第99話

     Meddle


「まさか……、何でここに七海が?」

「ごめんなさい。こんな形で再開するなんて、思ってなかった……」

「ずっと……見ていたのか?」

「聖ちゃんから、報告をうけていた……かしら」

 聖と、七海の顔を交互に見比べる。かつて七海はオレの幼馴染であったが、聖とも仲が良かった。むしろ、聖にとっては本当の姉のようであり、一緒にいることが多くあった。

「手紙をだしたけれど、あて先不明で返ってきたのは……?」

「ちがう住所を教えたからね。偶々、今日は日本にいるけれど、今はお父さんの仕事の関係で海外に暮らしているの。会えない私が、郁君のお荷物になって、恋も出来ないのは悪いし、いない子と思って欲しかったから……。

 でも、今ここで話さないと、また郁君が悩んで、悩んで、悩み抜いて自殺しちゃうかもって思った……」

 七海はそういうと、公園のブランコにすわった。オレと聖のことを見上げつつ、ブランコは漕がずに語りだす。

「誘拐され、強姦された私は、しばらくすると殺される……。でも、その悲惨な宿命ゆえか、人生をやり直す力を手に入れたの。

 でも、私は交通事故に遭った後にしかもどれなかった。一度、そこを特異点にすると、変えることができない。つまり一日しか、人生をやり直すことができない。あの屈辱的で、悲惨な一日をくり返すことしか……。

 絶望していた。そんな私があるタイミングで、相手の目を盗んで男の携帯電話から連絡することができたの。それをとったのが聖ちゃん。そして聖ちゃんにもやり直しの人生を歩ませることで、私はこの悲惨で、絶望的なくり返しの一日からの脱却を試みることになった」


「でも、あの事故のときに聖ちゃんは幼稚園児。上手くいくはずもなかった。そこで郁君にもやり直しの人生を……。そうやって色々と模索したのよ。でも、聖ちゃんのときのように、上手くいかなかった。

 色々と試行錯誤しているとき、日暮さんをみつけ、偶然に試したら上手くいった。不幸のままに人生を歩ませ、亡くなったタイミングでやり直しの人生を歩ませることができる、と気づいたの……」

 日暮は、これが三回目のやり直しの人生だと語っていた。彼女も深い傷を負って、苦しい人生を歩んだ末のことだった。

 それは、たった一日で人生が流転してしまった七海と、同じぐらいの苦しみを味わった者だけが、そうした権利を得るのだろうか?

 やり直しの人生を歩み、誰かの人生をやり直しさせる力をもった七海でも、それをどう扱っていいか……? きっと、オレが頭痛により犯罪を探知できるようになっても、それを上手く利用できなかったとしたら、さらに絶望しただろう。日暮もその力に押しつぶされていた。七海は、聖はそれをずっと模索しつづけてきたのだ。

「ただ、ここまで長くかかったことで、副作用が生じてしまった。

 私を助けられない……。兄をやり直しのステージにすすめさせられない……。そんな無力感と、失敗をくり返したことで、聖ちゃんが郁君のことばかり考え、執着するようになってしまった。

 試してみた兄とのセックス……。それは絶望する兄を救うためだったのだけれど、それにのめり込んでしまった」

 聖をみると、下を向いている。でも、その目からは涙がぽたぽたと零れ、地面に滴っていた。


「前の人生で、とにかく郁君を孤立させるため、兄妹でのセックスを禁じた。それでやり直しに成功したけれど、我慢をさせた聖ちゃんが、いずれ爆発するかも……とは思っていた。この時間軸では、もう必要のない兄妹のセックスをするのは、危険だと思った……」

「オレが自殺するかも……と?」

「正義感の強い郁君のことだから、兄妹のそれに悩み、自ら命を絶ってしまう……。私が生き残ったこのターンでは、むしろ不要なこと。そして昨日、聖ちゃんから泣きながら連絡がきて、私もでてきたの。本当は、もっとドラマティックに再会する予定だったのに」

 冗談めかしているけれど、七海も想定外だったのだろう。

「郁君にやり直しの人生を歩ませたら、すぐ私を救っちゃうんだもの……。私も、聖ちゃんも、郁君との距離感に悩んでいたのよ」

 長く、長く、彼女たちは苦しんできた。聖の涙には、そんな苦悩から解放された安堵ではなく、新たな苦難を歩み始めていることが見てとれた。

「やり直しを促した声は、七海だったのか……。最初に、異世界転生を提案してきたよね?」

「そうした方が、信ぴょう性がでるでしょ? もっとも、私にはやり直しをさせる力しかないから、異世界に連れていくことはできないけれど」

 異世界転生を提案したのに、魔法のこととか、とても曖昧だったのは最初からそうさせたくなかったからだった。

「郁君なら、きっとやり直しの人生を選んでくれる、と思っていた。私を助けてくれるって……そう思った。一回ではダメでも、聖ちゃんと相談し、二回、三回とチャレンジしてくれるって……。でも、凄いよ。本当に……郁君は、私たちのヒーロー、英雄なんだよ」


 七海は立ち上がると、泣きじゃくる聖に近づき、その肩を優しく抱きしめた。

「ごめんなさい。私のせいで、ずっとツライ人生をくり返させてしまって。でも、この人生で郁君が亡くなったら、どうしようもないでしょ?」

 そんな七海に、オレから尋ねた。

「あのとき、入院先のベッドで無理やりオレに跨ってきたのは、時の強制力を意識させるためだったのか?」

「そう。郁君に長生きしてもらうためにね……。前の時間軸では、どうしてあんなに長生きをしたのか? 私にもよく分からない。でもその前の人生のように、自殺してしまわないよう、〝時の強制力〟という言葉をつかって、自分は長生きする……そう思ってもらいたかった……」

 聖との関係がなくとも、オレは自殺していた? そんな聖に、ふと尋ねてみる気になった。

「聖はどのタイミングで、転生しているんだ?」

 聖は泣き腫らした目で、オレを見つめて応じた。

「家で、お姉ちゃんから電話をうけたとき。私はすぐ昏倒してしまうの。そのタイミングでやり直しが始まり、お姉ちゃんからの指示をうけ、兄さんにやり直しの人生を歩ませるために、行動する……」

 前の人生で、徹底してオレを忌避したのも、そのためか……。二人とも、交通事故が起きた後でやり直しが始まるのだから、脱却する術をもたなかったのだ。

「聖の力って?」

「人のことを、少し従わせる力……。でも、通じる人と、通じない人がいて、四条さんには通じない。だから怖かった……」

「もしかして、オレが聖の誘いを断れなかったのも……」

「ごめんなさい……」

 聖が、学校で女帝になっている、と言われたこともあるが、なるほどそれが聖の力だったのだ。

「もしかして、伊丹や志倉がオレと寝るのも……」

「そこまでの強制力はない。近くにいる人にしか、力は働かない。学校では上手く使えば、周りも従わせられるけど……」

 それで安心した。

 七海を救えなかった後悔を抱えていたのは、オレばかりじゃなく聖も同じだった。そして七海も抗っていた。でも、それが上手くいった途端、次にどうしていいか? どんな人生を歩むべきか? 三人にもまだ見えていない。人生をやり直し、未来を知るはずでも、それは同じだった。

 オレも七海と、聖に近づくと、二人の肩を抱いた。そうして三人で、思い切り泣くばかりだった。



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