第10話
Land-scape
ドキワクランド――。
地元ではよく知られた、小中高生が初デートとして訪れる、という聖地、スポットである。
それは槍名生市から電車一本でいける利便性と、ちょっとした遊具もあって遊びにも困らない。かといって絶叫マシーンといった、過激なアトラクションもなく、小中高生の男女が、ちょっとキャー、キャー言って楽しむぐらいには、ちょうどよいからでもある。
中央には大きな観覧車があり、ジェットコースターやコーヒーカップ、メリーゴーランドなど、一通りの遊具もあるけれど、遊園地としては小ぶりだ。元々、縄文土器がみつかったことから土器、湧くランドと名付けられ、その展示がメインであり、遊具はオマケ、みたいなもの。だから料金も安いし、そんなことも小中高生にとって有難いところだった。
オレはそこにやってきた。デートをしに……である。
ちなみに、このときはまだ週刊誌報道の前であり、学校で少女の携帯電話を盗み、それにかこつけて少女を言いなりにしようとした教師の事件は公になっていない。なので、学校にはまだ田口先生は在籍しており、ただ謹慎として休暇をとっている、といった状況だ。
携帯電話が盗まれた、というのもクラスの一部しか知らないので、何で田口先生が休んでいるか? 噂が飛び交っているころである。
指導室での一件から三日後、オレは一通の手紙をうけとった。お礼をしたいから、一緒にドキワクランドに行きませんか? とのお誘いだ。それは被害者の少女からであり、オレも戸惑っている。
何でドキワクランド……? 付き合うことを承諾した男女なら、一緒にいくこともありそうだけれど、付き合う前の男女がいくと付き合えない、もしくは別れる、という噂も、こういうテーマパークにつきものであって……。
ただこのとき、また〝時の強制力〟という、イヤな言葉が脳裏をよぎる。彼女が田口先生により弄ばれていた場合、そうした関係の代理として、オレと結ぼうとするのかも……。そんな悪い想像を一先ずふり払った。
とにかく、待ち合わせ場所である、ドキワクランドの入り口へとやってきた。
幣原 真清――。
まさきよ、でなく、まきよ。事件の後で知った、彼女の名である。
入り口から遠く離れたところに、一人でポツンと立っていた。しかも、どうみても場違いな感じで……。
図書館からでてきたら、その姿に違和感はないだろう。遊園地にいるとなると、白のロングスカートに味気ない水色のシャツ、という服装に、飾り気のないトートバッグが、妙に浮いてみえる。ふだんは眼鏡をかけるのか? 丸い大きな眼鏡も、どちらかといえば文化部の、大人しくて物静かな印象をうける。
むしろ、だから教師に狙われたのか……? 可愛い子であっても、周りに積極的に言いふらすような子だと、下手に手をだせば問題が発覚する危険が高い。じっと黙って耐えてしまう……彼女のようなタイプが、もっともわいせつ教師にとっては都合がいいはずだ。
「ごめん、遅くなった?」
オレが声をかけると、彼女は下げていた目を、恐る恐る上げて、そこにいるオレをみて、ホッとした表情になった。
「私のこと、憶えていてくれたのね?」
ため口は、相手が一つ上なので気にならない。
「眼鏡をかけていたから、最初は気づかなかったよ」
「ふだんは眼鏡をするんだけど、あの日は……」
言葉を濁すのは、何かあったのか? ただ、彼女が語らない限り、それを知りようもないし、無理に聞けるほど親しくもない。
「中に入りましょう」
幣原はそういって、まだ二言、三言しかかわしていない見ず知らずの男女が、遊園地の中へと入ることとなった。
ネットで知り合った男女とて、もう少し色々と話をするものじゃないか? 彼女の真意が読めず、ただついていくしかない。
大体、まだ付き合うとも何とも言っていないのだ。お礼……という言葉でここに来たけれど、お礼にふさわしいとはとても思えない。一緒に騒ぎたい……そういうために来る場所なのだから。
彼女はこちらがついてきてくれるか、確認しつつ先に立って歩いていく。
やがてたどり着いたのは、観覧車乗り場だった。
「一緒に乗りましょう」
初めての申し出であり、絶叫マシンとかでない分、オレも同意した。話をするにはちょうどいい場所でもあるからだ。
向かい合ってすわり、観覧車が上りはじめる。
「どうして……、あなたはあそこに?」
詰問気味に、そう口火を切ってきた。
「保健室に行こうと思ったら、先生をみかけてね。授業中なのに、何をしているんだろう……とついていったら、現場を目撃したんだ」
嘘である。でも、当然こうしたシナリオをつくり上げておいたから、あの場でも動揺せずにいられた。
「あなたは……英雄と呼ばれているのでしょう?」
「買いかぶりだよ。オレはただ、幼馴染を事故から救っただけさ」
何だろう……? ずっと攻撃的、否定的な感じをうける。確かに、彼女のピンチに格好よくかけつけた……というのは、ちがう目でみれば胡散臭い。特にそれが、学校で女の子を助けたことのある、英雄と呼ばれる少年なのだから、尚更に出来過ぎた話と感じられるだろう。
ただこの肩書は、オレをしばる枷となる一方、便利な側面もあった。今回でも、担任教師がオレに協力的だったのは、一目おいているからだ。それはあの事件でも、堂々と警察とやりとりし、記者の質問に答え、そうやって大人びた一面をみせていたからこそ、教師も無碍に扱うことをためらう。
「でも、何で見ず知らずの私を……」
「見ず知らず……だからって、おかしなことが起こっているとき、助けない、という選択はないよ」
真面目でも、正義感でもない。前の人生で、幼馴染を救えなかった……その後悔をずっと引きずっていたから、そんな思いを味わいたくないだけだ。
幣原はしばらくじっとオレのことを見つめていたが、やがてその瞳から涙がこぼれ落ちた。
「私は……悔しい。携帯電話を盗まれたことで動揺し、田口先生に命じられるまま、あんなことをしてしまったなんて……」
スカートをまくり上げて、パンツを見せていたことか……。といっても、小学生なので、学校にくるときのスカートの下は見せパンか、短パンのはずで、そうダメージもないはずだが……。そういえば、どうしてあのときはパンツだった? 急にそんなことが気になった。
「君は、田口先生と親しかったの?」
キッと厳しい目でにらまれた。何だろう……? 彼女から感じるのは、敵意のような鋭さであり、それはお礼という名で呼びだされた立場ともちがっていた。
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