第12話 人違い
「二人とも早いね。お待たせ。」
「テントは後で手伝うから、先にコーヒー飲みなよ。ちょうどお湯が沸いた。」
マスターの言葉に、手際良く折りたたみの椅子とマグカップを用意して、僕の隣に座る。
マスクをしていない姿を見るのは初めてだった。好きになりすぎて、そんなことにすら僕は気付いていなかった。思えば並んでカウンターに座った時も、エリさんは帰り際でマスクをしていた。マスクを外している時はテーブル席から後姿ばかりを見ていた。僕の脳みそはマスクで隠された部分を無意識に補っていた。クールだけど優しい目元に合う通った鼻筋、薄い唇、そしてシンプルなメイク。あながち間違っていない。エリさんは本当に美人だった。
でも、2,3歳年上だと思っていたその人は、マスターと夫婦でもおかしくない程大人の女性だった。三人で焚火を囲む姿は周りから親子に見られるかも知れない。「息子さんが大きくなっても、家族で一緒にキャンプなんて羨ましい。」どこかのくたびれたサラリーマンに言われそうだ。ショートパンツにアウトドアブランドのロゴが大きく入ったタイツとカラフルなソックス。それは細くてしなやかな体によく似合っていた。コーヒーを飲みながらクッキーを食べるその姿に僕は呆然としていた。そうは見えないけれど、世間一般的に確実に「おばちゃん」と言われる年齢だ。いきなり突きつけられた現実が上手く受け入れられない。心が冷めてくれたらいいのに、どちらかと言えば失恋したような絶望感に襲われていた。初めて会った日の事や、傘を貸した日の事が鮮明に脳裏をよぎる。このとんでもない顛末を友人に笑い飛ばしてもらえばいいのかもしれないが、僕は残念ながら、笑われる事をおいしいと思える性格ではなかった。
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