第22話
Out Of Business
マリリンと会って三日後、彼女と再会した。
恐らく待ち伏せされていたのだろう。まだ春休み、この近所にいることは間違いないのだし、近くにいれば会えると思ったようで、コンビニの前を通りかかったとき、飛び出てきた彼女の方から声をかけられたのだ。
「ここを通りかかってくれてよかったわ。最悪、学校がはじまったら、校門の前で張るつもりだったけれど」
とんでもない迷惑だ……。「もう会わない、と言いましたよね?」
「そうね……でも、会いたくなっちゃった♥」
今日も高校の制服をきており、なんちゃって女子高生感は満載で、オレもため息をつく。
「まだ商売を?」
「あぁ、これは関係ないの。私、もうウリは止めることにしたの。というか、止めたんだ。それを伝えに来たのよ」
「……え? どういう……」
「簡単にいうと、私の携帯電話を警察に提出しちゃったから、顧客とのつながりが切れた。もう商売ができなくなっちゃったってこと」
「提出?」
「そう。実際、アナタに隠しカメラを奪われて、依頼主からは怒られそうだったし、潮時だったこともあるし、何よりあんなセックスをされたら、もう愛のないセックスなんてできないでしょ」
マリリンはイタズラっぽく、ちろっと舌をだした。
「あぁ、安心して。あなたの番号は約束通りに消しておいたから。警察には言ってないし」
オレの場合、仮に彼女と性交をしても逮捕されるのは、彼女かもしれない。何しろ未成年との淫行、といってもオレの方が年下で、小学生をたぶらかした、となるのだから……。
「じゃあ、オレとセックスしろ、と言った相手は教えてもらえる?」
「いいよ。といっても、私も具体的なことは聞いていなくて、三十歳ぐらいの男で、私には『国田』と名乗っていたわ。でも、多分それは偽名だし、中肉中背ってだけで、あまり特徴のない人。サラリーマンっぽくはなくて、自営業をしているみたいな人だったな……。後、セックスはたんぱくで、つまらなかったけれど、金払いは良かったわね」
最後の付け足しはどうでもいいけれど、それでオレも気づく。
田口だ……。生徒である幣原を性欲の捌け口にしようとして、オレに邪魔され、しかも週刊誌報道をうけて、学校を追われた。恨み骨髄であることは間違いなく、実際にナイフをもって襲われたぐらいだ。
前の人生では、買春したことが警察にバレ、それで余罪を追及する過程で幣原のことが発覚したが……。
そうか! その買春した相手が、彼女だったのだ。
これも〝時の強制力〟か……。結局、彼は買春の罪で逮捕されることになり、社会的制裁をうけることとなるのだろう。幣原の一件は、この時間軸では関係ないけれど、かつて週刊誌報道もされた元教師、ということでふたたび週刊誌に載ることになるかもしれない。
何より、彼女から警察に通報したのだから、盗撮の件も話しているだろう……。
「ちょうど潮時だったし、そろそろ受験勉強も始めないといけなかったからね」
「受験勉強? 本当に高校生だったの?」
「高校生よ! といっても、一年ダブりで、やっと高3だからね。本当はこの春、卒業しなくちゃいけなかったんだけど……」
「それで潮時?」
「そ。あのときも言ったでしょ。高校生のころが、一番需要があるって。年齢的には高校を卒業している歳になるから、その需要が失われていく。それに、大学にも行きたいし、そのためにお金を貯めていたんだし」
「大学に通うお金?」
「そうよ。見えないでしょ? でも、こう見えて勉強はできる方なの。ただ、親とケンカしているし、大学にいくお金なんてだしてくれない。だから売春をして、お金を貯めていたんだけど、どうせ一年ダブって、時間的に余裕もできたからね。後は、ふつうにアルバイトをしながら、受験勉強をするつもり」
マリリンはそういった。ただ、ダブったから余裕ができたのか、お金を貯めきれずに一年ダブらせたのか、それは分からなかった。
「アナタは気づいていたんでしょ? エッチする動画を撮影して、渡す約束をしていたってこと。全部服を脱がなかったのも、そういうこと。もっとも、私の顔はモザイク処理して渡せばいいか……って思っていたんだけど、それってすごいリスクがあるしね。結局、その動画を撮っていた隠しカメラを奪われて、私も踏ん切りがついたってわけ」
それはカバンに、無造作にペンが刺さっていたら、誰だって不審に思う。しかもそのペンに、スカートがかからないようにしていたなら、尚更だった。
「親との関係が悪いって……?」
「あぁ、別に、大したことじゃないのよ。私にはやりたいことがあって、親が反対していてね。セックスは中学生のときからしているし、それでお金になるなら、てっとり早く稼げるって、やっぱり短絡的だったのかもしれない。アナタとエッチして、それを思い知らされた感じ?」
腰砕けになるほどのセックスは、恐らく彼女にとって想定外だったのだろう。あそこでオレが出ていかず、もっと酷いことをされた可能性だってあるのだ。それこそ覚醒剤でも打たれたら……。性的興奮は得られても、ぬけだせない地獄へと足を踏み入れることになる。
「性的な仕事に、子供が携わるべきじゃないんですよ」
「何度か、危ない目にも遭っているし、あんなセックス、もう二度とないだろうし。もうこれは、真面目に受験勉強をしよう……ってね」
オレ以上に、彼女を満足させることができる男が彼女の周りにいない……。そうなると、いくら割り切ってお金の関係だといっても、虚しくなるばかりだ。恐らく、中学生のときからセックスをしていても、その程度のセックスしか経験していなかったのだろう。だから考えが浅かったのかもしれない。彼女の中で、性的行為そのものの位置づけが……。
マリリンは近づいてくると、ぎゅっとオレのことを抱きしめた。
「アナタに迷惑はかけるつもりもない。これまで、私がウリをしてきたことのケジメをつけただけ。そして、それを気づかせてくれたアナタに、このことを伝えておきたいって、そう思った」
体を離すと、マリリンはにこっと笑った。
「あ~ぁ。本当は、素敵なエッチができる男の人がいたら、恋人になってもいいって思っていたんだけどな。まさか、それが八歳も年下とは思わなかった」
これだけは教えられないけれど、オレの中身は七十七歳、彼女より六十歳ぐらい上なのだ。
「子供の方が、体を早く動かせるんですよ」
「やめて。そういうこと言われると、ショタコンになっちゃうから」
彼女は笑いながら、手をふって去っていった。
これは、マリリンを救ったことになるのだろうか? 売春をする状況から、ふつうの女子高生にもどれたのだから、そう思ってもいいのかもしれない。今はそう思うことにした。
ただ、時の強制力によって田口が逮捕されることで、気になるのは幣原 真清だった。彼女の中でも変化が生まれつつあり、それがどういう結果を導くのか? そのことに不安を覚えたのも、また事実だった。
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