第6話 猫
いつの間にか、僕は25歳になっていた。異性だけではなく同姓の友人で結婚する者も増えて来た。久しぶりに連絡がくると「結婚しないのか?彼女はいるのか?」そんな質問ばかり。「まぁ、そのうち。」と言葉を濁す。彼女はいないけど好きな人はいる。そんなことバカ正直に言えば高校生みたいだと笑われるのがオチだ。早く告白しろだの、電車で会っただけの人を好きになるのかだの、自分が一番気にしていることを心に土足で上がり込んで来て、ズケズケ言われるのが分かっているから、絶対誰にも相談しないと決めていた。
この3年間で変わった事と言えば、家にネコがやってきたことくらい。急にチャイムが鳴った。宅配以外の訪問者には応対しない事にしていたのだが、執拗に鳴るチャイムにただならぬ気配を感じて出てみたら、大家さんだった。手には小さな猫を抱いている。
「ウチの猫が子供を産んでしまって、これ以上飼えなくて困っているのよ。もらってくれない?」
大家さん、ペット禁止の賃貸アパートじゃないですか。と口に出す前に、
「ウチの子だから、構わない。部屋も痛むだろうけど引っ越しするときの修繕費は私がなんとかするから。」と畳みかけるように話を続ける。このままだと多分、全部の家のチャイムを鳴らして廻るんだろう。僕は猫が好きだし、何より大家さんが好きだった。すごくお世話になっている人が困っているのを放っておけない。
「ちょっと時間を下さい。うちには猫を迎えられる準備が何もないんです。トイレとか餌とか。すぐに買い揃えますから、その後で連れてきてもらえますか?一週間後には用意しておきます。」もしかしたら、既に他の家を廻って断られ続けた後なのかもしれない。即答した僕に大家さんは喜びと安堵の表情を見せた。
「一週間後、連れてくるわね。本当にありがとう。」
「いえ、お役に立てて何よりですよ。大家さんにとってはお孫さんみたいなものでしょうから、いつでも顔を見に来て下さいね。僕は一人暮らしなので、どうしても留守番が長くなりますから、寂しい思いをさせてしまうかもしれませんし。」いつの間にか、僕も大人みたいな会話が出来るようになっている。
大家さんの腕の中で大あくびをしていたキジトラの子猫は、一週間後、僕の家族になった。家族なんて名ばかりで、同じ家の中でお互いに一人暮らしをしている。猫なんてそんなものだ。そこが好きなのだけれど。一人女が猫を飼い始めると終わりだなんて、少し前に巷でささやかれていたが、一人男も猫と暮らし始めたら終わりなんだろうか。
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