第51話

     Abe-Sada


「郁君。私、可愛かった?」

 休憩になると、リアは駆け寄ってきて、そう尋ねてくる。昔から仮初の恋人としてふるまってきたため、この辺りはお互いに慣れっこだ。

「リアの仕事の現場は初めて見たけれど、いつもより、もっと、もっと可愛くなっていたよ」

「やったぁ♥」

 そういって、リアは首に抱き着いてくる。やり過ぎ……とも思うし、これではバカップルだけれど、恋人アピールにはうってつけだ。

 そのときふと気になったのは、スタジオの隅に、リアに話しかけてきた高城が連れていかれ、マネージャーと話し込んでいることだ。五人いるモデルの中では一番年上で、落ち着いた印象もある。その彼女が、涙をぬぐっているのが見えた。

 事務所から指示された……? もしかして、この頭痛も彼女のことかと、疑惑の目を向けていた。


 リアと手をつなぎながら、一人になった高城に声をかける。手をつないでいる理由は簡単で、一緒の方が話しやすいのと、リアが離れたくないと言ったから。

「さっき、泣いていませんでしたか?」

「……え?」

 まだ目は赤く、泣いていたことがバレバレだ。

「阿倍と寝るように……ですか?」

「仕方ないのよ。私はティーンズモデルとしてはぎりぎり……。ここでそうしておけば、写真集の話もある……って」

 素直にそうみとめた。高城は高校二年。まだ時間はあるはずだけれど、年齢が高くなればなるほど、人気との兼ね合いによって露出が減る、そんなタイミングだ。

「でも、今は単独の写真集なんて、出版社が了解しないでしょう。有名なモデルやアイドルならまだしも……」

 単独でだせるとしたら、それこそヌード。ティーンズから大人になって、脱皮的な意味でのそれだ。

「仕方ないのよ。裸はイヤだけれど、このままうずもれるのもイヤ。できるところまでは頑張ってみたい……って」

「でも楓未先輩、水着も嫌だって……」

 リアも心配そうに声をかけるが、高城は首を横にふる。

「それはイヤだけど、お仕事をもらえるチャンスはつかみたい。事務所も、私次第っていうし……」

「その仕事をしたら、次の仕事は脱ぎばかりですよ。やりたくないなら、やるべきじゃない。結局、それは後悔につながるから。いつか脱ぎの仕事に嫌気がさしたとき、自分が苦しくなってしまう。

 泣くぐらいにイヤでも、仕事だから仕方ない……。それは大人の発想だ。一足先に大人になる……でもそれは、望んでいないんでしょ?」


「じゃあ、どうするっていうの! もうこの歳で、あまりお仕事も回って来なくて、人気もなくて……」

「この世界は夢を売る。一方で、夢を追うところです。ただ、体を代償として仕事をもらって、その夢は追えますか? むしろ夢を失い、現実になってしまうのではないですか? それでも追い続けますか? そこにあるのは夢……ですか?」

 高城はふたたび泣きだす。彼女が泣かずに、それができる人ならこういう諫め方はしなかったかもしれない。心にモヤモヤしたものを抱え、セックスなんて一瞬、我慢すれば……なんて考えられるなら、きっと苦しまない。

 リアも優しく、高城の肩を抱く。この業界は厳しい。常に周りはライバルだ。でも、周りがリアを無視しても、控室に入ってきたリアに話しかけてきたように、高城はよい先輩だったのだろう。

 そのとき、けたたましい悲鳴が聞こえ、慌ててその部屋に向かうと、女性が立っていた。それはアシスタントの牧野であり、ぼうっとした表情を浮かべて、は血まみれで、そこに男のイチモツをもっていた……。

 倒れているのはカメラマンの阿倍。下腹部からは大量の血を流していた……。


 牧野の供述――。

 元々、彼女はモデルだった。まだ若いころの、有名でなかった阿倍のお手付きになったが、当然売れるはずもなく、そのままなし崩し的にモデルを辞し、彼のアシスタントとなった。

 阿倍は常に被写体の女の子に、エッチな関係を求めた。当然、拒否されることも多く、そのときはいつも彼女が相手をした。でも、愛人でもなく、アシスタントとしての給料をもらうだけの、性の捌け口……。

 今日もそうだ。当初の目的だった宮緒 リアが彼氏付きで、代わりに別のモデルに声をかけた。いい感触で、阿倍も楽しみにしていたようだ。でも、牧野が呼びに行ったところ、彼女は泣いていた。そして、その会話を聞いてしまった。

 モデルとしての夢を失ってまで、何で私はここにいるんだろう……?

 彼女はそう思ってしまった。阿倍に女の子は来られないと報告に行ったところ「じゃあ、オマエが脱げ!」と言われ、彼女は作業につかうためもっていたカッターナイフで、衝動的に陰部を切り取ってしまった……。夢を途絶えさせた、その男の陰茎が憎かった……と。

 オレも思い出した。カメラマンが助手に陰茎をきりとられた、現代のアベ定事件と呼ばれたそれを……。


「私、夢をおいつづけることにしたの」

 オレは高城の部屋に来ていた。

「私があのとき泣いたのは、初めてをこんな男と……だった。でも、この世界で夢を追うなら、きっとまた……。だから、体験しておこうって、そう思った」

「何でオレに?」

「私、恋人もいなくて……。リアちゃんに話したら、アナタを推薦されたの」

 リアとは仮初の恋人だし、昔もオレが他の子とエッチをしている、と知っても何も言わなかった。本当の恋人になったら分からないが、今はオレの行動をしばることはしない、ということもあらしい。

 年齢は上だけれど、エッチには関係ない。彼女は部屋着のトレーナーを脱ぐと、モデルらしいほっそりとした、手入れの行き届いた体が目にとびこんでくる。ただ胸は小さめか……。口づけをかわしつつ、胸に手をやると、触れられただけで体がぴくんと反応する、感度のよさがあった。

 でも、高二になっても処女だったからか、腰回りなどのふっくら感が足りない。人によっても異なるけれど、処女か非処女か、見分けるポイントは子供をつくれる体かどうか、だ。


 でも、彼女は処女だったことがもったいないほど、全身の感度がいい子だ。唇と舌で片方の乳を責め、もう一方の乳は手で弄り、陰部に指を這わすその前戯だけでイッてしまう。

 女の子は絶頂がしばらくつづくので、そのままオレも挿入した。

「う、動かないの……」

「最初の子は、まだ受け入れ体勢ができていないから、ここで激しくすると痛みがでるんだよ」

 そういって、両手で胸をそれぞれ違った形で愛撫する。男を受け入れたのも初めてなら、その状態でそんな弄られ方をしたのも初めて。

「あぁ、バカになっちゃう! バカになっちゃう!」と、バカみたいな大声をだす。

 またイッた……。感度がいいので、オレもまとわりつく肉塊に湿り気を感じることができるようになり、腰をつかい始める。

 彼女も十七年間、それを守りつづけてきた反動か、背中を反らせて腰が浮き上がってくる。三回目……。彼女はびくびくと痙攣して、イッた。

 あまりやり過ぎると、性に溺れてしまう可能性もあるので、これぐらいにしておくか……と、オレが離れようとしたところ、足でがっちりと腰に絡ませてきて、手を伸ばしてくる。

「イヤ……、もっと」

 もう彼女は溺れているのかもしれない。夢見心地の彼女が、この先に夢を実現させることになるなんて、このときのオレは知る由もないけれど……。






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