第5話
Near Father
「お父さん、絶対に部屋には来ないでね!」
そう言い残すと、リアはすぐに「郁君、行こ」とオレの手をとって自分の部屋に連れていく。
二階がリビング・ダイニングという形状で、一階が自室になるらしく、部屋に入ると、すぐにリアは鍵をかける。
「自分の部屋に、鍵をかけられるの?」
その質問は、完全に無視された……。さっきの「郁君」呼びといい、父親の前で、精いっぱいの背伸びをしているようにも感じる。
リアはオレの方をみようともせず、つかつかと歩いて大きなダブルベッドまで行くと、その上に寝転がった。
どこにすわったらいいのか……? ピンクの壁紙など、どちらかといえば男勝りの印象もあっただけに、女の子らしさ満載の部屋の雰囲気にまず驚く。ベッドの周りには大きめのぬいぐるみが並び、部屋も収納を除いて十畳ぐらいはありそうな、大きな部屋だ。
「他に姉妹はいないの?」
「一人っ子よ」
やっとリアは返答してきた。一階は二部屋しかなく、この広い部屋をあてがわれたのも、可愛がられている証拠だろう。ふつうはこちらが主寝室となるはずだ。ダブルベッドに、学習机が置かれているけれど、まだかなり空間に余裕がある。
「自分の部屋をもてるなんて、凄いね」
「小学生に上がったら、自分の部屋ぐらいもてるでしょ?」
「オレはまだ妹と一緒だよ。もっとも、親とは別々に寝ていて、妹は親と一緒に寝るから、寝るときは一人だけどね」
「まだお風呂も、親と一緒?」
「親が忙しいから、あまり一緒には入らないよ。妹をお風呂に入れていることが多いぐらいさ」
「……そうなんだ」
会話……、終了である。リアは寝返りを打つ。ショートパンツを履いているのだけれど、太ももの隙間から白地のパンツが見えて、思わず目を逸らす。
まだここに呼ばれた理由も分からず、そして彼女の部屋で、閉じ込められるようにこうしていることに、不自然さを感じていた。
結局、夕飯までは彼女の部屋で二人きりだったけれど、大した会話もなく、そこにあった漫画を読んで過ごした。
父親が夕飯を告げると、やっと部屋からでて二階に上がる。食事は大体、母親がつくっていったのだろう。ちょっと外国のパーティー風のディナーを想像していたのだけれど、ふつうの和食で、ボリュームだけが外国人サイズだった。
相変わらずアイルランド人の父親はムスッとして、娘の男トモダチに敵意すら向けてくるので、中々喉を通らないし、味わうことすらできずに、とりあえず残すとも言えずに、すべて平らげた。
「私たち、お風呂入るから」
無言のまま食事を終えたリアは、父親にそう告げた。
…………え? 私……たち?
リアはオレの手をひいて、一階にある脱衣所に連れていく。
一応、お泊りセットはもってきてあるが、まさか本気で一緒に入るつもりか? 別に小学二年生だから、どうということもない……ということかもしれないが、そう深い付き合いでもないリアと……?
でも、彼女は後ろを向いたまま、どんどんと服を脱いで、さっさとお風呂に入る。オレも下着や、裸をみたぐらいでおどおどしていられない……と、服を脱いで彼女の後に従った。
「先に湯船に入っていて。こっちを見ないでよ」
見る気もないけれど、一般的な日本のユニットバスだ。湯船にに入ると、イヤでも隣で体を洗う彼女の裸が目に入ってくる。七海より大きいな……。小学二年生であっても、もうはっきりと膨らんでいることが分かるほどであり、スポーツブラをしていることにも得心がいった。
七海はまだ全然だったので、ショーツ一枚でも余裕で隠れるほどだったし、何ならオレの方が、筋肉の分だけ大きかったぐらいだ。これもハーフだから……か? 中身は七十七歳でも、外国人の少女の成育のスピードがどれほどか、なんて知らない。ただ金色の髪と、白い肌をあまり見慣れていないこともあって、思わず目がいってしまうのを止めようもない。
胸をみられていると気づいて、リアはハッと手で隠して「見ないでよ!」
「この距離で、無理だろ……。目をつぶっていろって?」
「そうよ‼」
どうやら本気らしい……と気づいて、目をつぶってお風呂に入る、という難易度の高いことを強いられることとなった。
お風呂からでて、洋服を着ると、やっと目を開けることを赦された。薄目ぐらいは開けられたけれど、知らない家で、初めてのお風呂で目を閉じて体を洗う、というのは中々に厳しいものだった。
「髪、かわかしてあげようか?」
「…………え?」
「いや、いつも妹の髪をかわかしているから、慣れているんだよ」
そういうと、ドライヤーを手に、彼女の髪をかわかす。むしろあまり慣れていないのは彼女の方で、ずっと下を向いて、鏡をみようともしない。
「はい、終わったよ。後はセットだから、自分でやって」
そういってドライヤーを渡すと「う、うん……」と、曖昧な返事をする。わざわざ髪を乾かす、と申し出たのも、ずっと彼女にイニシアティブをとられ、かつそれに振り回されるだけだったので、カウンターを与えたかったのだ。だが、かなりの効き目もあったようだ。鏡ごしにちらりと見ただけだけれど、真っ赤な顔をする。髪を触られる、というのはやはりそれだけ緊張するものであり、特にそれが異性なら尚更そうなのだろう。
ナゼか、オレは勝った気になった。
脱衣所で髪を乾かし、そこをでると、父親が今度は明確な殺意すらもった目で、仁王立ちしていた。
娘と一緒にお風呂に入った間男を成敗しよう……それは、そんな決意の表情だったけれど、リアはむしろそれより強い態度で「お父さん、邪魔!」と、さっさと自分の部屋にもどって、鍵をかけてしまう。
「お父さんと、仲が悪い?」
オレがそう尋ねると、リアはそれに答えず、ベッドへと上がるとヘッドボードの方にすわり、そこにあったぬいぐるみもどけて、二人分のスペースを空け、無言でそこを叩く。
他人がベッドに乗ることを、あまり望んでいないのかと思って、これまでは床にすわっていたのだけれど、そう促されて、彼女の隣に並んですわる。
「この壁の向こうは、外だから……」
言い訳がましく、リアはそう言った。親に聞かれたくない話らしい。ドアからも一番離れているので、そういう意味でも内緒話にはうってつけだ。そして小さな声で、リアは絶望に近いことを語りだした。
「私、お父さんから……狙われているの」
「狙われている?」
「胸が大きくなってくると、お父さんが私の胸に手を置いて『はぁ、はぁ……』と荒い息を立てているのに気づいた。驚いて振り返ったとき、お父さんの顔をみてびっくりした……。あんなお父さん……、お父さんじゃない!」
リアは吐きだすように訴えた。実の父親じゃないのか……? 否、これほど遺伝的な形質がはっきりしているのだから、間違いなく実の父親だろう。だから厄介なのかもしれない。
実の父が、実の娘を性的対象としてみている。それは逃げられない娘にとって、ただ絶望でしかなかった。
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