第40話

     Recur


 オレは桑島の事件をきっかけに、ふたたび事件の解決という道に踏みこむことにした。それは、三年前のあの事件の結末を知ったから……というのもあったのかもしれない。

 誰かを救う、その結果として、自分が傷つくことを恐れていた。意味がないことをしているのでは……と臆病になっていた。でも、オレがやり直しの人生を歩むことになったのは、何か理由があるはずだ。

 そう、誰かを助けることで得ることもあったはずだ。それは悪い大人に騙されそうになっていた、美潮のように……。

 桑島 圭太の自殺を救うことができたことで、改めて自分の使命を思い出した。オレにおきる頭痛は、事件を知らせてくれる。気づいたことは、やはり黙って見過ごすことはできないのだ、と……。


 しかも、まったく違う方向からその情報がもたらされた。

 それは二、三ヶ月ごとに呼びだされるようになった幣原 真清とのピロートークから始まった。

「今、うちの学園で問題になっていることがあってね。盗撮被害があるの」

「盗撮? どういう……」

「最初は、学園内の女の子たちを盗撮して、投稿しているって噂になってね。それが今や、トイレや更衣室といったところも投稿されているのよ」

「トイレシーン?」

「さすがに、そこまではないんだけど、明らかにトイレの中や、更衣室の中を映したものが出回っているのよね」

「共学だよね?」

「共学よ。もっとも、成績順で入学して、男女半々とかいう考えはないから、男子の方が多くなっているだけ、だけれどね」

 今でこそ、女性も社会進出といった考えもあって、成績にこだわることも増えたけれど、それでも頭の固い親、古くて口の減らない『固』さの親は、女の子なんて勉強する必要ない、という家庭も多い。進学校に男が多くなるのも、そういった面が影響するのだろう。


「幣原なんて、モテモテじゃない?」

「モテるわよ、悪いけど。でも、アナタほどの上手いセックスをできる人なんて、同世代のガキでいるわけないし、興味ないわ」

「そのガキたちより、イッコ下なんだけど、オレ……」

「アナタは特別よ。どうせ私の体を目当てで声をかけてきているんだから、無視しておくに限るのよ。大体、がり勉にも興味ないし……」

 真の天才だと、がり勉せずとも進学校に入学してくるのだろうけれど、そういう相手にも興味ないらしい。幣原も、若干の変人気質ではあるので、類トモは嫌いなのかもしれない。

「でも、まだ本格的な被害はでていないんだろ?」

「肖像権以外はね。学校の生徒の写真を、勝手に撮って投稿しているんだから、当然それは被害。でも、裸を撮られたり、トイレのシーンを撮られたりしたら、それこそ本格的な事件となるでしょうね。相手がただの承認欲求だとしても、大変なことにならなければいいんだけれど……」

 オレはこのとき、頭痛がしていた。その軽犯罪は、今以上の事件が起こるということを、その痛みは示していた。


 ただ今回、誰が被害をうけるか分からない。オレも幣原に教えてもらったサイトを覗いてみる。学校の風景を切り取ったような写真が、いくつもある中で、確かにトイレや更衣室といったものがあった。

 ただ、生徒の姿はあまりなく、遠くから写したものや、クラブ活動の最中ものが多かった。

 学園の生徒、ということも考えられるけれど、わざわざ放課後や、休日に学校に来ないと撮れない。そんなことをするだろうか?

 オレは幣原に連絡をとる。

「本当に? 何でそんなこと、分かるの?」

「あの写真をみたら、一発だよ。先生に、こういうことじゃないですか? と私見を述べる形で、尋ねてごらん」

 その数日後、新聞の地方版にとある小さな記事が載った。

 〝有名進学校で、盗撮事件――。犯人は清掃業者〟

 オレはその事件について知っていた。前の人生で、そんな記事をみたことがあったからだ。そして憶えていた理由もある。

 犯人は、田口――。そう、幣原 真清を強引にものにしようとして、オレに妨害された元教師だった。


 オレは幣原が自殺した現場に行きあたり、その事件について注目していたからこそ知っていた。その後、数年経って元教師が、盗撮事件を起こしたことを……。

 前の人生では、それこそトイレや着替えシーンが大量に流出し、大々的に報じられたために、犯人の名前も報じられたけれど、今回はそこまでの犯罪に至っていないためか、名前は載っていなかった。それでもオレは確信した。これは、前の人生のときと同じ、田口だ、と――。

 いくら時の強制力があっても、同じ事件を、ちがう人物が起こすことはあるまい。そして、田口にはそれを起こすだけの動機もある。オレにしか知り得ない事情ではあるけれど……。

 前の人生で、田口は1年近く幣原のことを弄んでいた。その間に、彼女が目標とする中学についても聞いていただろう。

 彼は買春で逮捕され、教え子にも手をだしており、社会的には教師の職を失い、抹殺されたけれど、大した刑罰はうけていないはずだった。そして三年経って、学園の清掃員としてもぐりこむ。その理由も推測できた。また幣原とよりを戻したい、そう考え、彼女の近くにいこうとしたのだ。

 しかし前の人生で、彼女は中学受験に失敗しており、その学園には通っていない。

 田口はさがしても見つからないことに焦り、自分はここにいるぞ、として盗撮写真をネットに流した……。


 歪んだ愛情ではあるけれど、田口には動機があった。ただそれは、前の人生でのこと。この時間軸でも、田口は幣原がめざす進学校の名前を知っていた可能性もあるが、そもそも関係が希薄だ。むしろその動機は、復讐――。

 オレのせいで、前の人生より教師の職を辞すのが早まったことは確実だ。本人的には無自覚だろうけれど、少女を操ってオレのところに送り込んできたように、未だに恨みをもつのは確実。そして、そのキッカケとなった、幣原にまたちょっかいをだそうとした……。

 理解はするけれど、同情はしない。そして少女趣味の、ああいう大人を子供たちに近づけてはいけない。

 今回も微罪かもしれないけれど、社会的制裁はうけるだろう。そして、また狙ってくるかもしれない。幣原にも、伝えておく必要を感じた。今回は、こうして大した被害も出さずに済んだけれど、そこにある危機に、警戒すべきである、と……。

 そしてもう一つ、オレが自覚したこともあった。〝時の強制力〟により、前の人生と微妙な違いを生みながら、それでも同じように時間はすすむ。

 歴史は、そう簡単に変えられない……。いくらオレが、前の人生、その時の流れを知っていようと……否、知っているからこそ、変えてしまったそれが、また近づくことにも気づかないといけないのだ、と。

 自分が変えてしまったからこそ、そこに責任をもって、最後まで見届けないといけないのだ、と……。



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