第96話

     Unexpected Encounter


 聖は「ほら、もう一度して」と、オレの首に手を回してくる。入れっ放しで、腰には足を絡めているので、そのまま再び腰を動かしだす。

 まだ小学六年生で、体は未成熟な部分が多いけれど、心はもう何度も人生をやり直している少女……。こうして律動しても、胸なんて揺れない。まだそれほどの肉がついていないから。オレを受け入れているそこも、形状こそオレのそれとぴったりフィットするけれど、まだ完全にオレのすべてを、彼女の中まで挿しこむことはできていない。

 頬を紅潮させ、幸福そうにするけれど、これは本当に幸せなのだろうか?

「あぁ~……。今……、今よ!」

 オレもその声に促されるように、ふたたび彼女の中に放出した。

「こんなことをしていたら、子供ができちゃうよ」

「大丈夫よ。兄さんは気にしないで」

 まだ抜かせないよう、聖はふたたびオレの腰に、足をからめてがっちりとロックしてきた。オレのすべてを、自分の中に吸い尽くすつもりかもしれない……。オレも苦笑いを浮かべた。


「以前、聖は『正義感をもっても、いずれ後悔する』と言っていたね」

 それは、オレが半藤の起こした事件と関わったとき、大勢の男たちにぼこぼこにされて入院していたときのことだ。

「兄さんが暴走し、怪我をすることが分かったからね」

「でも、前の人生でそれは起きていなかった。オレはやり直しの人生でも、前の人生で起こったことしか分からない。聖は何を、どこまで分かるんだ?」

「私に分かるのは、兄さんに関することだけ。兄さんのことなら何でも分かる……。でも、兄さんは私の前からいなくなってしまう……。

 私がこんなに愛しているのに、兄さんは自殺してしまうの。ある日突然、私の知らないところで……」

 彼女がやり直しの人生で手に入れたのは、時間ではなくオレを知ることだった? でも、すべては分からない。だから、分からない女の子はパージする。例えどんな手をつかっても……。

 オレにはこれまでに彼女がくり返してきた人生で、オレが自殺した理由が分かる気がした……。

 妹とこんなことをしている自分……。そして周りとの絆が断たれていく、その喪失感……。聖はそんなことを意識してはいない。良かれ、と思って行動していることだから、その理由が分からない。……否、知ろうともしていないのかもしれない。

 オレにはそれが耐えられなかったのだ。きっと、その人生ではオレも大きな怪我を負い、化け物と呼ばれ、人から遠ざけられていただろう。

 でも、そんなオレと、どうして聖は関係を結ぼうと……? 兄妹という親近感だけではないはずだ。でも、こうして再び求めてくる聖は、それだけで幸福そうな表情を浮かべている。オレもそんな聖の恍惚の表情に誘われるように、ふたたび腰を動かしだした。


 そろそろ日が傾く中で、オレは家をでた。聖はまだ、オレのベッドの上で寝ているはずだ。朝からずっとしていれば、それは疲れもする。

 しばらく、この家にもどってくるつもりはない。親にむけて書き置きは残した。このまま、血のつながった実の兄と妹が、こんな関係をつづけていてはいけない。しばらく聖とは距離をおくつもりだ。

 オレは上八尾 リアに会いにいくことにしていた。連絡をとると、事務所でなら少し時間をとれる、と返ってきた。

 彼女が所属するモデル事務所にいくと、すぐに会議室に通された。リアがこの事務所の中で大きな稼ぎになっており、特別待遇もあるのかもしれない。以前、撮影にも同行したし、わざわざ撮影の後、海辺のホテルに一泊もさせてもらえたぐらいだ。

 誰もいない会議室で待っていると、リアが飛びこんできた。

 言葉もなく、リアは飛びついてきて唇をぶつけてくる。オレもそんなリアを受け止めて、しばらく互いのぬくもり、やわらかさ、吐息を感じ合う。

「会いに来てくれたんだ。うれしい……」

 リアが涙ぐむのは、キスだけで興奮したのか、それとも会いに来てくれた、という純粋な感動かは分からない。

「残りの夏休みをつかって、一人旅に出ようと思ってね。それでしばらく会うことも難しいから、それを伝えに来たんだ」

 嘘をつく。ただ気になったのだ。聖が「リアは二十歳ごろに亡くなる」と言っていたことが……。

「一人旅? いいなぁ~。最近、アパレル業界と組んで、新製品の開発をしていて、それが忙しくて……」

 リアはティーンズのカリスマになりつつあり、その人気に便乗したい服飾メーカーが白羽の矢を立てたらしい。

「今日はどこに行くの?」

「決めてない。東京駅に行って、それから行けるところに行こうと思って……」

「そっかぁ……。若いうちだけだもんね。そういう旅ができるの」

 年寄りクサイことを言った後、リアは自分の頭に手をやると、オレへと水平にその手を滑らせてくる。それが意味するのは、背比べ……だ。今、リアとオレはちょうど同じ身長である。

「もう少しだね……」

 リアはもう一度、オレに抱きついてきた。小学生のころから、ずっとリアの方が高かった。それが中学二年になり、やっと追いついたのだ。リアの身長の伸びは止まっており、オレは前の人生でももう少し高くなったので、来年には追い抜ける公算だった。

「私、背伸びをしながらキスするのが夢……なんだ」

 ずっと身長の高さで悩んできた、リアらしい夢……。

「来年には、そうなっているよ。待っていて」

「……うん」

 やっぱり、リアが自殺するなんて思えなかった。むしろ、オレが自殺した後を追ったのかもしれない……。


 夜になって、東京駅につく。本当に無目的ででてきたので、行く先はない。電車の時刻表と、自分で貯めた分のお金と相談して、どこか遠くへ行けるところまで行って……。

「あら、あなた……」

 そう声をかけられ、ふり返ると、スーツを着た若い女性が立っていた。

「えっと……」

「忘れちゃったわよね。でも、私は刺激的だったから憶えているわよ。マリリンっていったら、思いだす?」

「……あ⁉」

 思いだした。それは小学生のころ、オレのことを罠に嵌めようとした男が、女子高生でウリをしていた彼女に、セックスしているところをハメ撮りさせようとした。それをオレに見抜かれ、彼女はウリを止めて、大学受験に専念するといっていた。あの頃はぽっちゃりした印象だったけれど、スーツを着ているせいか、すらりとした大人の女性になった印象だ。

「こんなところで何をしているの?」

「一人旅をしようと……。目的も何もないんだけれどね」

「宿もないの? じゃあ、今日はうちに来なさいよ」

 マリリンはそういって腕を絡めてくる。その瞬間、仄かにただよう香水の香りは、女子高生で売りをしていたころの、その匂いを消すために強い香水をつかっていたあのころとの、違いを感じさせた。



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