第98話
Return
オレは翌朝、槍名生市にもどってきた。マリリンに言われ、やや自暴自棄になっていた自分を見つめ直した。
携帯電話の電源は切っていたけれど、親からの連絡がひっきりなしだったこともある。しばらく戻りません、とだけ書置きしたので、これまで外泊することはあっても帰宅の時間ははっきり伝えていたこととも異なり、心配になったのだろう。聖も随分と焦って、ずっと起きていた、と言っていた。携帯電話の履歴、留守録はもうパンパンだった。
ただ、まだ家にはもどらず、オレは半藤の営むラーメン屋に来ていた。昼の営業に向けて仕込みの時間であり、半藤だけが厨房にいた。
「家出したらしいな」
ニヤニヤしながら、半藤はオレに尋ねてくる。
「まさか、その噂がここまで伝わっていない……と思って訪ねたんですが……」
「オマエの妹を名乗る子から、電話がかかってきたよ」
聖……? 半藤のことは知らないはずだけれど、それも聖の特殊能力で分かっていた、ということか?
「ま、若いうちだけだ。オレなんて、中学生のころはほとんど家に帰らなかったからな。ダチの家に入り浸って、徹夜でゲームばっかりしていたよ」
「悩みがなさそうですね……」
「悩んでいたさ。ただ、悩みたくないから現実逃避をする。それも若いうちに赦される特権だ。大人になったら、生活があるからそんなことも出来ん」
「逃げだしたいんですか?」
「子供ができるのに、そんなことも言っていられんよ」
そのとき、お店に飛びこんできたのは小早川 知彩と未来の姉妹だ。まだ小学三年生だけれど、この店を手伝い、その代わりに半藤たちと一緒に暮らす。親に見捨てられた少女たちだった。
知彩は椅子にすわっていたオレに飛びついてくると、目に涙を浮かべて唇を重ねてくる。
「もう、私に何も言わずに居なくなっちゃうなんて……バカ!」
「ごめん、でも帰ってくるつもりだったから……」
「助けてくれたお礼に、私の処女をあげるって言っておいたでしょ!」
そう、彼女はオレに救われたことに恩義を感じ、処女をくれると約束していた。もっとも、小さい子のそれなので、受け流していたが……。ファーストキスはもらってしまったようだ。
「おいおい。知彩の処女を奪ったら、オレが赦さないぞ」
半藤が、半ば冗談ともつかない様子でそう言ってくる。何だか、早くも父親の意識が芽生えているようで、これなら実子が生まれても安心そうだ。
「ほら、未来ちゃんも。今のうちにキスしておかないと、逃げられるよ……」
「いやいや、未就学児とキスしなくても、もう逃げないから……」
そんな話をしているとき、お店に飛びこんできたのは、渡ノ瀬 紗季だった。彼女も無言のまま、オレの胸に飛び込んでくる。
「心配しました。家出したと聞いて……」
彼女も、伊丹の家で出会っているので、伊丹から話がまわったのかもしれない。兄の関わるグループから誘拐されそうになり、兄は今や少年院にいて、オレが兄の代わりを務めている。それで半藤が「妹を名乗る子……」と言っていた意味がわかった。渡ノ瀬は、オレの妹を名乗っているからだ。そして、かつて知彩と未来の二人と一緒に、海に行ったことで連絡したのだろう。
「ごめん。でも大丈夫。もうどこにも行かないから……」
「ほら、紗季も今のうちにキスしておかないと、また逃げられるよ」
「じゃ、じゃあ……」
「じゃあ、じゃないから。知彩のそれは不意打ちだったから……」
「え、知彩とキスしたんですか⁈ じゃあ、私も……」
話がややこしくなった……。オレも苦笑するしかなかった。
夕方、オレは公園に聖を呼びだしていた。家で話をすると、またセックスをしながら……となりそうだったから。
彼女は硬直した表情で、この公園に現れた。
「聖も、オレが家出をすることまでは分からなかったみたいだね」
「いいえ、分かっていたわ」
強がりなのか、聖は強い目でそう言ってきた。
「オレもそうであるように、前の人生でしてきたことと、自分がちがうことをすれば結果も異なってくる。それもすべて分かっている、というのなら、それはもうラプラスの悪魔だ」
宇宙のすべてのモノの動きを知り、次に何がどう起きるかを知っている悪魔。オレの未来を知っているとすれば、それは運命決定論になってしまうが、こうしてやり直しの人生を歩むことで、オレも気づいた。
運命は決定などしていない、ということに……。
「分かったんだよ。前の人生とちがう結果を求めても、〝時の強制力〟によって、同じような結果に引き戻されてしまう……。オレに転生を促した何かが、そう語っていた。でも、それっておかしな話だ。
聖は、リアは転校せず、ここからモデルとしてデビューした。その代わりに、ここからアイドルが生まれた、と言っていたけれど、周りからみた結果は同じように見えても、本人たちには大きな差だ。もしそれが、時の強制力によって起こっているとすれば、全体の流れだけを重視し、当事者たちの立場、意識は完全に無視した形になる」
「何がいいたいの?」
「聖が焦ったのは、オレがここで死んでしまうかもしれない……。前の前の人生で起きたことを、またくり返すかもしれない、ということだったんじゃないか?」
「…………」
「そう、オレに〝時の強制力〟を意識させ、やり直しの人生を歩ませた理由……。それは確かに、オレを自殺させないためだろう。結果が似てくるのだから、オレが死なない理由になるからね。
でも、オレは前の前の人生までは、自殺していたんだろ? それが、どうして前の人生では、七十七歳まで生きたんだ? 時の強制力があったら、その前にとっくに死んでいるだろ?
オレがここから逃げだした……そうなったとき、オレが自殺するんじゃないかと考えて、焦った」
聖は無言だった。これまでナゾだったことの一つは、解消された。時の強制力などといっても、それがすべてではない。
「むしろ、オレに強く〝時の強制力〟を意識させるようと、聖は動いていた。ちがうかい?」
「…………ふふふ」
聖は笑みを浮かべたが、否定も肯定もしなかった。ただ、まだ分からないことがある。
「聖は、どうしてオレに拘る? 確かに、オレが大怪我を負い、落ちこんでいたから同情したのかもしれない。でも、体を重ねてまで慰める必要があったか? そして今回も、オレは女の子たちに囲まれていて、無理に聖がそういう行為をする必要もなかったはずだ。何で……オレなんだ?
そして、聖のもつ力って、本当は何なんだ?」
聖はうつむいたまま、答える気配はない。
「それは、私の方から説明していいかな?」
いきなり違う方向から声が聞こえ、オレも驚いてそちらを向く。そして、歩いて近づくその姿をみて、オレは驚きのあまり、言葉どころか、思考能力すらまったく失っていた。
久しぶりだけれど、一目見てすぐにわかる。薄い水色のワンピをきて、かわいらしい女の子が近づいてくる。
「小山内 七海……」
オレが事故から救い、誘拐から救い、そして転校していった幼馴染……。彼女が今、目の前にあらわれたのだった。
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