第62話

     Polyline


 オレは日暮 鳴鈴に会いにいった。彼女は小学五年生で、引きこもりのために小学校にも通っていない。ただオレと同じでやり直しの人生を歩んでおり、色々と話を聞きたいこともあった。

 少しずつ外にでるトレーニングをしている、ということで、一緒に散歩することにした。娘が立ち直るキッカケをくれた……として、母親も歓待してオレと二人でのお出かけも認めてくれる。

 彼女を外に連れだす。部屋着ではなく、外出着ははじめてみたけれど、地味でオシャレとは言えない服で、これは引きこもりの前から、彼女が引っ込み思案だったことも影響するのだろう。

「キミは前の人生で、小学生のころに起きた事件、事象について記憶はあるかい?」

「生憎と、よく憶えていないの……。元々、周りに興味がなかったこともあるけれど、記憶力も悪くて……」

 オレは自分の周りで起きる事件を、頭痛によって知ることができる。事件が起きそうな相手と接すると、頭痛がするのだ。ただし、この能力にも限界があって、あくまで巻きこまれて犠牲になりそうな子、悪意をもっている人間、などがその対象であって、周りに大量の人がいるようなケースでは、相手が特定できないこともあった。

 オレも事件、事故について知っている範囲で、それと照らして考えることもできるけれど、彼女にもそうした記憶があれば……と思ったのだが、どうやら期待薄のようだった。


「心の形っていうのは、どこまで見えるんだい?」

 彼女はやり直しの特典なのか、魂の形が見える力をもっていた。

「大体、人の心は、その人の体、肉体に合っているもの。ぼんやりと、人の体に膜のようなものがかかっている感じね」

「オーラみたいなもの?」

「オーラをみたことないけど、多分そんな感じ……」

 日暮はいい加減なところがあるのかもしれない。オレも苦笑しつつ「大体……ということは、違うケースもある?」

「歪になっていて、体にフィットしていない。そういう相手は、ちょっと弄れば、すぐに心が崩れてぐちゃぐちゃになる」

「もしかして、それで君の部屋に来た奴らを?」

 精神病院のスタッフが、彼女を強制入院させようとしてもダメだった、という話を聞いている。

「そうね。歪になっている部分を、さらに歪ませた。簡単よ。相手に触れる必要もないもの。魂が体から離れているところを、こう動かすの」

 まるで目の前にある荷物を、脇にどけるような動作をしてみせる。

「触れるの?」

「触る……というか、煙を避ける感覚に近いかな。煙の中で手を動かすと、その煙が揺らぐでしょ? それと同じよ」

「見るだけじゃなく、動かすこともできる……。それで人の治療をすることは?」

「できるかもしれないけれど、私は嫌。だって、相手の魂を動かすと、こちらも気持ちがぐらついてしまうもの……」


 公園まで歩いてくると、人もおらず、ベンチが空いていたので、そこにすわって話をつづける。

「心が歪な人って、弱っていたり、邪なことを考えていたり、だから動かしやすいけれど、その魂に関わると、その影響が私にも跳ね返るわ。だから、誰とも会いたくなくなった……」

 日暮はじっとオレのことを見つめて「あなたは、人生をやり直しているせいか、魂の形がとてもきれい……。多分、私が動かそうとしても、きっとその形が揺らぐことすらないでしょうね」

「誉め言葉と受け取っておくよ。自分の魂の形はみえるのかい?」

「自分のはムリ。鏡を通すと、ほとんど見えないもの。腕や足、体を見下ろすこともできるけれど、やっぱり頭の周りが重要だからね……」

「そうか……。キミの力をつかって、世の中を少しでもよくできるかも……と思ったけれど、難しそうだね」

 日暮も寂しそうに笑った。

「私も最初は、こうしてやり直しの人生を歩んでいるのだから、何かできるかも……と頑張った時期もある。でも、私はダメだった。むしろこの力に負けて、社会から逃避してしまった……。火傷のことをイジられて、気持ちが折れてしまったこともある。嫌がらせをしてきた相手をこの力で懲らしめたら、彼女は精神が壊れて入院してしまったの。私が何かをしたら、きっと誰かに迷惑をかけてしまうわ」

「そう思っている間は、そうなのかもね。でも、オレたちやり直しを選択したからには、何かを残したい……。どうせ一度、下らない人生をおくって、死んだだけの悲しい人生だったんだ。何かをしようと思ったら、いつでもオレに言ってくれ。応援するよ」

 日暮はふっと笑った。

「やっぱりアナタは強い人。その魂の形をみるまでもなく、アナタはやり直しの人生を生きるべくして、生きているんだわ……」

 こそばゆい賞賛だけれど、彼女との関係がこれから色々なことを生じさせるなんて、このときはまだ気づくはずもなかった。


 オレはその日、羽沢 葵から連絡をうけて、彼女の暮らすマンションへとやってきた。彼女はお嬢様学校に通っており、その学校でトラブルがあった、という。彼女は中学に進学しており、以前とは少し印象がちがってみえた。

「長谷部 春花を憶えておいででしょうか?」

「えっと……、一度、会っているよね? あそこの部屋で……」

「ええ。私のシスターをしていた子ですわ」

 女性らしさを増すため、彼女は伊丹の家にきてエッチをしたのだけれど、その妹分としてお姉様と同じことをする……といって一度だけ、伊丹の家に来た子でそのとき相手をした。

「彼女が……いじめを受けているのですわ」

「穏当じゃないね。どういう経緯で?」

「うちの学園は、初等部のときに特定の上級生のお付きになる、という風習がありまして、別に強制でも何でもなく、勿論そうしたシスターをもたない子もたくさんおります。ただ大抵は姉が中等部へ移ると、そこで関係は終わるのですわ」

「じゃあ、今は妹ではない?」

「そういうことです。でも、噂を聞いてしまいまして……。何かの拍子に、彼女がすでに経験を済ませている……男性とエッチしたことがある、という話が広まってしまったようで、それで六年生の中で周りから無視をされている、と……」

 なるほど、彼女に付き添って、長谷部は自分も……と、オレのところに来た。それで責任を感じているのだろう。

 野崎の中学では、クラスの半数以上が非処女、というように、中学生ではあるけれど、そこに嫌悪感や忌避感といったものはなかった。しかし羽沢たちの私立の一貫校ではそうでない、ということだ。

「その噂って、確定情報として流れているの?」

「まさか……、検査はされていないと思うので、そこまでではないと思います。でも本人が『やった』といえば、それはもう、噂レベルとしても確定として扱われているのではないか、と……」

「本人が言ったの?」

「多分……。そうでない限り、噂でも流れるはずもありませんわ」

 何でそんなことを……と思ったが、モノの弾みということもある。問題は「オレは相談には乗れるし、助言もできるけれど、直接行動したらマズイことになるだろ?」だった。

「だから、助力をして欲しいのですわ」

 助言どころか、行動を求められても困るのだが……。断りにくい事態でもあった。







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