第166話 経験者のお言葉

「「「カンパーイ!」」」


 大学入試共通テストが終わった僕たちは、みんなを呼んで竹下の家に集まっている。

 それは一次試験が終わってお疲れさまと、ルーミンが元気な子供を産んだお祝いをしようとなったからだ。


「海渡君も凪ちゃんも、遠慮なく食べて」


 テーブルの上には、おひげのおじさんがいるお店から買ってきた、たくさんのチキンとポテトそれにジュースにお茶などの飲み物が所狭しと並べられていた。海渡のために年上の僕たち三人が奮発したのだ。


「「はい、いただきます!」」「ニャー!」


「あっ! カァル待って!」


 どさくさに紛れて、チキンにそのまま顔を突っ込む寸前のカァルを引き寄せる。美味しいのがわかるから食べさせてあげたいけど、人間好みの味だから猫にはちょっとどうかと思うんだよね。


「このおやつ大好きでしょう。すぐに開けてあげるから待っていてね」


 だからと言ってカァルだけ何もないのは可哀そうなので、カァルが好きな猫用のおやつを買っていたんだ。そうそうこのおやつ、いろいろと種類があるんだけどカァルが好きなのはやっぱり肉。だから、今日もそれをいつものお皿に出してあげて話を続ける。


「ほんと、よく頑張ってたよ。ルーミンの性格からして、ソルさん助けて―って言うかと思ったら、まったくそんなことなかった。見直しちゃった」


「そんなことができるのならお願いしてますが、結局だれに代わってもらうわけにもいかないですからね。頑張ってやり遂げましたよ。だから、もっと褒めてくれてもいいんですよ」


「うん、えらいえらい。私もお母さんからの話でしか知らないけど、出産は本当に大変だって……ほんとよく頑張ったよね」


「姉ちゃんも赤ちゃんができたらわかるよ。可愛い我が子のためですからね。母は強しですよ」


 出産を済ませたばかりの海渡の言葉には重みがある。


「俺さあ、みんなと違って出産することできないじゃん。やっぱりそんなにつらいものなの?」


 僕はソルの体であと数か月後にはそれを経験するし、風花と凪は地球では女の子だから子供を授かればその機会は訪れる。でも竹下はテラでもユーリルという男の子だから出産を経験することはできない。


「ええ、そうはもう筆舌に尽くしがたいほど……。思い出しました! 竹下先輩に産みの苦しみをお伝えしないといけませんでした。ちょっとそこに立ってくれます?」


「立たせてどうするつもりなの? 嫌な予感しかしないけど……」


 そう言いながら竹下はちゃんと立ってくれるんだよな。


「股間を蹴り上げようかと……」


 その言葉を聞いた途端、そこにいた海渡とカァル以外の全員がチキンを持ったまま『ヒュッ!』っとなった。


「そ、それほど……」


 竹下は慌てて股間をガードした。


「いや、それ以上かと……しかし皆さんダメージを負ってますね。……風花さんも姉ちゃんも経験があるんですか?」


 風花と凪はうんうんとうなずいている。僕もそうだけど、男ならどこかで一度は経験しているだろう。あの苦しみを……


「竹下先輩。せっかく立っておられますから、とりあえず蹴っときますか?」


 海渡が右足で素振りをするのを見て、竹下は股間を押さえたまま慌てて座った。


「止めたげて、見ているこっちがつらいから」


 痛さが想像できるから見るだけでもつらいよ。というか、その素振りの勢いで蹴ったらただでは済まないだろう……


「残念。あっ樹先輩、あれ以上だと思っていたら間違いないですよ。試しに蹴って差しあげましょうか?」


「遠慮します」


 どんだけ蹴りたいんだよ。いらないよそんなの。

 それにしてもあれ以上か……でも、ルーミンは産み終えた後、本当に嬉しそうな顔をしていたから我慢する価値があることなんだろう。




「それで、先輩たちは試験はどうでした?」


 一通り海渡への質問が終わった後、凪が聞いてきた。


「さっき、みんなと自己採点して調べてみたんだけど、足切りも大丈夫みたい」


「おー、さすがは先輩たちです。あとは二次試験を突破するだけですね」


 まあ、それが大変なんだけどね。


「二次試験は文系と理系で違いましたよね、先輩たちはそれぞれで勉強されるんですか?」


「どうする、樹?」


「地球では別々がいいかもだけど、テラでは今まで通りやりたいね」


 参考書を持ち込めないテラでは、みんなと記憶を共有した方が効率が上がる。


「僕たちはお邪魔ですよね……」


「一緒にしていいけど、ルーミンは大丈夫なの?」


 さすがに昨日産み終えたばかりだから、無理をしてはいけない。


「一週間ほどしたら大丈夫だと思うんですよ。それでなくても休んでいましたから、皆さんに早く追いつきたいです」


 海渡は東京で僕たちと一緒に住めるとわかってから、勉強に気合が入っていた。

 ただ、臨月に入ったあとはルーミンの勉強を休ませていたから、落ち着いたらすぐにでも再開したいのだろう。


「それじゃ、一週間たったらいつもの俺の家でな。赤ちゃんを連れてきたらラザルとラミルも喜ぶと思うけど、名前は決まったの?」


「ジャバトが一生懸命考えてますよ」


 地球では生まれる前から男の子なら○○くん、女の子なら○○ちゃんて決める人もいるみたいだけど、生まれてくるまで性別がわからないテラでは、子供の姿を見てお父さんが考えることが多い。ジャバトもそうしたいんだと思う。

 ……リュザールはどうかなあ、聞いてないけどまだのような気がする。


「風花は赤ちゃんの名前考えているの?」


 お、竹下が聞いてくれた。


「まだだよ。会ってから決めるつもりなんだ」


 ほらね。


「ニャー」


 カァルが僕の膝の上に足をかけ、見上げてきた。


「あれ、もう無くなったの。竹下、どうする?」


「いいよ、食べさせて、夕食で調整するから」


 一応買主の許可が出たので、もう一本おやつを開けてあげる。


「そうそう、ユーリルが昨日橋を見に行ったんでしょう。どうだった?」


 ユーリルは昨日起きた後、タルブクへの道に架ける橋の建設現場を見に行っていた。ソルはルーミンのところにずっといたから、詳しく聞くことができなかったんだよね。


「支柱のところの基礎が終わっててさ、雪解け水が流れるまでに橋げた作っちゃうみたいだぜ」


 バーシの職人さんはカインに泊まり込みで働いてくれている。その職人さんたちには三つのグループがあって、バーシとカインの間で入れ替わりながら休みなく仕事をしてくれているんだよね。だから、予定よりも早く完成しそうなのだ。


「荷馬車も進んでいるって言っていたよね」


「冬場は人手が集まるからな。今のところ予定通りみたいだよ」


 冬場は隊商が動かなくなるからリュザールたちが来てくれたり、畑が休みの間は手伝ってくれる人たちもいる。万年人手不足の工房も、この時だけは人をまわす必要が無くなるから、アラルクも思う存分荷馬車を作っているんだと思う。


「今年中にタルブクへの交易に荷馬車が使えるようになるかな」


「橋次第だけど一度は送り出したいよな」


 一度送ってみないと悪いところがわからない。修正する必要があるのなら、交易ができない冬のうちにやっておきたい。


「タルブクとは何を交易するんですか? 名産品に美味しいものがあるといいんですけど」


「カルミルは美味しかったよ。でも、あれは交易に向かないから、銅とかの金属がメインになるかな」


「ただ、重いものはまだ運べないんだよなー」


 そうそう、だから行きも帰りもあまり積めないから色々と工夫が必要になると思う。


「そのー、重いものがだめだとすると、……またタオルばかり織る羽目になりませんか?」


 うん、タオルは良いね。軽いからね。


「期待しているよ。海渡君ルーミン


風花リュザールさん、いけずですー」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「樹です」

「海渡です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「お疲れさまでした!」

「ありがとうございます。無事に生まれてきてくれてホッとしました」

「やっぱりつらかった?」

「つらかったというより、ここで頑張らないといけないとしか思ってなかったですね」

「赤ちゃんのため?」

「あの日からずっと一緒にいますからね。だんだんと大きくなって動き出して……えへへ、なんだか涙が出てきちゃいました」

「お母さんの顔になっているよ」

「あはは、僕は男なのに変ですね」

「僕たちは仕方が無いよ。僕だって海渡と同じ気持ちになっているもの」

「困った時にはすぐに相談してくださいね。経験者ですからなんでも答えてあげますよ」

「ありがとう。助かるよ。それでは次回更新のご案内です」

「次回はテラでのお話ですね。ソルさんたちが相談を始めるようです」

「皆さん次回もお楽しみに―」

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