第97話

     Respect


 マリリンはいい体になっていた。高校生のころはふくよかな印象だったけれど、お腹はきゅっと締まり、そのころから大きかった胸はそのままで、魅力的なボディを手に入れていた。

 オレの腰遣いに、身悶えするのも4年前を思い出す。

「あぁ~、やっぱりいいわ。最高~ッ!」

 ここは彼女が一人暮らしをするマンションだ。都心の高級マンションの、しかも上層階に暮らす。あの頃は、お金に困って……というか、親に見放されて大学受験のお金を自分で稼ごうと、売春をしていた。そのころとは雲泥の差だ。

「もしかして、お金持ちのパパをみつけた?」

 失礼を承知で、オレもそう尋ねる。すると彼女は豪快に笑ってみせた。

「私、まだ大学生だけど、起業しているのよ。ほら、あの頃とくらべてだいぶ痩せているでしょ。ダイエット食品とか、ダイエット本とか、そうしたものを扱う企業を立ち上げてね。また情報をYouTubeでも発信していて、私のビフォーアフターもあって、結構稼げているのよ」

 確かに、最初見て気づかなかったように、高校生のころとはだいぶ印象が変わっている。売りをしていたことも正直に話しており、そうしたものも彼女の魅力の一つとなっているそうだ。

「あの頃は、お金を稼がなきゃってストレスもあって、過食していたの。でも、すごい男の子と会って、セックスでお金稼ぎをすることのバカバカしさに気づいて、起業することにした。どう、YouTubeでもうけるシナリオでしょう? まさか、そのすごい男の子と再開するなんて、思ってもいなかったけれど……」

 その『すごい男の子』とやらが、当時小学四年生になるか、ならないか……と聞いたら、うけるどころか引かれるだろうけれど……。


「さっき、スーツを着ていたのは?」

「取引先の企業との商談。うち、固定の社員がいなくてね。商談とかも社長の仕事なのよ」

「社員がいない? それで大丈夫なの?」

「必要なときに、必要な人を雇って働いてもらう。うちみたいな小企業じゃあ、固定費を払って社員にするのは大変だしね。ちゃんと利益も上げられているのよ。だからこんなところに住めるんだけど」

「成功したんだ……」

「社会的にはね。でも、未だに両親とはわだかまりしかない。私がウリをしていたことも、納得していないみたいだしね」

 家族に問題を抱えているのは、マリリンも同じだ。

「でも、この話をしたのはアナタだけ……。というより、二度と会わないと思ったから、打ち明け話もできたんだけどね。……もう、このまま結婚しちゃう?」

「冗談になっていないよ。オレはまだ中学生だ」

「こんなにエッチがうまい中学生がいるのが、もう冗談よ。あの後、何人かと恋人になったけれど、仕事に生きようって思わせてくれたわ」

 冗談のように語っているけれど、ここに男の匂いがしないように、彼氏はいないそうだ。まさか、エッチだけで決めているわけではないだろうが、彼女にとってエッチは重要だろう。何しろ、中学のときからしていた、というぐらい、愛の確認方法がそこに偏っているのだから。

「ほら、もう一回……」

 そう言って首に手を回してくると、唇を重ねる。今晩は泊めてもらう代わりに、彼女を満足させることを求められていた。長い夜になりそうだった。


「一人旅に出るなんて男は、大抵悩みを抱えているものよ。何を悩んでいるの?」

「鋭いね……」

「悩み相談もうけつけているのよ。ダイエット関係が多いけれど、人生の悩みを相談してくる人もいてね。今のアナタは、そういう人たちと同じ空気感がある」

 ふと相談してみる気になった。マリリンも家族関係で、かなり深刻な状況を抱えている。それでも、自分で体を売って学費を稼いだり、自分で道を切り拓いている。オレは前の人生で七十七年生きたけれど、人間関係はずっと希薄なままで、そうういう点は疎かった。

「オレのことを愛してくれる人がいるんだけど、重くて……。しかも、本当は関係してはいけない間柄で……」

「禁断って奴? 私は別に、道徳心とか関係ないと思っている方だから、自由にすればいい、と思うけど、子供をつくるのだけは×。

 例えば、近親相姦になると障碍者が生まれやすいとされる。障害をもって生まれたからといって、可哀想というのとはちがうと思う。でも、その可能性が高いと知った上で、親がそれをするのは訳がちがう。それは子供が可哀想……」

 その通りだ。しかし、聖はオレとのそれでキャップをつけさせてくれない。

「愛し合ってもいいんだ?」

「私はそう考えている。でも、それに悩んでいるんだ? 悩むぐらいなら、止めた方がいい。多分、アナタはずっと幸せになれないから……」

「でも、相手は幸せそうだから……」

「アナタは相手を見過ぎるのよ。恋なら相手を満足させて、それでいいのかもしれないけれど、一方だけが幸福になるような関係は、愛にならないわ」


 ハッとした。これまで、オレは出す、出さないで悩んでいたけれど、考えてみれば相手に良かれ……と思ってしていたのだ。当然、まだこの年齢だし、相手だってそこまで望んでいるわけではないだろう。子供が欲しい……そんな相手と関係することなんてなかったのだ。聖以外……。

 では、美潮やリアは? 多分、心のどこかでそうなってもいい。そうでありたい、という気持ちがあったのかもしれない。それは四条 真杜も同じ。逆に、真杜のことは互いに焦らされ過ぎて、情動が迸る中でのそれだったので、そういう気持ちの昂りがあったのかもしれない。

 そう、今マリリンとしていても、オレは出せていない。それは夕方まで、聖とあれだけしていたから……と勝手に思っていたけれど、彼女も別にそれを望んでもいないし、オレもそうなのだ。

「セックスって『愛し合う』と言われるけれど、相手が望まない中ですることが、本当に愛し合うことになるのかしら? 一方が欲望を満たすためだけだったり、一方が望むからしてあげたり……。それは合っていないのよ。互いの愛がし合わない行為なんて、ただの自慰よ」

 そうだ……。オレは自慰を手伝ってあげた。多分、自分がそんな感覚だったからこそ、出していない……。

「ありがとう、分かった気がするよ」

「そう? なら、もう一回しましょ。残念ながら、アナタは奉仕している気分かもしれないけれど」

「そんなことは……」

「いいわよ、ムリしなくて。八つも年上だもんね。私たちも禁断じゃない?」

「マリリンが教師になったら、禁断だけれどね」

「そこは本名で呼んで欲しいな。そういえば、名前を教えていなかったわね。私は諸積 萌っていうの」

「あれ……、マリリンは⁈」

「あぁ、私が昔飼っていた犬の名前よ。源氏名をつけるとき、自分は犬みたいって、それだけ自虐的だったってこと」

 そういうと、マリリン……諸積 萌はオレにのしかかってきた。禁断ではないけれど、これも違う形の愛なのかもしれない。それは女性の気持ちを教えてくれた教師的な意味で、オレは彼女を敬愛しているのだから。









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