第4話 尾行

 世の中にはストーキングという犯罪行為がある。今までニュースの中のお話としか思っていなかったことが、急に身近な物に思えて来た。ストーカーと呼ばれる人々は、生まれ持って犯罪者だったわけじゃない。自分の内から溢れ出る愛をどうしていいのか分からず、持て余し、誤解し、暴走してしまうのだろう。名前も住所も知らない女性を好きになってしまった僕は、少しだけストーカーの気持ちが分かるような気がした。そして犯罪者と紙一重のところにいる自分に恐怖も感じていた。

 

 何度か同じ電車に乗り合わせた後、彼女と同じ駅で降りてみた。捕まったり、不審に思われたりするよりは見失う方がいいので、かなり距離をとる。彼女は歩くのが遅くて、わずかな時のあいだに何度も追いついてしまいそうになり、無駄に自販機でジュースを買った。駅から歩くこと10分。彼女は喫茶店にその姿を消した。客なのか、そこが自宅なのか、何も分からないまま、5分ほど待ってから同じ店に入った。カランコロン。カフェではなく、昔ながらの喫茶店。入ってすぐ、カウンターに座る彼女の後姿が目に止まる。

 

 「いらっしゃいませ。」マスターに声をかけられ、

「一人なんですけど、テーブルでもいいですか?」と彼女の背中が見える席に座り、形ばかりにノートパソコンを広げる。僕の所にお冷とおしぼりが運ばれ、コーヒーがきても彼女がこちらを振り向く事はなかった。マスターがカウンターに戻ると、二人で何やら話し始める。どうやら僕が話を中断させてしまったみたいだ。時々聞こえる小さな笑い声は、想像していたよりもしっとりと落ち着きのある雰囲気だった。早々にコーヒーを飲み終え、会計を済ませて、「ありがとうございました。」というマスターの声を背に店を後にする。彼女は振り向かない。コーヒーは旨かった。

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