第2話

   In Hospital


 オレが目を覚ましたとき、そこは病院のベッドの上だった。前の人生は、ここから始まった気がする。一度、完全にここで人生が途切れ、またここから別のレールに乗せられたような……。

「郁君ッ!」

 目覚めたオレに、真っ先に飛びついてきたのは小山内 七海だった。辺りを見回して、思わず、オレの両親……若ッ! と声に出そうになったけれど、それは七十七歳の息子が、三十代の両親をみたのだから当然だ。七海の両親も病室にはいて、思わずこんな顔だったっけ……? と記憶の糸をたぐる。

 頭には包帯が巻かれ、腕には三本の点滴が刺さったまま。どうやら、まだ事故当日らしい。前の人生では、二日間は意識がもどらなかったので、こういう点でも、新しい人生がはじまったことを思わせた。


 そのときまでに轢き逃げ犯は逮捕され、悪事は露見していた。股間に食らった一撃は、片タマをつぶすほどの衝撃で、病院に駆け込んだこと。及び車のナンバーが決め手となった。何よりズボンが血まみれだったのも衝撃だろう。しかも、その血はオレのものなのだから、決定的な証拠だ。

 犯人を十年間も野放しにせず、未遂にした上で制裁を加えることができた。七十年の鬱憤を、一気に晴らすことができた……。

 人生のやり直しを選択して、本当によかった……。このときは、そう思った。


「嫌ッ! 今日は郁君と一緒にいる! 一緒に寝る!」

 七海はそういって、ベッドにいるオレに抱き着いてくる。集中治療室から個室に移されていて、だからこうして一緒にいられるのだけれど、第三者を泊まらせる、なんて聞いたことがない。

 ただ、七海のこねた駄々を、大人たちは赦してくれた。誘拐犯から救ってくれた英雄から離れたくない……という幼い乙女心を、微笑ましく感じてくれたようだ。同じベッドで寝ることを認めてくれた。

 それは、普段は大人しくて、それほど自分をだすタイプではないのだけれど、芯が強くて一度言いだしたら聞かない……といった側面を、両親が考慮した部分もあったのだろう。

 特例で二人きり、個室に泊まることとなった。


 七海は小さいころ、うちの近くに引っ越してきた。家が近かったこともあり、そのころから、互いの家を行き来する間柄となった。同じ布団で寝たし、一緒にお風呂にだって入った。

 兄妹同然といってもよく、そうしたことも赦してもらえた理由だろう。七海の両親がパジャマをもってきて、寝る準備も万端だ。

 ただ、オレは点滴が刺さったままだし、ずっと頭がぼうっとしていた。きっと寝ている間に点滴が抜けないよう、麻酔をかけるような薬も入っているのかもしれない。夕方には事件もあって、お互いに少し意識への変化がみられる、そんな中でのお泊り会だった。


「今日は、二度も命を救われた……。ありがとう……、そしてごめんなさい」

 七海はそう言った。前の人生では、事故の前後の記憶を完全に失っていたが、今回はしっかりと憶えている。青信号で横断歩道を渡っていた七海にむけ、突っこんできた車――。オレはそれを助けるため、飛びこんで七海のことを突き飛ばし、そして撥ねられたのだ。

 二度目は、誘拐されそうになった七海を……ということだろう。意外とオレ、かっこいいじゃないか……と、心の中で自画自賛する。

「こっちこそゴメン……」

 ただ、口をついてでたのはそんな言葉だった。きっとそれは、今の七海には伝わらない。前の人生の、七海への謝罪――。

「ううん、郁君は約束を守ってくれた。私を守るって約束を……」


 そのとき、ふと七海が顔を上げた。夜の病院は仄暗くて、常夜灯のかすかな明かりは、それでも表情をはっきりと浮かび上がらせる。真っ赤な顔、潤んだ瞳で、じっと見上げてくる。

「…………私、郁君と結婚する!」

 震えるその唇は、そう告げてきた。

「気にするなよ。オレは約束を果たしただけだから……」

「だから、私は約束するの。郁君が嫌だっていうなら、無理に……とは言わないけれど、郁君がいいのなら、私をお嫁さんにして!」

 七海はかわいい子だ。学校でも人気があり、一緒にいるオレが周りからうらやましがられるほどで、それは願ってもない申し出だった。たとえ、小さいころの一時の気の迷いだとしても、七十七歳まで結婚もせず、独り身だったオレとしては、涙がでるほどに……。


「いいよ。結婚しよう」

 その答えを聞いて、七海はベッドの上で上半身を起こした。

 腰を少しずつずらして、点滴のチューブにぶつからないようにしながら、ゆっくりと上半身を倒してきた。

「…………え?」

 七海の微かに開いた唇が、オレの唇をふさいできた。

 でも、震える柔らかい唇を感じるのと同時に、すぐにその奥にあるはずの硬い歯がぶつかってくる。

 お互い幼馴染だけれど、キスしたのは初めてだ。オレも中身は七十七歳だけれど、これがファーストキス……。それに体も満足に動かせず、さらに口をふさがれているので、どうすることもできない。


 互いにチアノーゼ……窒息しそうなころ、やっと唇を離した。

「け……、結婚する男の人と、女の人は、こういうことをするんだって……。だから……」

 七海らしい、直情的な行動だ。オレも驚いたけれど、それ以上に、次の七海の行動に驚かされることになった。

 ベッドの上で、七海はパジャマのズボンを下ろす。ピンク色のかわいらしいパンツも、ゆっくりと下ろした。

 まだつるりとして、何の穢れもないそれは久しぶり……なのだろうか? 一緒にお風呂に入ったことはあるけれど、ほとんどその裸については憶えていない。幼いころのことで、女性の裸なんて興味がなかった……? むしろ下半身だけ丸出しになったことで、より注目しただけか……。


 彼女は布団をめくると、まだ手術着のままで前をはだけやすくなっている、オレの手術着を剥ぐ。

 小さいながらも主張するそれは、七海の美しい下腹部をみた……というより、ファーストキスの余韻か……。ロリではないはずだが、体は同じ年ごろの少女に反応してしまうのか?

 七海は慎重に、ゆっくりとオレの下腹部辺りに跨った。

 …………え? まさか……?

 指でオレのものをつかみ、狙い澄ますと勢いよく腰を下ろす。

 あ……、え……、うわッ!

 挿入……した。まだ剥けていなかった、オレの幼いそれも、今の勢いで一気にそうなってしまったようだ。痛みはなく、それは麻酔の影響もあったのか? しかもその勢いが強くて、奥深くまで完全につながっていた。

 七海も、はじめてのことで戸惑いつつも、ぐっと背筋を反らせてその気持ち悪さに耐えようとしている。むしろ痛みか……。それでも、そんなネガティブなことを表に出さないよう、必死で耐える姿がいじらしかった。


 七十七歳まで童貞のままで死んだオレは、七歳からやり直しとなった、そんな人生の初日で、童貞を失った……。


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