第50話

     Studio


「いいのかな? 入っちゃって」

「大丈夫、大丈夫。というか、郁君が一緒に来てくれないと、私が困るんだから」

 そういって、リアが背中を押す。ここは撮影スタジオで、その入り口で足踏みしている。モデルをしているリアが、オレを誘って「恋人のふりをしてくれ」とお願いされたのだ。

「モデルに恋人がいて、いいの?」

「私たち、アイドルとかじゃないし、全然かまわないよ。というか、今日は恋人同伴OKって、事務所にも言われているし」

「寛容な事務所だなぁ……」

「本当は、お母さんでも、身内でも、友達でもいいんだけど、今日はお母さんも仕事の都合で来られないし、学校の友達はちょっとね……」

「要するに、一人で来ない方がいい?」

「そう。今日のカメラマン、女癖が悪くて有名なの。未成年とか、関係なく手をだすっていう……」

「何でそんな奴が、カメラマンなんてやっているんだ?」

「有名だもん、この業界では。女の子とエッチをして、その後で服を着せて、エロい表情の写真を撮って……。それでも事務所としては売れればいい、そんな需要があるのよ。今日は複数の事務所との合同の撮影会でもあるから、イヤな人は、誰かを同伴で……ということなのよ」


 前の人生でも、そんな話はゴシップとして流れていたけれど、本当にあるようだ。もっとも、カメラマンが有名女優と結婚……などという事実もあって、実際にエッチをすることも多いのだろう。何しろ、写真集を買う人間の欲を喚起するような写真を撮るのだ。自分が欲望をかきたてられないようなら、それは需要を満たせない可能性がある、ということ。自ら欲望を掻き立て、そしてその欲望を満たすためには、手練手管をつかう……。

 若い少女なら、その言葉に翻弄されて、身を委ねてしまうこともあるだろう。特に有名カメラマンになると、それをチャンスと考える。そういう業界でもあるのだ。

「とにかく、行こ♥」

 そういって、リアは腕にしがみついてくる。服の上からでも、二つの膨らみを二の腕に感じることができ、こうして歩くのも悪くない……と思わせる。

「やぁ、宮緒さん。いらっしゃい」

 ちなみに上八尾 リアはモデルとして『宮緒 リア』と名乗っている。人気があるといっていたように、知られた顔のようだ。

 その男はカメラマンの助手で、佐々木というらしい。若い男で、リアの横にいるオレを胡散臭そうに睨み、リアにはにこやかに手をさしだす。

「リアちゃんのこと、うちの先生が期待しているって……」

「あら、そうですか。じゃあ、撮影を楽しみにしていま~す」

 リアはオレの腕をつかんでいる手を放さず、むしろより体を密着させるよう、両手でしっかりと腕を抱えこんで、佐々木の出した手を無視するようそのまま歩き去ってしまった。


「いいのかい?」

「いいのよ。愛想よくふるまって、媚を売って、売れようとする子もいるけど、そういうのは私の柄じゃないし」

 確かに、昔っからリアは男っぽいところがあった。精悍さを増した顔つきも、どちらかといえば攻撃的にもみえ、その胸の大きさから感じる女の子らしさとのギャップ、そうしたものが特徴だ。

 その撮影スタジオの中にある休憩所にいくと、四人の少女がいた。全員がモデルの仕事をしている、中高生だ。合同撮影会、というらしく、華やかなムードもあるけれど、全員がマネージャーなり、母親なりと一緒に来ているので、この休憩所が狭く感じられた。

 四人全員、カメラマンの毒牙にはかかりたくない……ということか?

 男連れで来たリアが浮いてみえるけれど、彼女は構わず開いている席を一つみつけると、オレを先にすわらせ、自分はオレの足の上にすわった。全員の視線が集まり、何だかこそばゆい。

「リアの彼氏?」

 モデル仲間の高城 楓未から声をかけられ、リアはあっさり「そう」と応じる。

「それが一番、確実かもね。でも、今日の阿倍先生の撮影、荒れるかもよぉ~。お目当てのアンタが、コブ付きじゃね。胸ぐらい、揉ませてあげればいいのに……」

「イヤよ。あんな変態オヤジに胸を触られて、身悶えするところの写真なんて撮られるのは」

「どうせ、今日の撮影会だって、アンタの胸目当てで阿倍先生が企画したんでしょ。私たちはサクラ……」

「だからイヤなのよ」

 そんな事情は知らなかったので、オレも驚く。どうやら母親の随行を断ってまで、オレを伴ったらしいが、それも『彼氏いるから無理』アピールなのかもしれない。


 阿倍 順道――。それが今回のカメラマンだ。四十代後半で、軽薄な印象もうける顎鬚、耳当てから延びる太目のフレームと、レンズの下はフレームレスという眼鏡も軽さを示す。

 アシスタントは2人。リアに話しかけてきた二十代の佐々木という男と、牧野という眼鏡をかけた事務員風の女性だ。

 それにメイク、衣装などの様々な人がいるので、スタジオ自体は広いけれど、雑多な印象をうける。

 それでも付き添いは監視の役目があるので、比較的近い位置にいられた。リアも含めると五人の少女たちが、服を替えつつ、撮影をつづけていく。着替え部屋で、オレも隠しカメラを見つけたが、よくあるそうだ。だから見られてもいいように、下着ではなく水着を着用する、ということらしい。

 阿倍はやはりリアが好みだったようで、特に念入りに声をかけ、撮影する枚数も多い。エロさを増すよう、胸元を強調させたり、服をはだけさせたり、その都度、付き添いが監視の目を光らせる。

 そしてオレも気になっていた。それはこのスタジオに入ってから、ずっと頭痛がしていることだった。


 事件の予兆……。さすがに、これだけの人数が狭いところにいるので、全員に目が配れない。

 ただ気になったのは、オレのこの探知は犯罪に巻き込まれそうなケースで、起きることだ。しかし、もし同意の上なら、未成年との性交をしても果たして探知するのかどうか……? つまり売れたい、と考えた女の子が、自ら阿倍と寝るようなケースでは、探知しないはずなのだ。

 ということは、無理やりか……。もしリアが男連れで、彼女目当てだった阿倍が、別な子を……、というケースも想定されるが、有名なカメラマンがそこまでして性欲を満足させようとするか?

 リアは楽しんで撮影をしているようで、時おりこちらをみて、ウィンクしてくる。仲良しアピールだと思って、オレも笑顔で手をふっておく。そのたび、阿倍も佐々木もオレのことを睨むので、そちらには辟易した。

 オレもたった一つ、ヒントをもつとすれば、それはこの時期にカメラマンが絡む事件が、何かあった……と前の人生の記憶が、片隅にあることだった。しかしその事件が何か? よく憶えていない。

 芸能界のことなど、まるで興味がなかった時期であり、オレにとってそれは遠い事件だった。ただ、記憶にあることからもかなり話題になったのだろう。

 それが今回の事件と関係するか? それは分からないけれど、ただ嫌な感じが確実に高まっており、警戒心だけは高まっていた。




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