第2話 出会い
休日、思い立って旅に出た。僕にとっては休日でも世間は平日。コロナ対策、ステイホームやテレワークの推奨で、ダイヤ改正の際に今まで8輌運行だった電車が6輌にされている。全く何が正しいのか分からない。おかげで早朝なのに駅も電車も大混雑で、少し大きめの鞄に視線が刺さる。一眼レフは置いてくれば良かったか。そんな事を考えながら、肩身狭く小さくなっている僕の視界に一人の女性が飛び込んできた。
多分ずっとそこにいたのだろう。見えていたのに気付かなかった。気付いてしまってからは、他の事が頭に入らなくなった。ロングのフレアスカート、肩までの髪、シンプルなメイク、大きな瞳。一つ一つが好みだった。学生時代ふわふわしたミニスカートのアイドルに心を奪われている同級生に話を合わせるのが難しかった。少し大人びた女性に憧れていた。体のラインを隠す服装なのに、ほっそりしているのが分かる。スマホの画面に夢中で周りを一切見ていない。肩先で外ハネにセットされた髪が電車に合わせて揺れている。時折眉間にしわを寄せるのは、ゲームが上手くいかないのか、気に入らない記事を読んでいるのか。
どこに行くんだろう。女性の服装から仕事なのか休暇なのかを判別するのは難しい。30分ほど僕の斜め前に座っていたその人は、大勢の人と共にたくさんの私鉄が乗り入れる駅で降り、解き放たれた野うさぎみたいに走って人ごみに消えて行った。宿を予約している訳じゃなかったから、同じ駅で降りてもよかったが、さすがにそれは気がとがめたので、旅の目的地を変更することなく、僕は空いた席に腰を下ろした。さっきまで女性が座っていた席に古いポロシャツのおじさんが座っている。むりやり現実に引き戻された気がした。
旅に出てしまえば、同じ電車に乗り合わせただけの女性の事は頭の隅に追いやられた。山あいの川を眺められる部屋で、一向に上手にならないカメラを手に野鳥を観察していると、現実の苦い空気を一瞬忘れられる。趣味が年寄りくさい。同級生からよくからかわれた。別に誘っているわけでなく、強要しているのでも、賛同を得ようとしているのでもなく、一人で楽しんでいる事にとやかく言われるのがわずらわしい。だんだん自分の話をしなくなり、LINEをブロックすると、少しずつ友達が少なくなった。親は心配しているようだけど、僕自身それで困ったことは一つもない。
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