Re:メイク LΦVE 

巨豆腐心

第1話

 1.Childhood


   Traffic Accident by Abductor


 オレは死ぬ……。七十七歳で大往生……? とんでもない!

 この歳まで結婚もせず……どころか童貞で、看取ってくれる人もいない。

 仕事もうまくいかず、ずっと報われない人生だった。

 哀れで悲しき、わが人生……。何とか生きてきたけれど、もう十分だ。報われなかった人生は、ここで終わる……。


「おめでとうございます。あなたには生まれ変わりの特典が与えられます」

 すでに肉体から魂が離れているため、見えるという感じではないけれど、漆黒の闇の向こうから、声が聞こえる。落ち着いた、まだ若い女性の声だけれど、抑揚がほとんどなく、まるで機械音声のようだ。

「何でオレが……?」

「あなたが満たした条件について、詳しくは教えられませんが、その条件により特典が与えられるのです」

「童貞のまま、死んだから……?」

「それも条件の一つです。私の口からは、これ以上は教えられません。異世界に転生できますが、どうしますか?」

「チートな魔法の能力とか、ハーレム設定がある、とか……?」

「いいえ。生まれ変わるだけです。魔法もつかえるかどうか、分かりません。私も、転生先の世界がどういうものか? 魔法があるかどうかも分かりませんし……。その世界でそれが常識なら、使えるでしょう。私ができることは、生まれ変わりをさせるだけなので、どういう運命をたどるかは、アナタ次第です」


 なるほど、極楽浄土や、地獄に行くことなく生まれ変わるだけで、これはご褒美というわけではないようだ。

「記憶はもったまま?」

「その可能性はあります。断言はできません」

 随分と分からないことだらけだ……。運命の女神様ではなく、雇われのアルバイトに携帯電話の契約の説明をうけたときを思いだす。

「なら、人生をやり直すことはできないか? 小さいころから……」

「他の人生ではなく、アナタの人生をやり直したいのですか?」

 意外そうな声だけれど、それは前の人生がろくでもなかった……と知っているからだろう。そんな人生をやり直したいのか? と……。

「後悔があって、ずっとそれを引きずった人生だった。それを変えたいんだ」

「できますが、〝時の強制力〟があって、無理やり歴史を変えるのは難しい。つまり必然として起こることは、起こってしまいます。どこまで変えられるかは分かりません。それでもよいですか?」

「構わない。少しでもそれを変えられるなら……」

「分かりました。ただし、もし記憶をもっていたとしても、周囲の人たちにアナタがやり直しの人生だと気づかれないように。では、よい人生を……」


 …………。

 ガンッ‼ 激しい衝撃に、全身がバラバラになりそうな痛みと、小さな体が吹き飛ばされ、宙を舞っている感覚が襲ってくる。

 よりにもよって、この場面からやり直すのかよ……そう思ったけれど、体を丸くして受け身の体勢をとり、そのままアスファルトを何度もバウンドしつつ、転がっていった。

 小学二年生のとき、交通事故に遭った。そのときは、そのまま意識不明になって記憶も失くしたけれど、その記憶が途絶えた瞬間に飛んできたのだ。逆にいえば、このタイミングで人生のやり直しがはじまるのは、必然だったのかもしれない。

 なぜなら、それはオレが後悔をはじめた日……だったからだ。

 頭から激しく血が噴きだして顔面を覆い、全身は痛みが激し過ぎて、自分のそれではないようだ。

 だが、歯を食いしばって立ち上がった。


 一緒にいた七海は……? 辺りを見回すと、道路わきに座りこむ少女、七海の姿があった。そして、その手を引っ張る大人……。恐怖と驚愕によって腰が抜け、声もだせない七海の浮かべる絶望の表情が、すべてを物語っていた。

 オレは一心不乱に駆けだす。流れ落ちる血で視界も朧気だけれど、七海を連れ去ろうとする大人に向けて、突進していった。

 といったところで、瀕死の小学二年生が、大人に向かっていって敵うはずない。相手も血まみれで、轢き殺したと思った相手が駆けてきたのだから焦っただろう。でも子供に負けるはずもないと、迎撃態勢をとった。

「うわぁぁぁぁッ!」

 そのままオレは突っこんだ。男の股間にむけてまっしぐらに、血まみれの頭をぶち当てていった。

 ちょうど小学生の低学年は、大人の股間の位置に頭がくる。それを下から突き上げるようにぶち当てたのだ。どんなに鍛え上げた男であろうと、悶絶するほどの苦しみだろう。そして事実、男は股間を抑えながら、よたよた歩きで車に乗りこむと、その場から立ち去っていった。


 やった……。七海を守った……。そう、オレが後悔する第一歩となった、この交通事故で、七海が誘拐されるのを救ったのだ。

 オレは轢かれ、七海はその事故を起こした犯人に誘拐された。そしてオレは、その事実を知らなかった。何しろ、激しく車に撥ねられ、無防備のままアスファルトに叩きつけられたのだ。目覚めたのは事故から二日後、七海と一緒にいたことすら、すぐには思い出せなかったぐらいだ。

 そして退院するころ、七海は転校したと聞かされた。幼いオレが、ショックを受けないため……そんな周りの気遣いだったと、大分経ってから気づいたけれど、その事実を知ったときは、かなりショッキングだった。そしてそのショックは十年後、もっと大きくなる。

 オレを轢いて、七海を誘拐した犯人が十年後に逮捕された。そこで明かされた事実、犯人は小学二年生の七海を誘拐し、強姦し、殺して捨てた……と証言した。死体は翌日の夜には発見されていて、オレはそれらの事実を一切知らなかった。警察から事情を聞かれたときも、それは交通事故のものだと思っていたし、七海と一緒だったことすら忘れていて、警察もそれを考慮したものだと思う。七海が誘拐され、殺されたことは誰も教えてくれなかったし、二ヶ月後に退院するころには、その話題も沈静化していた。


 オレは何も知らなかった……。

 その前後の記憶さえ、真っ白なことに愕然とした。そして、突然逝ってしまった幼馴染の、七海の死すら空白のままだったことに……。

 しかしオレは、やり直しの人生で七海を救うことができた。走り去っていく車、そのナンバーを記憶しつつ、オレはずっと抱えていた後悔が、そこから遠ざかっていくのを感じた。

 七海が抱き着いてくる。それはもうふらふらのオレを、支えてくれようとしているのか? それとも体を寄せ合うことで、不安な気持ちを解消しようとしているのか? それは分からない。

 でも一つだけ分かっているのは、七海がまだそばにいる、その温かみをはっきりと感じることができている……ことだ。

 事故に気づいて近づいてきた大人に、車のナンバーを告げると、オレはそのまま意識を失った。






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