第42話

     Cardboard Box


 オレは渡ノ瀬 紗季をよびだしていた。

「キミの家族は、仲がよくない?」

「ど……、どうしてそんなことを聞くの?」

 彼女の動揺が伝わってくる。ビンゴだったようだ。

「キミのお兄さんに遭ったよ。家族のことを認めていないって。キミとのことも血が半分しかつながっていないって……」

 ショックをうけた様子で、紗季は愕然とするけれど、オレも意地悪でこんなことを言っているわけではない。事実をみとめ、対応しないと事件が起きることは間違いないから、それを確認する必要があるのだ。

「兄とは……確かに、母が異なります。細かいことは知りませんが、前の母がでていき、新しい母が私を生んだ、と……」

 事情は分からないけれど、恐らくどちらかが不倫した相手に産ませた子……。二つしか歳が離れていないし、乳飲み子だった子供を置いて、母親が去る……というのはよほどのことだろう。

「家族はみんな、その事実を知っているんだ?」

「私は母から聞きました。兄が知っていたかどうかは、私には分かりません」

 そうなると、彼の母親が出て行った、もしくは母から雄大を引き離して追いだした、ということか……。

「その事実を知って、家族との絆を絶とうとしているのか、それとも思春期になったことで、家族と離れることを決意したか……」

 もしくは、その両方か? いずれにしろ、家族への距離、それが兄の態度を変えたことは間違いなさそうだ。


 でも、きっかけは下着を盗んだこと。紗季もそれをみて、血のつながりが薄い兄からの、性的な興味とうけとったのだから、それにも何か原因があるはずだ。

 オレの頭痛がした……。ただいくら前の人生のことを思い出してみても、この時期に桑島 圭太の自殺以外で、大きな事件がおきた……なんて事実はないはずだ。もし彼が犯罪的な行為をしても、それが明らかにならなかった、という可能性もあるけれど……。

 つまり中学生だったオレは、そのときの小学生の事情まで把握していない。今は小学六年生の、彼女の方に危険が増している、ということだ。

「下着を盗まれたのは、一度だけ?」

「多分……。でも兄は、本当に家族のことを……」

「害しても構わない、という態度だったよ。ただ、キミを性的興味でみている、という感じではなかった。むしろ、新しい家族をつくる、みたいな……」

「もしかして……」

「何か知っているの?」

「あ、いえ。友達が、兄が女の人と歩いていたよって。年上の、化粧も濃い目の女性だったって……」

 このとき、悪い予感しかしなかった。その半グレ連中は、ほぼ人身売買のようなことをしている。あるときは、身内まで手にかける、という。もし彼を仲間に引き入れることで、彼女を手に入れようとしていたら……。

「キミの盗まれた下着は、使用済みのもの? 洗濯した後のきれいなもの?」

 急にそんな立ち入ったことを聞いたので、紗季も警戒しつつ「脱いで、カゴに入れておいたものです」

「キミの家は、裕福?」

「…………え? 確かに、お父さんがどこかの会社の役員をしているとかで、それなりに裕福だと思いますけど……」

 さらに悪い予感が強まっていた。それは、相手が考えているのは人身売買どころか、誘拐かもしれない、ということだった。

 女の子の恋心を利用し、もしくは都会にでたい、という願望を利用し、風俗に借金を負わせて売りつける。それでも稼げるだろうけれど、もっと大きな額を狙うとすれば、売りつけずに家族に買い戻させる。警察にさえ通報されなければ、これこそ安全な犯罪といえるだろう。


「これは、あくまでオレの推測だけだけれど、キミの下着を盗んだのは、性的興味でないのかもしれない」

「……どういうことですか?」

「DNAの確認だよ。髪の毛で確認する手もあるけれど、髪の毛だと間違えて、他の家族のものを採取してしまう可能性がある。でも下着なら確実だ。それに付着していたDNAをつかい、キミの血統を確認する」

「……え? ……え?」

 それが彼の、最後の決断を促す材料となるのかもしれない……。

 オレが誘拐を疑うのは、前の人生でも、それほど大きな事件がおきた記憶がないのに、オレが感じた頭痛は、大きな事件が起きることを知らせていた。そして、彼女と会った今も、その頭痛は治るどころか、大きくなっている。

 もし誘拐が起きても、警察にも通報せずに金銭的に解決したのなら、表沙汰になることはない。事件としては確認されない。周囲にも伝わらない。

 それは、家族が犯人側に協力していたなら、尚更に隠そうとするだろう。

 借金を背負わせる……といっても数百万が限度だろう。それより大きな額で、父親にも払える額……兄の雄大なら、大体の数字を割りだせるはずだ。そして、その交渉に雄大を引き入れるため、兄に決断を促すため、家族との血縁の薄さをそこで最終確認させる。兄の誘いだ。妹もすぐに呼び出しに応じる。そして監禁――。

 そうして兄から誘拐の事実を知らされ、両親は、家族内の事件としても、体面のためにも隠ぺいを図る。

 そして事件は闇から闇へと、処理された……。


 結論から書こう。渡ノ瀬 紗季は誘拐された。ただ、すぐに犯人たちは警察に逮捕された。両親はその事実を知りもしないうちに……である。

 勿論、事件が起きていないうちから通報はできないし、警察も動いてくれない。それにオレとて四六時中、彼女のことを監視するわけにはいかない。それでもすぐに解決した理由――。

 まず半藤から、その半グレのアジトを聞いていた。それでも、アジトに連れていかない可能性を考え、紗季にGPS付きの発信機を隠しもたせた。

 オレに頭痛がしていたように、事件はすぐ起きると踏んでいた。紗季は翌日には誘拐されたけれど、オレがすぐに通報する。

 奴らもどうして、警察がそんな早くに動いたのか、分からなかっただろう。その理由は、二回も警察から表彰をうけている男が、事前に知り合いの警察官に相談していたからだ。それは兄から害されそう……、その兄が半グレと付き合っている、と。

 そして彼女の友人にも、オレの連絡先を教え、何かあったらオレに連絡するよう伝えた。そしてオレは、奴らのアジトで張っていた。

 公園にいたとき、知らない人たちに連れていかれた……との連絡をうけ、すぐにオレの方から警察に通報し、オレは車でアジトにもどってきて、大きな段ボールを下ろしている奴らに自ら近づき、話しかけた。

 時間稼ぎさえすればいい。そのために根回しは十分にしておいた。だから警察がすぐに駆け付け、手足を縛られ、口にガムテープを貼られ、段ボール箱に入れられていた彼女を救いだすことができたのだ。

 その事件に携わっていた連中は、すべて検挙された。そのことで、風俗店に借金を負わせて女性を送りこんでいた、という事件もすべて明るみに出た。女性たちも、自分以外にも女性を売っていた、ということが分かり、騙されていたと気づいたことだろう。その連中はこれから、いくつもの事件で立件されるのかもしれない。

 そして兄の雄大も、共犯として逮捕された。彼を仲間に引き入れようと、恋人を装って近づいていたことも暴露され、騙されていたと気づいたはずだ。

 大きな事件を、未然に防ぐことができた。三年前の失敗を、オレはくり返さなかった。ずっと引きずっていた宿題を、オレはやり切った……そう思った。



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