第164話 収穫祭

 翌日、朝から収穫祭の準備に取り掛かる。

 今年は前もって開催が決まっていたので、あまり慌てることもない。


「ソルさん。もち米の炊け具合はどうですか?」


「うん、いい感じだよ。餡子あんこの準備もできているんでしょう?」


「はい。いまましています」


 とはいえ、当日に作らないといけないものは、こういうふうに準備が必要なのだ。


「ルーミン。お米の突き方どれくらい?」


「半殺しで!」


 物騒な言葉が出たので、手伝ってくれているローランがびっくりしているけど、この言い方は間違っていない。


「ローラン。この木の棒でこのお米を突いてね。お米を全部潰さないで半分残すのを半殺しって言うんだよ」


 ローランたちがここに来てもう半年が経つ。ユーリルの下で仕事をしているけど、素直で物覚えがいいって言っていた。


「ソルさん。これでいいですか」


「うん、もうちょっとかな。それが終わったら、この釜のやつもお願いね」


 ルーミンの屋台ではおはぎを作っている。少なくとも祭りの参加者に一つは食べてもらいたいから、できるだけたくさん作るつもりだ。これで、砂糖と小豆の味を覚えてもらって、栽培を手伝ってもらわないといけないからね。


「お水を持ってきました」


「ありがとう、ジャバト。それはソルさんのところに運んで。そして、その後は私の手伝いをして」


 うんうん、二人とも仲がよくてなによりだ。海渡と唯ちゃんも明日お祭りに一緒に行くって言っていた。少しずつだけど、あちらの方も進んでいるみたい。


「ローラン、突くのはそれくらいでいいよ。それじゃ、私がやるところを見ていて」


 私は、ジャバトから貰った水を二つの器に分け、それぞれに塩を少し溶かす。そして、一つをローランの前に置き、私の前に残ったの器の水に手を付けそのまま釜の中のもち米に手を入れる。


「熱くないですか!」


「熱いよ。でも熱いうちにしないと固まっちゃうからね。ほら、こんなふうに手に塩水を付けたあと、これくらいを丸めてここに置いてね」


 私とローランは、釜の中のもち米をおはぎにちょうどいい大きさにそろえて並べていく。一方、ルーミンとジャバトの方はというと、餡子の方をおはぎ一個分に分けて並べている。


「ソルさん。この黒いものとお米をどうするんですか?」


 ジャバトもうんうんと頷いている。


 黒いもの……あ、そうか。ローランもジャバトも餡子を見たことがなかったんだ。

 私にはおいしそうな餡子に見えるけど、二人には焦げた失敗作に見えているのかもしれない。


「そうでした、まずは味見をしましょう」


 ルーミンも気づいたようで、急遽二人で人数分あんこともち米を合体させ、おはぎを作る。


「黒いもので包むんだ……」


「この黒いものは餡子って言うんだよ。そして餡子でもち米を包んだものはおはぎといいます。はい、出来た! 食べてみて!」


 ジャバトとローランにおはぎを渡す。


 手に取ったおはぎを恐る恐る口に運ぶ二人……


「「!」」


「あ、甘い!」「美味しい!」


 テラには砂糖を使った料理がほとんどないから、甘味と言ったら果物の甘さだ。餡子の甘さは驚くだろう。


 どれどれ、私も味見してみよう。


「!」


「美味しい!」


 こちらの小豆の豆は少し小粒だと思ったけど、味はほとんど変わらない。


「ルーミン。これ……」


「思った以上によくできましたね」


 ルーミンも同じことを思ったようだ。


「制限した方がいいかも」


「……ジャバト。売るときにはおひとり様一個でお願い!」


 そうそう、そうしないとみんなに行き渡らなくなっちゃう。







 時間が来て、去年と同じように父さんが簡単な挨拶をして、今年の収穫祭が始まった。


「いやー、ソル、がんばっているね。これが砂糖を使った料理か、どれどれ……。むっ! 一人一個……。仕方がない、それでは一つもらえるかな」


 父さんはやっぱり一番にここに来たよ。

 ジャバトとローランが黒いものといった時、誰か最初に食べてくれる人が必要だと思ったんだよね。そこで父さんに砂糖を使った新しい料理の宣伝をしてたんだ。きっと、甘いものに目が無い父さんなら、最初に来てくれるはずだから。


「半銅貨一枚になります」


 もう少し細かい単位も必要ということで、この前から半分の価値の銅貨も作るようになった。こういうちょっとした買い物にはちょうどいいよね。


「この黒いものも食べるのかい?」


 父さんは、ジャバトからお皿の上に乗ったおはぎを受け取りながら聞いてきた。


「うん、そのまま。お皿以外は食べられるよ」


 父さんは箸を器用に使い、おはぎを口に持って行く。そしてパクっと食いついた。


「お! これは……」


 あ、父さん! そんなに慌てて食べたら喉を詰めちゃうよ。


「うっ、み、水……」


「は、はい! これ!」


 父さんはジャバトから受け取ったお茶を一気に飲み干した。


「ふー、人心地ひとごこちついた。うまかった! あっという間に無くなってしまったよ。おかわりを……、あ、一人一個か…………。な、なあ、ソル。次はすぐに食べられるんだよね」


 父さんのお口に合って何よりだけど……


「次は……来年の収穫が済んでからじゃないと無理……です」


 ごめんね、父さん。

 今年のテンサイはほとんどを来年の種用にしていて、少ししか砂糖にしていないんだ。小豆も同じような感じだから……。来年になったらたくさんできるはず、少しの間我慢していてね。


「ら、来年……なの? み、みんな、収穫祭は始まったばかりだ。頑張るんだよ……」


 あー、父さんが黄昏たそがれて行ってしまったよ……。







「ジャバト! 私にもちょうだい!」「二人で二個!」「家のばあちゃんに持って行ってあげたいんだが……」


 父さんの様子を見ていた村人が、一気に押し寄せてきた!

 たぶん、食べ損なうと思っているんだろうけど、このままでは危ない。けが人が出ちゃうかも……


「はーい、皆さーん。僕の前に一列に並んでくださいねー。一人一個は食べられるように数は十分用意していますから、慌てなくても大丈夫ですよー」


 お、ジャバトのゆっくりとした言葉でとりあえず一個は食べられるのが伝わったのか、みんなも落ち着いてくれたみたい。


「ふー、危なかったね。ルーミン」


「ええ、助かりました。この体では、皆さんの前で整理すらできませんからね。落ち着いてもらってよかったです」


 いくら私たちが武術をやっていると言ってもこれだけの人に押し寄せられたら、どうなるかわからない。そうなった時には、自分一人の体じゃない私たちは逃げるしか方法が無いと思う。





「見てくださいソルさん。みんな美味しそうに食べています。これで、小豆を作ってくれた人たちも満足してくれますね」


 ジャバトからおはぎを受け取った村人の多くはその場で食べていて、その顔は笑顔に包まれていた。

 小豆を作ってくれた村人も、自分たちが作ったものがこれだけ人気だってわかったら次作る時も張り合いがあるだろう。


 こんなふうに初めての作物を作るときには、みんなに分かる形でその有効性を見せる必要があると思う。お米の時のプロフと一緒だね。


「さあ、ローラン。追加のもち米を炊くよ!」


「はい!」


 まだまだ、村人の列は続いている。

 他の屋台も盛況のようだし、今年の収穫祭もうまくいきそうだぞ。


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あとがきです。

「ソルです」

「ルーミンです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「みんなに行き渡ってよかったよ」

「はい、危ないところでした。今年使えるお砂糖のほとんどを使っちゃいましたが、大丈夫でしたよね……」

「餡子には砂糖たくさん入れないと美味しくないから仕方が無いよ」

「ソルさんにそう言ってもらうと安心します。次に作ることができるのは来年ですか……砂糖の取り合いになりませんかね」

「そうなるかも、サルディンさんに頼んで、シュルトの砂糖を譲ってもらってた方がいいかな」

「先のことまで考えないといけないなんて、ソルさんも大変ですね……」

「私だけじゃ無理だから、みんなにも手伝ってもらうよ」

「もちろん! 任せてください!」

「それでは次回のご案内です。お話の中身はルーミンの話かな」

「私の? なんだろう」

「何だろうって……」


「「皆さん次回もお楽しみに―」」

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