これから彼らに対してとるべき距離感を思案するのであった。
しかし、戦車を彷彿とさせる重い駆動音が一体に響き渡ると、商人たちがどよめき、ジョーも不安を掻き立てられる。
「マシン・ウォーリアだ!」
「何!?」
「何でこんな奴らが!?」
「嘘だろ!?」
――マシン・ウォーリア
それらしいものは、すぐに見つかった。馬車の一団の行く手を塞ぐように、前方に鎮座している機械がある。
人のような上半身を持つ巨大なロボット。頭から突き出ている単眼の瞳のようなカメラは、その場にいる者たちを威嚇するようにこちらを向いている。
ジョーはそれに見入っていると、近くから聞こえる足音を聞き取り、その方向へと注意を向ける。
それは、盗賊が商人の女性に背後から迫る音であった。
その栗毛の女性は、剣を持ち、果敢に盗賊と戦っていた。しかし、背後から迫る者に気が付いている様子はなく、目の前の敵の相手で精一杯といった様子である。
それに気が付いたジョーの体は、無意識に行動を起こしていた。
「危ない!」
それは一瞬の出来事であった。ジョーは体から魂が抜けるような錯覚に襲われる。
時間が遅くなるような感覚が彼の意識を塗りつぶし、駆け出した足は異常なまでの速度を出す。そう、あの時と同じように。
そして、加速した体をそのままぶつけるべく体制を整えると、全身の感覚が元に戻り、そこに至って初めてジョーは体の違和感を感じる。
ジョーが盗賊に肩から体当たりすると、盗賊の男は前のめりに倒れ、勢いをコントロールできないジョーは反動でしりもちをついた。
「え!?」
その女性が驚きの声を上げたのは、彼女の剣が正面の男を刺し貫いたのと同時であった。
女はその長い髪をなびかせ、振り返る。そして、起き上がろうとした盗賊の胸に、抜き取られた血塗れの剣が突き立てられた。
言葉にならない断末魔を上げ、苦悶の表情と共に絶命する男。目の前でいともたやすく人殺しが行われるのを目撃したジョーは、恐怖と罪悪感に震えた。
「ありがとうございますぅ! おかげで助かりましたぁ!」
今にも泣きそうなその女は、能天気に話しかけてくる。
その眼鏡をかけた女性は、トーマス達のような殺伐とした雰囲気の人間ではなく、穏やかで大人しそうな印象をジョーに与えた。
「あ……え、ええ、無事で何よりです。でも、殺すことは無かったのでは……?」
ジョーは震える声で尋ねる。
頭ではそうするのが最適解であることは理解しているが、培われた倫理観がそれを許さなかったのだろう。
「え? なんでですか? 盗賊は別に生かしておく意味は無いですよ?」
ずれた眼鏡を直しながら、「何を言いたいのかわからない」と言う風に首を傾げる女性。
「……そうですか」
「君、確かピーターさんが拾った人ですよね? だったら、ここは任せて隠れててください! じゃ、私はもう行きます!」
女は走り去った。
そして、その姿が見えなくなると、ジョーは目の前の屍から逃げるように駆け出していた。
――――――
ジョーはあてもなく、彷徨っていた。
――と言っても、争いの場から逃げおおせたわけではなく、自らが死に追いやった男のもとから離れただけだ。
そして、彼は奇跡的に誰にも相手にされず、そこまでたどり着いていた。
トーマスが決して寄るなと言っていたトレーラー、その近くである。
ジョーは恐怖に打ち克つためのきっかけが欲しかったのかもしれない。だからこそ、無意識に戦うための力を求め、そこへ来たのだろう。
彼がコンテナの中に入ろうと、後部のドアに近づいたとき、中から話し声が聞こえてきた。
ジョーは耳を立て、会話の内容を聴く。
「――他には無いのか!」
「…………」
「クソ! これなら太刀打ちできるかもしれないものを! 大体、何で盗賊ごときがマシン・ウォーリアを持っているんだ!」
「…………」
「……そうだな、こうなれば何人か犠牲になってもらうほかあるまい」
ジョーは思い切り扉を開き、中へ入り込んだ。
片方の声を聞き取ることはできなかったが、彼は会話の内容は概ね理解できたつもりであった。
要するに、対抗手段があるかもしれないにも関わらずそれを諦め、仲間を見殺しにして助かろうとしてるのだと解釈したのだろう。事実、それは間違っていなかった。
「何者だ!」
突然の侵入者に、高所に立つトーマスは警戒の声を上げる。
それがジョーであることを確認しても、決して気を緩めることはない。
「……なんだ、お前か。今は相手をしている暇はない! どこかに隠れていろ!」
ジョーの目に映るのは、巨大な足の裏。
その体の全体像をつかむことはできないが、目に見える部分だけで、彼は直感した。これならば、この状況を打破できると。
そして同時に、それを使わず人を生贄にして助かろうとするトーマスたちが許せなかったのだろう。
「こんなものがあるなら、なんで使わないんですか!」
「動かせれば使っている! これは動かないんだよ! なぜかは知らんがな!」
怒りを込めて叫ぶジョーに、悔しさに声をにじませるトーマス。そして、それを黙って見守るベン。
「貸してください……僕がやってみます!」
「……やれるものならやってみろ!」
そう吐き捨てると、トーマスはその機械の上から飛び降り、ベンと共にコンテナから出た。
ジョーはそれを見届けると、機械の股の間を通る梯子をよじ登る。
体の上へと上がると、腹部のハッチが開いているのを見つけ、その中へと入る。
「散らかってるな……これはヘッドギア!?」
ジョーの独り言の通り、操縦席にはヘッドギアが散乱していた。
そのほとんどはジョー達の言うところの『旧式』あるいは『ボクサー型』と呼ばれる、額と顎を保護できるタイプである。名前の由来にもなっている、ボクシングで使うヘッドギアのような形状のものだ。
街中では目立つので、ヘッドホンタイプの『新式』がジョーの国では主流となっている。
そして、その中には見知ったものもあった。
「これは僕の……何でこんなところに……」
幾多の旧式に埋もれるように、ジョーのヘッドギアがそこにあったのだ。
彼はそれを頭に装着し、倒れたシートに座り込むと、その操縦席に既視感を抱く。
「似てる……!?」
そう、そこは彼の憧れる作業重機、マシン・ワーカーの操縦席にとても似ていたのだ。
それが解ると、ジョーはマシン・ワーカーを動かすときの要領で、起動手順を踏んだ。
機体の動力源に火を入れ、OS《オペレーティングシステム》を起動。
すると、計器に光が宿り、シート越しにも感じられるほどエンジンの鼓動が響く。
側面のコンソールを立ち上げると、スペックを表す文字が表示される。
そのほとんどはジョーにはよくわからない表記であったが、彼の視線はある一文に注がれた。
「
各部のデバイスチェックを走らせ異常がないことを確認すると、キャノピーを閉じ、それを保護する外ハッチをも閉じる。
暗くなった操縦席の中で、ジョーは装着しているヘッドギアのヘアバンド部分を前後に分割し、前部を目元まで降ろした。
バンドから光が投射され、彼の眼にはカメラを通した外の映像がはっきりと映し出される。
「よし、これなら……!」
ジョーは意気込んだが、コンテナを開く方法は知らないことを失念していた。
そして悩んだ挙句、彼がとった行動は悪手と言う他なかっただろう――
――――――
トレーラーのそばで、トーマスは盗賊と戦っていた。
かなり数が多い。それは率直な感想であり、認めたくない事実であった。
商隊は三十人ほどからなるそれなりの大所帯だが、盗賊の数はそれよりも二倍は多いと彼は踏んでいた。
「少し数を減らしたら合図を出す。そのあとは手はず通りに頼むぞ」
「……ああ」
「どうかしたか?」
互いの死角をカバーるように動き、その最中で表情と言葉を読み取る二人。
相変わらず、ベンは無表情であったが、トーマスは微妙な感情の揺らぎに気が付いたようだ。
「……待たなくていいのか?」
「あいつをか? 無理だろう。俺もアデラも、それにお前も動かせなかっただろう」
トーマスがジョーの失敗を確信していたその時であった――
『動きました! 誰かコンテナを開けてください! ブレイバーを出します!』
機体に搭載されている拡声器を使ったジョーの声が一帯に響く。
そして、それに失望と焦りを隠せない者が一人――
「あの馬鹿っ……!」
ジョーの声を聞いた誰も彼もが、声の発生源であるトレーラーに向かう。マシン・ウォーリアがそこにあると、気が付かない者は誰一人としていなかった。
起動を阻止せんとする盗賊と、それを妨げる商人。逆に商人がコンテナの開閉ができる運転席に向かうと、盗賊の剣が振り下ろされる。
ブレイバーを積んだトレーラーの周辺は、一瞬にして激戦区となった。
こうして、マシン・ウォーリアの持ち逃げを考えていたトーマスにとっては、最悪の展開になったのであった。
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