追加エピソード4 樹と風花のイベントデート

今回の追加エピソードは時間がグッと戻って、中学生の樹と風花のデートの様子です。

時間軸的には第3章の終わり第53話のあとぐらいになります。樹と風花が出会って間もなく中学2年生の時ですね。

元々はサポーター限定用にしてたのですが、現在サポーター様を受け付けておりませんのでこちらで公開することにしました。

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「ねえ、風花。明日だけど、夜に時間取れるかな」


「お母さんも樹と一緒ならダメとは言わないと思うけど、どうしたの?」


「一緒に行きたいところがあるんだ」


 朝の散歩のとき、思い切って誘うことにした。どうしても連れて行きたい場所があったんだ。






 時間は……ちょうどいい……いや、少し早いかな。

 どうしよう……来たことだけ教えて、少し待ってようかな。


 ピンポーン!


「はーい。あら、樹君。こんにちは」


「水樹さんこんにちは。風花いますか?」


「風花ね……今、準備しているから、時間あるなら上がって来て」


 インターフォンの向こうの水樹さんがマンションの入り口のドアを開けてくれる。建物の中に入りエレベーターのボタンを押して、風花の家へと向かう。




 ピンポーン!


 改めて風花の家のインターフォンを押し、水樹さんに部屋の中へと招かれる。 


「お待たせしてごめんね。風花、着る服に悩んでいるみたいなのよ。上がって待ってて」


 水樹さんは僕を居間に案内し、そして熱いお茶を出してくれた。


「外は寒かったでしょう。これ飲んで温まって。それで、時間は大丈夫なの?」


 熱いお茶をやけどしないように一口飲む。


「ありがとうございます。人心地ひとごこちつきました。時間はまだ大丈夫です。6時半までに着いたらいいので」


「6時半……そうか、今日は春節ね。歩いていくの?」


 実家がこちらにある水樹さんは、僕がどこに行こうとしているのかわかるみたいだ。


「せっかくなので町を眺めながら行こうかと……ところで、風花はこのお祭りに参加したことはありますか?」


「ないない、この時期にまとまった休みが取れないから、関東からだと難しいのよ。今年はこっちにいるんだから今度の休みに連れて行こうかと思っていたけど、樹君と一緒の方が風花も喜ぶわ」


 このイベントは、観光客がいなくなる冬の時期に何とか人を集めたいということで始まったと聞いている。休みが少ない時期だから、遠方の人が来るのには難しいのかもしれない。


 それなら風花を誘ったかいもあるってものだ。


「それで樹君。いくら遅くなっても……と言いたいところだけど、二人とも中学生だということを忘れないでね」


「も、もちろんです」


 風花にはまだ返事ができてないけど、大事にしたいという気持ちはちゃんとある。

 それにこの時期は、お巡りさんもたくさん巡回しているから、あまり遅くなると怒られるんだよね。


「お待たせ、樹君。遅くなってごめんね」


「可愛い……」


 部屋から出てきた風花は、白いトレーナーにデニムを履いて水色のハーフコートを着ていた。


「でしょう。この前お店に行ったとき、わたしには可愛すぎるといって遠慮するのよ。無理矢理買ってきたけど、やっぱり正解だったわ」


「おかしくない?」


「ううん。よく似合っているよ」


「ふふ。さあさあ、遅くならないうちに早く行っちゃいなさい」


 水樹さんに追い出されて、二人でイベントのメイン会場となっている公園へと向かう。






「ねえ、樹。ボクをどこに連れていくつもりなの?」


 マンションの外に出た風花は、早くもリュザールモードのようだ。


「内緒。ついてきたらわかるよ」


 よかった。お祭りのことを本当に知らないみたい。


 二人でのんびりと歩きながら目的の場所まで向かう。驚いてもらうために、あえてお祭りの様子がわからないところを通っているけど、風花、感づいてないよね……


「樹、寒くない? 何だったらボクが腕を組んであげようか?」


 テラの冬に比べて日本の冬はかなり暖かいんだけどな……まあ、いいか。


 僕は、僕の右腕に抱き着いている風花を、うまくメイン会場近くの中華街の入り口まで誘導することに成功した。


「うわぁ、きれい……それにすごい人。樹、これはいったい何?」


 中華街入り口にある川の上の広場にも、たくさんのオブジェが飾られている。それを目当てに観光客も集まってきているから、さすがに説明しないわけにはいかないだろうな。


「これはランタンだよ。中国ではこの時期に街中まちじゅうを飾ってお祝いをするんだ」


「ランタンなの? こんなに大きいのに? それにどうして? ここは日本だよ」


 風花ったらはてなマークがたくさん。ふふ、これを初めて見た人は大抵驚くんだよね。


「この町には華僑の人が結構いてね。元々はその人たちが中心となってこのお祭りをやっていたんだけど、次第に大きくなっていって今では街中でお祝いするようになったみたい。さあ、もうすぐランタンに火が灯るから会場まで急ごう」


 二人で中華街のたくさんの人をかき掻き分け、その先にあるメイン会場のみなと公園へと急ぐ。





『さあ、皆さん準備はいいですか!』


 中華街の出口までいくと、公園から司会の人の声が聞こえてきた。そろそろカウントダウンが始まりそうだ。


「ごめん、風花。人が多すぎて、中に入れそうにないけど大丈夫?」


 公園の中にはすでにたくさんの人がいて、入り口ではお巡りさんが入場規制していた。


「うん、樹と一緒ならどこでもいいよ」


 会場から少し離れたところで、中の様子を見ながら風花と一緒に開始の時刻を待つ。


『サン、ニー、イチ、ゼロ! ランタンフェスティバル開幕です!』


 その合図ともに会場とその周りに設置されたランタンに一斉にあかりが灯された。

 あたりはすでに日が落ちていて、ランタンの色鮮やかな灯りは周囲を幻想的な雰囲気に変えていく。


「きれい……」


「うん、きれい……」


 風花の横顔にもランタンのほのかな灯りがあたっていて、思わず見とれてしまった。


「樹、どうしたの?」


「い、いや、何でもない。そうそう、もうちょっとで会場もくはずだから、しばらく待っていよう」


 このお祭りは街中まちじゅういたるところに会場があって、それぞれでイベントがあるから、結構人の動きが多いんだよね。


「ねえ、樹。あれって、りゅう?」


「おっ! これから龍踊じゃおどりがあるみたい。ついでに見ていこうか」


 ちょうどのじゃが公園に入ろうとしていた。これって人気なんだよね。待っていて正解だったかも。





 その後二人でイベントを楽しみ、遅くなってはいけないと夜の9時前に風花を家に送り届けた翌日、母さんから『水樹から連絡あったわ。期待していたわけではないけど、まじめすぎるのは考え物よね』と言われてしまった。

 何を期待されていたのかなんて、恐ろしくて聞けない。


 このあと、いつまでたっても進展しない僕と風花の仲を心配して、母さんと水樹さんが策を弄するのは本文第82話をご覧ください……


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あとがきです。

樹と風花がデートしたこのお祭りは、毎年春節(中国のお正月、旧正月)の時期に行われる長崎ランタンフェスティバルのことです。

イベントは上記の龍踊の他、中国雑技団、変面ショー、二胡演奏などがあって、どれも基本無料で見れます(時間帯によっては入場料がかかる会場(孔子廟会場)もあります)。期間中(約2週間)毎年100万人ほどの観光客が訪れていましたが、今年はコロナのためイベントは中止でランタンを飾るのみでした。残念。

来年の春節は2023年1月23日です。今のところ感染対策をやったうえで開催するみたいですね。冬に旅行を計画されている方、よかったらご覧になられませんか?

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