第4話
Boy meets Bear
事故による頭の傷は大したことなく、おでこに大きな傷が残ったものの、いずれ消えるだろう、とのことだった。
車椅子で駆け付けてくれた曾祖母は「旗本退屈男みたいで、かっこいいよ」と言ってくれた。昔やっていた映画? ドラマ? らしいのだけれど、生憎とオレは知らないので、愛想笑いだけしておく。
この曾祖母は、オレのことを可愛がってくれたことを憶えている。確か、もう少しで亡くなってしまうのだけれど、老衰であり、時の強制力というより、こればかりは変えようのない運命なのかもしれない。
入院しているときから、警察からの事情聴取など、色々と事件の後始末もあったけれど、学校に復帰したときも大変なことになった。何しろ、交通事故ばかりでなく、事件を未然に防いだのでもあって、それは報道もされ、すでに学校中に知れ渡っていたのだから。
あまり騒ぎ立てないで欲しい、とは学校側にお願いしていたけれど、子供たちにそんな理屈が通用するはずもない。事故からまだ二週間、報道はかなり低調になってきたけれど、子供たちにはまだまだホットな、降って湧いた非日常のイベントでもあるのだ。
しかも頭にまだ包帯を巻いていて、目立つこともあって、ひっきりなしに教室まで人が見に来ては、声もかけずに去っていく。一躍注目の的、悪い言い方をすれば、見世物となっていた。
前の人生とは大違いだ……。
一ヶ月以上も入院していたし、学校復帰まで二ヶ月近くかかった。何より無防備のまま吹き飛ばされたとき、頭がアスファルトで削られたようで、頭頂部までぱっくりとと大きなキズが入った。それを無理やりサイドから頭皮を引っ張って縫い合わせたため、顔が引きつれて表情がつくれなくなった。
そして縫い合わせたところは髪の毛も生えず、一生ハゲのままだった。大人になると、カツラを被るなどしたけれど、子供のころはそのまま……。カツラを被ったりしたら、その方がからかいの対象になるのだから。
事故の被害者……。そんな悲劇の対象としてみられていた内は、まだいい。でも七海は亡くなり、オレだけが生き残った……なんて、これはもう悲劇ではなく、惨劇でもあって、そんな舞台の上でオレはただの道化だった。役立たずの道化の扱いなど、もう分かりきっていること。
表情が引きつって、頭には不細工なハゲがある……。
「バケモノ……」そう呼ばれるのに、時間はかからなかった。もしくは名前を文字って「ブキミ……」
イジメ――。そうなるのは必然だった。
子供時代の、そんな残酷な扱いも、オレが女性を苦手となった理由だ。その結果、七十七歳まで童貞だったのだから、罪深いといえばそうなるだろう。男は面と向かって言ってくるし、言い返すこともできたけれど、女の子が陰口をたたき、分かる形で忌避されるのを目の当たりにしても、そこで文句を言ったり、相手を糾弾でもしようものなら、悪者はこちらとなる。
そして言いふらされる。
クラス中……否、学校中が敵となった。
それは学校でも人気のあった、七海を見殺しにした……との噂となって、オレを苦しめることとなった。
根も葉もなくとも、その噂はオレの後悔とも重なり、深く根を張って心をえぐり続けた。外見が変わり、トモダチ関係もすべてが変わった。小学校ではずっと孤立することとなったのだった。
でも、今回はちがう。頭を縫うことはなく、髪の毛も元通りだし、表情もちゃんとつくれる。何より、事件を未然にふせいだ英雄なのだ。その注目は、またちがった形となっていた。
「富士見君」
包帯もとれたころ、そう声をかけられた。声をかけられることも増えたけれど、その声に緊張してふり向くのは、相手が分かったからだ。
「……何? 上八尾 リアさん」
そこで腰に手を当て、仁王立ちするのは父親がアイルランド人で、その血を強く継いだのだろう。髪もブロンドで、目鼻立ちがはっきりとした、目がくりっと大きくて背も高く、逆にそのきつい目でじっと睨んでくる。そんな少女だった。
「何でフルネーム?」
それは前の人生で、イジメの中心人物となっていたからだ。小学生のころは、女の子の方が体も大きいものだけれど、彼女は特にそうだ。男の中でも、比較的背の高い方ではあるけれど、彼女はオレより大きいのだ。
「嫌……、何となく」
「ねぇ……。土曜日、ヒマ? ヒマなら、私の家に泊まりにこない?」
「…………え?」
これまでも、そう親しくしていたわけではない。前の人生でも事故の前はただのクラスメイト。その二ヶ月後、学校に復活してからはイジメの中心人物となり、記憶に残っているぐらいだ。
そして、三年生になってちがうクラスとなり、ホッとしていたところ、転校したという噂を耳にした。
その程度の認識であって、この人生でこうして絡んでくるのは、少し意外感もあるのだが……。
「時間、あるんでしょ。泊まりに来てよ」
有無をいわさぬ態度には、リーダーシップすら感じる。だからイジメの中心となったのかもしれないけれど、中身は七十七歳のオレも、七歳の少女に従わざるを得なくなっていた。
上八尾家は、新興の住宅地にあった。それほど都会でないこの槍名生市では、一軒家でも庭がつく、という形が多いのだが、そこは密集して家々が建つ。つまり若い夫婦向け、という感じだ。
「い、いらっしゃい……」
自分から誘ったのに、ぎこちなくリアはそう迎えてくれた。
「あら? おトモダチって、男の子だったの?」
母親は派手目な女性だ。……否、ばっちりとメイクをして、外行きのドレスなどを着ているので、そう見えたのだ。ただ、目を丸くしていたけれど、すぐにニヤリと笑って娘をみた。
「なるほど……。そういうことね」
ゲスの勘繰り……、この場合、メスの本能といった方がいいのかもしれない。同じ女性として、娘がすべてを語らなかったことで察した、というところだ。
ただ父親の方が、分かり易く嫌悪する態度をとった。それはそうだ。娘がいきなり男友達を連れてきた。しかも泊める……というのだから、相手を絞め殺したいぐらいだろう。熊のような大男であり、外国人ということもあって、免疫のない、見慣れていない小学生では、鬼に見えるかもしれない。
小学生ぐらい一ひねりにされそうな、ふっくらとした筋肉質で、それが鬼の形相で見下ろしてくる。中身が七十七歳で、そんな体験も何度かあったから、まだ耐えられるぐらいだ。
「じゃあ、私はでかけてくるから。お父さん、後はよろしくね」
母親はそういって出て行った。父親と娘……、それに娘の男トモダチで、今晩は過ごさないといけないのか……。命の危機すら感じるほどだった。
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