第3話

   Mortality


 幼馴染の七海と、オレはつながった。文字通り、しっかりと……。未成熟な部分を、それこそしっかりとつなぎ合わせた。

 ただ、互いに初めてで、この後どうするかも分からない。……否、少なくとも中身は七十七歳のオレが、小学二年生の七海をリードすべきだけれど、点滴を打たれていて、体をうまく動かせないし、何よりびっくりして、驚きのあまり上だけパジャマ姿の七海を、見上げるばかりとなっていた。

 初めて男の人をうけいれた、その痛みと気持ち悪さに耐えつつ、七海はもぞもぞと動く。多分、そこにそうするところまでが彼女の知識であり、その先の終わり方までは知らない。

 でも、逆に七海の中にいるその心地よさ、温かさに、オレは興奮しっぱなしだ。七十七歳、童貞で逝った男が、七歳に生まれ変わってすぐにイキそうになる。でも、多分この歳ではイッたところで、本人の自己満足でしかなく、出るものは何もないはずだった。


 ただそのとき、不意に脳裏をよぎったのは、あまり考えたくないことだった。それは闇の中で聞こえた〝時の強制力〟という言葉である。

 前の人生で、誘拐された七海はこの時間、乱暴されているはずだった。

 無理やり未成熟なそこに、大人のそれを突っこまれ、激しい苦痛をあじわっているはず……なのだ。

 時の強制力が、七海を大胆な行動に走らせているとしたら……。今は考えないようにしよう。

 目をつぶり、何がよいかも分からぬまま、腰を少しずつ前後させたり、左右にふったり、一生懸命に互いの結びつきをさらに強めようと健気にがんばっている七海が、とても可愛らしく感じた。


 一瞬にも感じられる、永遠のそのときは病室の外で人の気配がしたことで、突然途切れた。

 七海はオレの上からパッと飛び降りると、傍らに寄り添うよう、布団をかぶって寝たふりをする。入ってきたのは看護師だった。ドキドキしながら寝たふりをしていたけれど、看護師は計器を確認すると、二人の顔を覗きこんだだけで、そのまま出て行った。

 布団から頭をだした七海と目が合い、二人とも声を抑えて、しばらく笑った。それは緊張を解かれた部分と、照れくささと……。

「ごめん。私、うまくできない……」

「オレもやり方が分からなくて……」

 そう嘘をついた。それは七十七歳で、AVだけは見続けていた男の悲しき知識なんて披露したところで、通じるはずもなかった。


「でも……」

 七海は顔を近づけてきて、そのまま唇を重ねる。さっきは緊張と、勢いをつけたために歯がぶつかったけれど、今回はちがった。それはもう一歩先にすすんだ……。そんな心の余裕もあったのか……。軽くふれた唇を、まるで吸い付かせるようにぐっとおしつけ、互いのぬくもりと、湿り気を十分に感じられるような、優しくも激しいキスだ。

 でも……。もし「時の強制力」が働くとしたら……。七海はこの日の夜、亡くなってしまうはずだ。

 オレはほとんど動かない体でも、ギリギリ動かせる腕で、七海を抱き寄せる。七海もしっかりと抱き着いてきた。

「七海を守るんだ……」

 唇はふさがっていたけれど、オレはそう呟いた……つもりだった。


 朝を迎えた。七海は……生きていた。この可愛らしい寝顔を守れた……。それだけで今は十分だ。

 童貞のまま死んだオレが、すぐに童貞を喪失しただけでなく、初めての婚約者……恋人ができた。

 ……と思ったのもつかの間、すぐにお別れすることとなった。

 それは亡くなった……のではない。両親の都合で、七海が転校することになった……否、なっていたのだ。

 元々、父親は転勤の多い仕事をしている、と聞いていたし、だから七海も4歳のときにこの街に来た。ただ、それは事件に巻き込まれそうになり、悪い噂が立つ前にこの街を離れたかった……? それとも、七海も転校することが決まっていたから、あんな大胆な行動をとったのか?

 互いの記憶を、ずっと体にとどめておくために……。

 しかし前の人生でも、七海の両親はオレが退院するころには、本当に引っ越していたのだから、考え過ぎか……。

 それとも、これも〝時の強制力〟なのか……? 二人がここで離れる運命だったとしたら、それは変えられない未来だったのかもしれない。ただ、彼女が生きている未来……、それがこの後、どう展開していくのか? 未来を知っているはずのオレにもよく分からない。


 七海は引っ越しをする日も挨拶に来てくれたけれど、泣かなかった。オレはまだ入院していて、気を使ったのかもしれない。

 ただ、ベッドの上に身を乗り出すようにして、首に抱き着いてきた七海は、耳元で小さな声だったけれど「絶対、郁君と結婚する。だから私、もどってくるから……」と囁く。

 周りには両親もいて、オレもそれをなだめるよう、背中をぽんぽんと叩きながら「オレの方が迎えにいくよ」と、七海にだけ聞こえるように呟いた。

 七歳の、子供同士の約束なんて、どこまで拘束力があるか……そんなことは、今はどうでもよかった。

 病室をでていく七海が、目にはいっぱいの涙を溜めながら、唇をぎゅっと結んで、手も振らずに出て行ったとき、その決意ははっきりと伝わってきた。「さよなら」は言わない。だって、また絶対に会うから……。全身で、七海はそう言っているのが、オレの耳には聞こえてきた。


 やり直しの人生……。まだ何が起こるか分からない。未来を知っているはずのオレでも、七海は生きているし、オレは一ヶ月以上かかったはずの入院も、十日で退院できることとなった。

 前の人生とはちがった形で、すでに始まっている。時の強制力とやらが、どこまで効力をもつかも、まだ未知数だ。

 ただ、オレの人生を苦しめ続けた、交通事故と誘拐事件を、何とか防ぐことができた。七海を助けられなかった後悔から、ずっと女性にも臆病で、それを七十七年も引きずった。

 同じ轍は踏まない……そう固く心に誓った。

 やり直しの人生を、何の特典でそうなったのかも分からないけれど、よりよく生きるために……。

 



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