第9話
Saving Smartphone
教師によるその説明の方が、高々一生徒であるオレのするそれより説得力をもつことは間違いない。携帯電話を取り上げられて、オレがその場にいたと証明できなければ、目撃情報とて有効性を失う。
ただ、オレは余裕をもっていた。むしろ田口先生が、そうやって暴力的行動にでてくれることを望んでいた。これで、勝利を確信した。
「オレから携帯電話を奪って、その写真を消したところで、オレの目撃情報は消えませんよ」
「大丈夫さ。僕は周りの先生から、信頼されているからね」
「なるほど……。だから職員室の机周りが汚くても、何も言われていないんですね」
オレの言葉に、田口先生の顔色がさっと変わった。
「何で職員室に……?」
「この件で、担任に相談したんですよ。そうしたら、通話中の画面にその写真を設定して、話をするようすすめられまして……。ありがとうございます。ずっと画面を開きっぱなしにしてもらって。向こうにずっとここでのやり取りが伝わるようになっていましたから」
オレの携帯電話の画面をみて、通話中になっていることに気づいたようだ。もっとも、これは担任教師から提案されたものではなく、オレの方から先生に提案したのだけれど……。
「ちなみに、田口先生の机の周りを、今調べている途中だと思いますよ。オレがそう言っておきましたから。あ、その写真も担任の先生にもう送っていますから、消してもいいですよ」
叩きつけるように、携帯電話をオレに投げつけると、田口先生はこの指導室をとびだしていった。携帯電話がみつかったら、物証が発見だ。その前に何とかしよう、と考えたようだ。
「大丈夫だった? 君の携帯電話は、もうすぐ見つかると思うよ」
オレがそう声をかけると、呆然と立ち尽くしていた少女は、顔を覆ってワッと泣き出した。どういう追い込まれ方をしたのか知らないけれど、ここでスカートをまくっていたように、田口先生から性的な要求をされていたのだろう。この後、もっと酷い運命が待っていた……なんて知る由もないだろうが、オレもその頭を優しく撫でてあげることしかできなかった。
オレがこの事件について、知っている風にふるまっていた理由は簡単だ。実は、前の人生でも同じことが起きていたのだが、この事件の後でもっと大きな事件が起きていた。
田口先生はこの事件で、被害者だった少女を丸めこみ、何度も弄んでいたことが発覚したのだ。教師による教え子への淫行……。それは少女にとって最悪だ。報道ベースでは名前をにごしても、地元ではあの子……とすぐ特定される。それは噂ばかりでなく、子供たちの間ではからかい、蔑み、軽蔑の目という形で実践される。そして、少女は自殺未遂を起こす……。
オレは偶々、少女が自殺未遂をおこしたその現場に行き会った。すでに救急車が到着し、周囲が騒然となっているところに遭遇しただけで、彼女が首を吊っていた場面をみたわけではない。それで事件について調べてみると、オレが珍しく学校で調子を崩した日が起点だった。それで強く記憶にのこっていたのだ。
そしてこの人生でも体調が悪くなった。まさかと思って、保健室に行くと言って教室をでた後、事件があったという教室の外で、待ち構えていたのだ。
ただ今回、携帯電話を奪って隠した、ということは事実としてあったけれど、少女への淫行は未遂に終わった。少女とオレとの証言だけだったので、学校側はこの件を不問に付そうとした。
それは学校の評判を気にしたものかもしれないし、不祥事となれば校長、教頭の出世にも影響するかもしれない。
そうした大人の判断があったのかもしれないが、オレは中身が大人であっても、そんな分別だとか、大人の判断、妥協ができなかったから、生きにくい人生を歩み続けたのだ。
多分、口封じされるだろう……と思って、オレはこの情報を、雑誌の記者に流しておいた。それは前の、交通事故を装った少女誘拐事件を未遂に終わらせた、あの事件で知り合いになった記者だ。
ただこの事件、ニュースソースとして価値が低いことも理解していた。学校側が隠ぺい工作をはかれば、多少はバリューが上がっても、フリーの記者がもちこんだところで、週刊誌が扱ってくれるかは微妙だ。
だから、こう付け加えておいた。
「田口先生の過去を洗ってみてください。もしかしたら、少女買春とか、淫行の前があって、教員免許の所得をすり抜けた可能性がありますよ」と……。
案の定……というか、オレは知っていた。田口先生が、未成年少女へのわいせつ未遂事件を起こしていた事実を。それは未遂で、また示談も成立したために隠匿し、教員免許をとったのだ。
それは、こういう見出しとなって週刊誌をにぎわせた。
『学校に巣食うわいせつ教師 少女へ淫行未遂をくり返す』
結果、彼は教員免許を取り消され、学校から追放された。携帯電話からはじまった少女の事件は矮小化され、むしろわいせつ教師を採用してしまう学校側の管理体制の不備、として問題視されたのだった。
オレがこの事件に積極的にかかわろう、と思った理由は二つ――。
これまで関わった二つの事件、小山内 七海は幼馴染だし、上八尾 リアは同じクラスの同級生。より近い関係であり、また事情を知れば、能動的になる動機にもなった。
今回は見ず知らずの、しかも一つ上の相手であり、知った間柄ではない。
ただ、オレの具合が悪くなったタイミングと、事件がはじまった日が、偶然に一致した。……否、偶然なのか? これまではただの疑問だった。でも、もしかしたら、人生のやり直しをする意味、意義を考えた時、それはオレの近くで不幸になる女の子を救え、という啓示ではないか? そう思ったことが、この事件に関わろうと思った理由の一つ。
そしてもう一つは、七海もリアも、前の人生では強引に処女を奪われ、そんなことを考えもしないこの歳で、無理やり大人にされた。
オレがそこから救うことで、彼女たちは子供のままでいられる……そう思っていたけれど、〝時の強制力〟という働きによって、何と彼女たちはオレとの関係を望んできた。
オレも驚いたけれど、結局それを拒絶せず、受け入れる形となった。これが〝時の強制力〟という、少女たちが無理やり体を奪われることが逃れられない運命だとしたら、オレが拒絶しても同じ……もしくはもっと悪い運命が待っているかもしれない、と思ったからだ。
ただ今回は、指導室で会ったとはいえ一回だけだし、きっと向こうは憶えてすらいないだろう。
実際、彼女がどこまでされたのか? もオレは知らない。自殺未遂をくり返し、確か中学に上がってからも、何度も病院へ運ばれていたはずだ。それぐらい、心に傷は負ったけれど、彼女が性的搾取されたかどうかも、オレは知らない。
この状況で助けて、その後何が起こるのか……? 彼女が幸せになってくれればいいけれど、そこにオレが積極的にかかわるべきではない。そう考えていた、そのときまでは……。
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