第10話 告白
知り合いになれたのだから、友達になりたい。友達になれたら、自分の想いを伝えたい。僕の心はどんどん我が儘にそして贅沢になっていった。姿を見られるだけで満足していたんじゃなかったのか?いくら言い聞かせても止められなかった。知人に抱く恋心なら隠す必要がなくなり、友達にも相談した。相手が一人者なら、とにかく食事に誘うなり連絡先を聞くなり何か行動に移せ、友人からのアドバイスは概ね同じ内容だった。フラれたらあの喫茶店に行くのをやめればいい。少なくともブックカバーのお礼は言わないといけない。僕は心を決めた。でも、「付き合っている人がいるの。」「結婚しているの。」そんなバッドエンドを想像すれば、今までに経験した事のない緊張感が襲う。部屋を真っ暗にして布団にもぐりこんでも眠れない。何度も寝がえりを打つ僕に、イワシが時折潰されそうになって悲鳴を上げた。
ほどなく、その日はやってきた。エリさんが座るカウンター。当たり前みたいに隣に座る。もうカップが空だ。急がないと帰ってしまう。
「エリさん、この前はありがとうございました。すごく気に入って使わせてもらってます。」贈られたブックカバーのついた本を見せると、目元が和らいだ。
「あ、裕太君。やっぱりハードカバー持ってたか。こちらこそありがとね。」
だいぶ長居をしたのか、忙しそうなマスターに「ごめん。」という感じで手を合わせて、コインを置いてすっと立ち上がった。マスターも厨房からひょいっと手を上げる。もう少し早く来ればよかった。後先考えずに店を出るエリさんを追った。呼び止めると少し驚いている。
「エリさん・・・。あの、今度食事に行きませんか?」小さく首を傾げる様子に慌てた僕は、やみくもに言葉を続ける。
「あの、ごめんなさい。エリさんとお話がしたいんです。友達になりたいんです。」いたずらっ子みたいな笑みを目元に浮かべて、エリさんは僕を見ていた。
「人違いかな?」
イエスでもノーでもない返事に戸惑い、返す言葉が見つからない。人違い?そこから話はエリさんのペースで進んだ。
「いいよ。キャンプ行こうか。マスターも誘って。裕太君道具持ってる?」マスターも誘って?キャンプって泊まり?全く想像しなかった展開に困惑しながらも、夜のキャンプ場でエリさんとゆっくり会話できるなんて夢みたいだと思った。
「野鳥の観察用に揃えているんで、テントと寝袋くらいです。焚火台や調理器具がないんですよ。」
「充分。マスターがキャンプのエキスパートだから。」ペンとメモを手早く鞄から取り出して何かを書いている。
「これ、私のLINE IDと携帯番号。マスターの連絡先は知ってるから、私から連絡しておく。じゃあ、楽しみにしてるね。」
渡されたメモはプラチナチケットだった。足早に去って行ったエリさんを見送り、店に戻るともらったメモを見ながら携帯番号を自分のスマホに登録した。岡村エリさんっていうんだ。名字を知らなかった。とっさに追いかけた僕は自分の連絡先を伝える術を持っていなかった。早速エリさんにショートメールを入れる。
「先程は突然すみませんでした。佐々木裕太です。僕の連絡先お伝えしておきます。」LINE ID、メールアドレス、携帯番号。インスタとツイッターのIDは思いとどまった。もう少し仲良くなってからにしよう。すぐに返信が来た。
「連絡ありがとう。マスターにメッセージ入れておいたから、日にち決まったら連絡下さい。」シンプルで短いメッセージに不安が募る。それでもマスター同伴とはいえ、初めてのデートが食事や映画でなく、キャンプであることに浮かれていた。キャンプってある程度仲良しじゃないと一緒に行かないようなイメージがある。コーヒーを運ぶマスターはもうキャンプの事を知っていた。
「エリちゃんから連絡きてたぞ。いつでも店閉めるから天気のいい日に行こう。」有給休暇がたくさん残っていたので、僕はマスターに我が儘を言って、平日でセッティングしてもらった。なるべく他のお客さんが少ない日に出かけたい。中学生みたいな事を考えている自分が恥ずかしかった。普段はロングスカートが多いけど、どんな服装で来るんだろう。どんな料理を作るんだろう。テントなんて布切れ一枚。その先でエリさんが眠る。僕はいびきをかいたり、寝言を言ったりしてしまわないだろうか。学校の先輩に憧れる女の子の様の事を果てしなく心配した。「お前バカじゃないのか?」と叱責してくれるもう一人の自分はもはや勢いを失い、僕は全力で片思いをしていた。あったと言う間にキャンプの日はやってくる。当然前日は眠れなかった。
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