コロナ渦の失恋

穂高 萌黄

第1話 蔓延

 不要不急、三密、対策を万全に、そんな言葉が飛び交う時代に僕の大学生活は終わってしまった。元々大勢で騒ぐタイプではないし、他の人達ほど不便を感じていない。ただ、ゼミの合宿も中止、サークルも自粛、厳戒態勢の卒業式、そんな色々な物に違和感を抱いていた。たくさんの思い出を手に大学を後にするのが本当なんだろうけれど、よく分からないまま、ポンっと社会に放りだされてしまった気がしてならない。いくらゼミの合宿を中止したところで、通勤時間帯の電車は満員で、何が良くて何が悪いのかが分からなくなる。皆、自分が第一号にさえならなければいい、そんな風にしか考えていないように思えてしまう。

 

「私は移されたんだから仕方ない」

そう言い訳できればOKなんだろうか。いろんな事が釈然としない。僕は考え方が偏りがちだし、何事にもきちんとした説明を求めるタイプだから、ウイルスそのものよりも、今の世の中に漠然とストレスを感じていた。外に出れば皆、自分の事を棚に上げて、他の人を病原菌扱いにする。ちょっとむせて咳をしただけなのに、あからさまに嫌な顔をして後ずさりする人までいる。

 

 何となく人付き合いが面倒になって、こんな事態になる前には割とまめに参加していたサークルにも足を運ばなくなり、ゼミで親しくなった彼女とも疎遠になって、自然消滅みたいな形になった。それでも悲しくないのだから、全て別にどうでもいい人付き合いだったということだろう。その辺の気持ちの切り替えは早い。

 

 就職を機に始めた一人暮らしは快適だった。一人になってみて、抱えていたストレスの大きさを知った。少し無理をして買ったソファーに横になり、マスクを外して大きく口を開けて息を吸う。歌を口ずさんでみる。そんなわずかな自由に大きな幸せを感じた。怖い世の中になった。自分の城にいる間は、菌でもウイルスでもない、心を持った人間だ。久しぶりに読みかけの村上春樹を引っ張り出してきたり、丁寧にコーヒーを淹れてみたりして、小さな幸福を積み上げて暮らした。いつまでこんな日が続くんだろうと思わないわけではないが、このままずっと一人で淡々と生きて行くのも悪くない。自分の性格に合っているような気がする。どんどん料理の手際が良くなり、レパートリーも増える。掃除が苦手だから、余計な物は買わない。要らなくなった物はすぐに捨てる。そんなシンプルな生活を僕は大いに楽しんでいた。

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