第41話

     Quiver


 伊丹家には、時おり珍しい客が訪れることもあった。遠藤もそうだったけれど、恋

人とのセックスに失敗した原因を探して欲しい、といった依頼もある。

 ただその日は、ちょっと違った。

「私……、兄に狙われているんです。兄は、私の下着を盗んで……。いつかよくないことが起こるんじゃないかって……」

 少女は泣いていた。渡ノ瀬 紗季と名乗った少女は、小学六年生で、二つ上の兄がいるらしい。

 上八尾 リアのときもそうだったけれど、身内の性暴力は厄介だ。家族から犯罪者をだすわけにはいかない……として、被害者に我慢を強いることが多く、心にわだかまりを持ちつつ、家族として過ごさないといけない。

 リアのときは、オレを恋人ということにして、恋人経由での情報漏洩を恐れる形となって、父親の抑止になった。

 しかし相手が兄の場合、社会的にはまだ未成熟ということもあって、恋人を名乗ってもそこまでの抑止効果はないだろう。むしろ妹に恋人ができた……となったら、性的な誘発をしかねない恐れもあった。

 中学二年生……。まさに暴走する可能性を秘めた年齢であり、厄介な事情でもある。ただ、まだオレも頭痛がしないので、切羽詰まってはいないのかもしれない。彼女がいうように、妹を性の対象として見始めたとしたら、いずれよくないことが起こるのだろうが……。

 でも、この話はそう簡単には終わらなかった。


 紗季の兄、渡ノ瀬 雄大と話をしようと思って探りを入れているときに、嫌な噂を聞いた。悪い連中……半グレと付き合っている、と……。不良に憧れる年齢でもあるけれど、悪いことを、そうと認識することもできない。ノリや気分で他人を害して、後で問題の大きさに気づく、という年齢でもある。

 ただ、相手が半グレとなると、話がちがってくる。後で問題の大きさに気づいたときは手遅れだ。犯罪に関わることにもなりかねず、いきなり少年院行き、となりかねない。

 そしてオレは、このとき自分の頭痛による事件の探知には、決定的な弱点があることにも気づいていた。それは、望まぬ形で犯罪に巻きこまれた場合に限られる、ということだ。つまり、自ら望んで犯罪に関わる、雄大のようなケースでは、頭痛は起きない。もし彼が何らかの犯罪を自ら為そうとした場合、オレでは掴みようがない。

 逆に、渡ノ瀬 紗季に襲いかかるようなケースだったら、紗季の側からのSOSとしての頭痛がするのだろうけれど……。


 そこで、半藤の営むラーメン屋に向かった。

「あぁ、そいつらは聞いたことがあるよ。ちょっと荒っぽい稼ぎをしているらしい」

 半藤はラーメン屋を経営しているけれど、今でも半グレの連中との付き合いもあり、その男たちも知っていた。

「半藤さんは、関わらないんですか?」

「執行猶予中だぞ。オレが直接動くわけないだろ。特に、あんな危なっかしい犯罪をしている連中と……」

「何をしているんです?」

「…………。オマエが頭のいい奴で、口が堅いと思うから話すが、あいつらがやっているのは、人身売買だ」

「……え?」

「簡単なことだよ。家出を装って、若い女をつれだして風俗に売る。一般的にはスカウトと呼ばれたりもするが、それを田舎で、まだ家をでるかどうかも決めていない娘にするのさ。そして、都会の風俗店に借金を負わせる形で売りつけておいて、さらに上がりからもかっぱぐ」

「何で女性はそんなことをされていて、通報しないんですか?」

「入り口は恋愛だったり、身内からの依頼だったり、都会への憧れだったり、そういうことを利用してつれだすからさ。自分が多額の借金を背負わされている……なんて知りもしない。風俗でかせいで、それで恋人の借金を返すんだ、そう思わされているからだよ」

 なるほど、そうした犯罪は聞いたことがある。勿論、前の人生でのことだけれど。


「でも、そうなると犯罪性は薄いですよね。危なっかしい犯罪って?」

「誘拐、人身売買、詐欺……当てはまる罪状を数え上げたら、キリがない。だけど捕まらない。何で、だと思う?」

「……え? 犯罪の立証が難しいから……」

「ブ、ブーッ! 外れだ。警察が本気になれば、一掃されるはずなんだよ。でも、ナゼか取り締まられない。危ないだろ?」

 警察と半グレがにぎっている? 確かに、前の人生でもそうした被害を訴える女性がいても、警察はなしの礫だった。法律がない、というわけではなく、半藤が語るように、罪状はいくらでも当てはめられるはずなのに……。

「誰かに生殺与奪の権利をにぎられたまま、犯罪的行為をするほど、オレも大胆じゃないんでね。

 それに、奴らは自分の身内でさえ、他の連中に勧誘させて、売り飛ばしているんだぞ。オレも悪党だが、あいつらとは一緒にやる気もしない。そんな連中のこと、何で知りたいんだ?」

「うちの学校の生徒が、関わっているらしくて……」

「ま、ご愁傷様だな。だが、下手に抜けさせよう……なんて考えると、オマエが仕返しの対象になるから、気をつけるんだな」


 身内……。渡ノ瀬の妹も狙われているのだろうか? しかし紗季はまだ小学六年生……、売られるとしたら、風俗ではなく裏の世界――。幼児性愛をみたす、そんなサービスをする店だ。

 しかも今回、かなり荒い動きもする半グレも関わるのだ。あのときでさえ、半藤が呼びだすと、すぐに駆けつけてくる荒くれ者もいた。今回も、下手に手をだせば同じことが起こる……、そんな恐怖も襲う。それとの戦いでもあった。

 とにかく渡ノ瀬 雄大と会ってみないことには、対策もたてられない……。オレも彼に話しかけてみることにした。

「オマエ、英雄か……」

 話しかけると、すぐにそう返された。これはオレに付きまとう異名、おでこのキズが、紋章のようになっているのだ。そして男子にとって、その称号がいかに魅力的であるかも物語っていた。

「その肩書で、相談をうけることも多くてね。アンタが悪い奴らと付き合っている、どうにかして欲しいってね」

「紗季か……」

「その妹さんが、自分にも害が及ぶのではってね……」

「……ふ。オレは家族なんて、どうなってもいいんだよ。妹をどうしようと、オレの勝手だ」

「おいおい……。随分な言いぐさだな。家族とはいえ、基本的人権に守られているんだぞ。『どうしようと勝手』なんて、よく言えるな」

「所詮、半分しか血のつながっていない妹だ。家族と思ったことなんて、一度もないよ」

 再婚……。今では珍しいことでもないけれど、紗季の方がそれを語っていないことから、知らないのかもしれない。彼がどのようにして知ったか知らないが、血の薄さを感じたとき、それこそ性暴力もおこってしまうのかもしれない。

「オマエが付き合っているのは、かなり評判が悪い連中だ。家族にまで迷惑をかけて、オマエは何をしたいんだ?」

「オマエがそれを知って、どうする?」

「助けて……と言われたから、そうしているだけさ。だって英雄だからな」

「ふん! オレは家族なんかより、大切な関係をみつけたんだ。オレはその人とともに生きる。そう決めたんだよ」

「家族より大切……? そいつらがか?」

「オマエは何も分かっていない。オレは本当に愛し合える人と出会ったんだ。オレはその人のところに行く」

 そういって、渡ノ瀬が歩き去る後ろ姿をみて、オレは頭痛がしていた。




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