追加エピソード3 エキム一家のカイン旅行1

このエピソードは前の追加エピソード『カァルのお見合い』『凪と海渡の東京旅行』よりも前の話となります。ソルがサクラを産んで一か月後くらいのお話です。

合計3話の予定。


地球の人格=テラの人格

立花樹=ソル

遠野暁=エキム

ネコのカァル=ユキヒョウのカァル

です。お忘れの方もおられるかもしれないので……

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「樹、ちょっといい」


「どうしたの?」


 ゴールデンウィークを間近に控えた平日。教室で隣に座っているあかつきが、僕だけに聞こえるように話かけてきた。たぶん、あちらの話だろう。

 ちなみに僕と暁が受けている講義はほぼ一緒、同じ教育学部の遠野ゼミに行こうとしているから必然的にそうなる。


「この前、今年初めてのカインからの隊商(交易隊)がやって来たんだよね。それでようやくみんなが、サクラが生まれたこと知ることが出来たんだけど――」


 サクラが生まれたのは三月の終わり、その頃はまだタルブクとの間の道は深い雪に閉ざされて通れない。電話や郵便がないテラでは、隊商が品物だけでなく色々な情報を運んでくれる貴重な情報源の一つだ。だから、サクラが生まれたという知らせも、タルブクに向かう隊商の人たちに頼んでわざわざ届けてもらった。だって、チャムさんに早く知ってほしかったから。

 もちろんエキムと同じ人格の暁にはサクラが生まれた事を話していたんだけど、それをエキムがタルブクの人たちに話すわけにはいかない。知っていたらおかしいからね。


「チャムさんどう言ってた?」


 チャムさんはエキムの奥さんで四つ年上の従姉妹のお姉さん。カイン出身で小さい頃からよく面倒を見てくれていたんだ。


「ソルの赤ちゃんを見てみたいって。俺も話でしか聞けてないからサクラちゃんに会ってみたい。ということで、今度家族でカインに行こうと思っているんだけど、途中でカァルに会えないかな。チャムが喜ぶと思うんだ」


 チャムさんと会ったのは、去年ユーリルと一緒にタルブクに行った時以来だ。会えるのなら楽しみ。


「カァルは聞いてみないとわからないけど、家族ってあの男の子も?」


 チャムさんと一緒にいた男の子、名前はなんて言ったかな……確かカルシュかカルシェだったと思う。


「カルシュのこと? 中日ちゅうにち(春のお彼岸)に四つになったんだ。結構しっかりしているから旅も大丈夫だと思っているんだけど……まだ無理かな」


 カルシュ君だった。四つか……エキムが結婚したのが確か14才の時だったから、その翌年には生まれたんだ。15才でお父さんになったにしては、暁って落ち着いてないな……っと、こいつのことはどうでもよかった。


「……馬で来るんだよね」


 タルブク⇔カイン間の山道は雪も解けているようで問題なく通れている。タルブクからの隊商もこっちに来たからね。ただ、荷車はまだ無理だ。道の改良がすんでないし、それまでの繋ぎのための特別製の荷車もまだできていない。だから、交易に来るつもりなら馬に荷物を載せて人は歩く必要があるんだけど、そうじゃないなら馬に乗って来るはずだ。


「うん、家族旅行だし俺とチャムの二人で馬に乗って来るよ。ユーリルにはかなわないけど、俺たちも遊牧民だからな」


「それで、チャムさんに二人目は?」


 もし、二人目がお腹の中にいたりすると馬での旅は危なくなる。


「早く欲しいけど、うちの村にはまだ余裕が無くて次の子供はもうちょっと先かな」


 エキムもチャムさんもまだ若いから子供はいくらでも作れると思うけど、余裕がないと食べさせることができない。早くタルブクも裕福になってもらいたい。


 でもまあ、妊娠中でもないならカインに来るのは大丈夫そうだね。


「それじゃ、うちに来る? カァルに聞きたいんでしょ」


 ということで、帰りに暁が寄ることになった。たぶん晩ごはんも食べていくだろうな。







「暁、樹に聞いたよ。今日うちに来るんだって」


「うん、カァルに聞きたいことがあってね」


 今日の講義が終わり、竹下と待ち合わせて駅まで向かう。ちなみに風花は穂乃花さんと一緒にショッピングに向かった。なんでも夏さんに頼まれたらしい。


「ならいつものように晩飯も食っていくんだろ、今日は俺の当番だから手伝えよ」


「ウソ! 竹下が作んの……俺、帰ろうかな」


「ダーメ。貴重な戦力! こき使ってやる!」


 三人で最寄りの駅で降りて、スーパーに向かう。


「それで今日は何を作るの?」


 竹下って東京に来てから料理を作るようになったから、レパートリーってあまり多くないんだよね。


「うーん……今日は、パスタにしようかな」


「へえ、意外と手の凝ったもの作るんだね」


 僕は余計なことは言わない。


「パスタはうちにあったはずだから……これこれ、これを買わなくちゃ」


「って、レトルトじゃん!」


 竹下が手に取ったパスタソースを見て暁が指摘する。


「違うって、温めた後ちゃんと味を付け変えるんだから、俺のオリジナルなの!」


 その結果、どんな味になっても僕は何も言わない。せっかく考えて作ってくれているんだからね。たとえ失敗しても次に生かしてくれたらいいと思うんだ。


 材料を揃え、家に帰ると竹下と暁はまっすぐに台所に向かった。居間に残った僕は、ちょうど散歩から戻ってきたカァルと遊びながら、台所の様子をうかがう。


「まず、何をやるの?」


「パスタをでる!」


「で、パスタは?」


「えーと、樹、パスタどこだっけ?」


 はいはい。


「封を切ってないのはこの引き出しの中。開けてあるのはこの密封容器の中に入っているよ」


「ありがとう。じゃあ、暁、早速茹でて。鍋はそこ。あ、塩も忘れないでね。俺はパスタソースを用意するから」


「塩ね……これか、OK! パスタの量は?」


「三人だからこれくらいかな」


 竹下と家事当番を交代でやると決めた時、聞かれたとき以外は任せることにした。だから、今竹下がどれくらいの量のパスタを暁に示したか知らない。たとえそれが多すぎても少なすぎてもいいと思う。


「カァルには猫缶があるから安心してね」


「ニャ!」


 約30分後。ちゃぶ台の上には、プロフ用の大皿にほんの少しのソースがかかった山盛りのパスタが乗せられた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「竹下です」

「暁です」

「「追加エピソードお読みいただきありがとうございます!」」


「おかしいな……なんであんなにできちゃったのかな」

「パスタの袋に一人当たりの量って書いてなかったの?」

「書いてはあるけど、この前作った時は指示された量じゃ全く足りなかったんだよ。それで今日は大目にしたんだけど……」

「ヤバいよ。パスタソースも頂上部分にしかかかってないから、ほとんど麺だけだよ」

「ぐぬぬ、せめてパスタソースをもう少し買っていたらよかった」

「絶対に残さずに食べるよ! タルブクじゃお腹いっぱい食べられないときもあるんだから」

「わかっている。俺が遊牧民だった頃はそうだったから……でも、味はどうしようか」

「とりあえず、いろんな調味料用意して、きっとおいしく食べられるものがあるはずだよ」

「すぐに持ってくる!」


「というわけで、大量のパスタはちゃんと食べきれたのでしょうか」

「エキムのカイン旅行も気になりますね。次回もお楽しみに!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る