追加エピソード3 エキム一家のカイン旅行2
「も、もう、動けない……」
暁は腹をさすりながらひっくり返っている。
「うっぷ、ソースの味はよかったんだけどなー」
竹下も同じように寝転がって、今日の反省をしているようだ。そういう僕も今は動けそうにない。最後の方はみんなで無理矢理押し込んでいたからね。動くと出ちゃいそうだよ……
「確かに、味は良かった。でも、あれだけのパスタにあのソースの量じゃ全然足りなかったじゃん。まさか、パスタに醤油かけて食べることになるとは思わなかった」
「でも、以外と美味かったな」
「もしかしたらここの醤油は甘めだからかな。家のじゃたぶんダメだと思う」
ここは地元の甘い醤油を使っているからね。僕もこれじゃないとうまく味を付けることができないから、少なくなったらお母さんに頼んで送ってもらおうと思っているんだ。
「麺の茹で具合はよかった、たぶんあれがアルデンテだ。あとは量か」
「うん、次は失敗しない」
二人ともいい勉強になったみたい。
「はいはい、反省はそこまで、暁はカァルに聞くことあったんじゃないの? 早くしないとカァル眠そうだよ」
パスタには目もくれず、お気に入りの猫缶を食べてお腹いっぱいのカァルは、僕の膝の上で丸くなっている。耳が動いているからまだ寝てはいないようだけど、それも時間の問題だろう。
「そうだった。ねえ、カァル。今度俺、家族と一緒にカインに行こうと思っているんだけどさ。途中でチャムに会ってもらえないかな」
暁は起き上がり、身を乗り出してカァルに尋ねている。
「カァル、チャムさん覚えているでしょう。サチェおばさんの娘さんの。近くにいるようなら会ってやってくれない?」
頭を上げたカァルは、ちゃぶ台の上に前足を乗せ、僕の方を見てニャーと鳴いた。
これはたぶん、地図もってこいって言っているな。
「ねえ、暁。そろそろじゃないの?」
昨日聞いた時、エキムたちは明日か明後日は山の中腹に差し掛かるって言っていた。カァルが地図の上でペシペシ叩いていたのもそのあたりのはずだ。
「うん、カァルの言うとおりなら明日の昼までには会えそう」
あのときのカァルは、地図の上に手を置き、エキムたちがいつ頃自分のナワバリを通るか聞いていた。カァルは僕たちが言っていることをわかっているみたいだけど、彼自身はニャーニャーとしか話せないから通訳するのが大変だった。
「チャムさんとカルシュ君は平気なの?」
テラの人達はほとんど旅行をしないから、ほんの数日の旅でも体調を崩すことがある。特に小さい子を連れているから心配だ。
「今のところ平気みたい。カインまであと三日だけど、大丈夫じゃないかな。二人とも元気いっぱいだったよ」
三日か、やっぱり馬だと早いな。
「大々的にはお迎えできないけど、こっそりと準備しておくね」
実はこれが大変なのだ。せっかくならセムトさんにチャムさんとカルシュ君を会わせてあげたい。ところがセムトさんは現役の隊商のリーダーで、カインにいない時の方が多い。実際今もリュザールと一緒に交易に出ている。エキムにカインに来るのを遅らせることはできないかって尋ねたんだけど、そろそろ馬と羊を放牧に連れて行かないといけないみたいで、あまり遅くなるのは都合が悪いらしい。
「ねえ風花、間に合いそう?」
隊商の位置、昨日はマルトだったから、まっすぐカインならいけると思うんだけど……
「バーシには明後日到着するけど、どうしても一泊しないといけないから早くて
明々後日ならちょうどエキムが来る日か。
「セムトさんには寄り道しないように言っておくよ。ボクもサクラに会いたいからね」
それから毎日、暁と風花にエキムと隊商の位置をそれぞれ確認し、すれ違いにならないように調整していった。
三日後、エキムたちがカインに到着する予定の日。エキムたちを待ち構えることができない私たちは、普段通りの生活を送っている。
お昼過ぎ、お乳を飲ませていたらサクラがいい感じに寝てくれた。ちょうど様子を見に来ていた母さんにサクラのことを頼み、外の井戸へと向かう。
「うーん、いい天気。よく乾きそう」
井戸の水を汲み、タライに移す。そこに汚れたおしめを入れる。
サクラはお乳をたくさん飲んでくれるんだ。早く大きくなろうとしているのかな。ふふ、ゆっくりでいいのにね。
さてと、今日はたくさんあるぞ。赤ちゃんは汚すのも仕事のうちだもんね。
井戸の傍でジャバジャバと綿で作ったおしめを洗っていく。
うん、やっぱりおしめには綿の生地が一番だよ。綿花を作って正解だった。カインで使われるおしめは織物部屋でふわふわに織っているから、赤ちゃんのお尻にも優しいんだ。
洗い終わったおしめを、家の横の物干し台のところに持って行き、パンッパンッとシワを伸ばし、一枚一枚丁寧に干していく。すると、後ろから馬の
「ソル! 久しぶり!」
チャムさんだ。あれ、エキムと男の子は見当たらないな。もしかしたら、村に入って、居ても立っても居られず一人で駆けてきたのかな。チャムさんらしいな。
さてと、予定通りについたけど、ここは知らないふりをしないといけないんだよね。
「チャムさん! どうしたの? 急に来るからびっくりしたよ」
「ソル……ほんとに赤ちゃんがいるんだ」
チャムさんは私が干したおしめを見て感慨深げだ。
「もしかして隊商から聞いたの?」
「うん、去年の夏にエキムから妊娠してるかもって聞いていたけど、あのソルが赤ちゃんを産むなんて信じられなくて、確認するためにみんなで帰って来た」
あはは、確かにチャムさんがいた頃は、自分が男の人を受け入れるなんて無理だと思っていた。たぶん、周りのみんなもそう思っていたんじゃないかな。だから、去年タルブクでリュザールと一緒になるって伝えたときも、最後まで信じてもらえなかったんだよね。
「やあ、ソル。久しぶり」
また、後ろから声をかけられる。エキムは馬を降りていて、手綱を引いた状態でカルシュ君を馬の上に乗せていた。
「エキムまで!」
「うん、さあ、ご挨拶して」
そういって、エキムは馬の上の男の子を降ろした。
「こんにちは、カルシュです」
おー、しっかりしている。
「ソルです。ようこそいらっしゃいました」
「あ、それと、……出ておいで」
はて、誰だろう。暁は三人で来るって言っていたけど。
「ニャオン!」
「カァル!」
来てくれたんだ!
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あとがきです。
「ソルです」
「エキムです」
「「追加エピソードお読みいただきありがとうございました!」」
「なんで、カァルまでいるの? 言ってなかったよね」
「俺だってびっくり。途中でいなくなると思っていたのにずっとついてくるんだもん」
「でも、さすがに昨日は教えて欲しかったな」
「俺も、これはカインまでついてくるんだと思って、カァルに樹に教えていいかって聞いたら、首振るんだぜ。せっかく一緒に来てくれているのにへそ曲げて帰っちゃったら、喜んでいるチャムに申し訳ないじゃん。だから、樹には悪いけど内緒にさせてもらった」
「まあ、私もこっちのカァルに会えて嬉しいからいいけど。それよりも、カルシュ君、お父さんと違ってしっかりしているね」
「そこは俺に似てというところじゃないの?」
「ううん、似てない。まったく……むしろ種が違うんじゃないかな?」
「え、……チャムに限って……まさか……」
「ウソウソ、エキムにそっくりだよ。目元とか口元とかは……性格はわからないけど」
「そういえば、どこに出してもおかしくないほどのいい子が俺の子供なのは……」
「ふぅ、なんで、この物語には親バカばかり出てくるんだろう……」
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