第161話 カァルとカァル

 ユーリルたちがカインを出発して5日後、僕たちは久々に竹下の部屋に集まった。


「聞いてくれよ! カァルが頼んでいた場所に来てくれたんだよ!」


 今日集まった理由はこれだ。竹下はこれを話したいらしくて、みんなに緊急招集をかけたみたい。

 竹下は、ユーリルとエキムたちがタルブクへ向かう山道の山頂付近に着く日をここにいる猫のカァルに伝えていた。昨日ちょうどその場所にカァルが現れたんだって。


「僕も朝から姉ちゃんに聞きました。初めて会ったはずなのに姉ちゃんリムンを知っている風だったって言うから、やっぱりこのカァルと一緒なんでしょうかね」


 カァルはその通りとでもいうかのようにニャーと鳴いて、凪のところまで行って体を擦りつけている。


「夏毛でも、ふかふかで可愛かったー」


 凪はそう言いながら、夏毛の猫のカァルを抱きかかえる。


「他のみんなは怖がらなかった?」


「俺以外は初めてだから、最初はびっくりしていたけど、愛嬌あるからすぐにみんなと打ち解けていたぜ」


 カァルは3年ほどカインで暮らして人間には慣れているし、猫のカァルと一緒だとしたら、お店でおばさまたちを虜にするほどの実力の持ち主だ。

 その力をいかんなく発揮したのだろう。


「カァルがいたのなら、あまり危険なところはなかったんでしょう」


 カァルが普通に出てきたということは、そういうことなんだと思う。


「うん、道中クマもいなかったし、盗賊にも会わなかった。クマは運がよかっただけかもしれないけど、もしかしたら盗賊の方は落ち着いてきているのかもね」


 シュルトの方でも景気は持ち直しつつあるみたいだし、これからは砂糖の交易も始まる。未来があるとわかっているから、盗賊になろうと考える人もいなくなっているのかもしれない。


「それで、カァルは夜までいたんだよね。誰の隣で寝てくれたの?」


 前回はカァルの隣をめぐって、リュザールとユーリルの間で激しい争いが起こった。凪も猫好きだし、ユーリルも黙って譲るとは思えない。


「それがさ、ユルトの中に近寄りもしないんだぜ。暑くなるのがわかってんだな」


 そうそう、そうだった。カァルもカインにいた頃は、夏は涼しいところを見つけて一人で寝ていたんだよね。ソルやテムスが近づいたら怒るんだ、暑いから近寄るなって。


「このカァルはどうなんですか?」


「今は布団には入ってくれないな……。涼しいところ探して、そこで寝ているみたい」


 暑いのはやっぱり苦手なんだ。


「(猫の)カァルが(ユキヒョウの)カァルなのは間違いないっぽいけど、それでこれからどうするの?」


「うーん、(ユキヒョウの)カァルが縄張りの都合でカインに来られないのなら、無理させるわけにはいかないよな。今まで通り縄張りの中で暮らしてもらうしかないかな」


「カァル。それでいい?」


「ニャー」


 カァルは今までと一緒でいいよというように、一声鳴いて凪の膝の上で丸くなっている。


「カァルはこれでいいとして、荷馬車はどうなりそう?」


「短い距離なんだけど、どうしても急なところがあるんだよね。そこは今の荷馬車では厳しいけど、馬の数を増やして重たい荷物を積まなかったらいけそうだから、とりあえずはそうしようかって話しているんだ」


「とりあえず?」


「うん、やっぱり数が運べないとコストがかかって結局下火になるからね。道自体を改良しようと思っている」


 竹下によると急斜面を一気に登る道じゃなくて、斜面に沿って緩やかに登れるような道を作ろうと考えているようだ。

 どんなものかって聞いたら、地球の山道みたいにぐねぐねした道を作るって言っていた。あれって、車だと酔ったりするんだよね。


「でも、簡単にはできないでしょう」


「うん、そこはバーシの人たちにも手伝ってもらおうと思っている。橋も作ってもらわないといけないしね」


 そうだった、シリル川を荷馬車で通るには橋が必要だった。


「橋はいつ頃から作ってもらうようにしているの?」


「バズランさんには手紙を出して今年の秋からってお願いしている。費用は道路の整備費用も含めて、エキムにタルブクでも少し出してもらうように頼んだ。お互い貸し借りない方がいいからね」


 秋からか、ユーリルは雪解けで水量が増えないうちにある程度橋を作ってもらうつもりなんだろう。ただ……


「タルブクで出せるのかな……」


 タルブクのメインの産業は牧畜だ。いくら交易が始まってもすぐに出すことはできないだろう。


「しばらくはうちの工房で立て替えとかないといけないけど、交易が始まってから少しずつ返してもらうよ」


 少しずつなら、チャムさんたちに負担がかかることは無いか。


「わかった。竹下に任せる」


 打ち合わせはこんなところかな。それじゃ、せっかくだからみんなで勉強を始めようかな。


「樹、海渡君にあれ渡さないと」


 おっと、そうだった。東京から帰ったあと直接会う機会が無かったんだ。


「お、何か頂けるんですか?」


「うん、海渡というかルーミンになんだけどね」


 海渡に東京で風花と一緒に買ったお守りを渡す。


ルーミンに? 何だろう」


 海渡はみんなが見守る中、僕から受け取った白い袋を開ける。


「あ、お守り……。安産祈願ですか!」


「うん、風花と一緒に買ったんだ。あっちでは渡せないから海渡に渡しておくね」


 僕が貰って嬉しかったから、海渡も嬉しいんじゃないかと思う。


「うわー、ホント嬉しいです。寝るときに身に付けときたいから、どこがいいだろう……枕の中かな」


 よかった、喜んでくれた。普通なら家族とかから貰うんだろうけど、さすがに海渡に安産祈願を渡そうと思う人なんていないからね。


「そっかー、お守りか。俺は気付かなかった。ごめんな。でも、何かあったら頼ってくれよ」


「お気持ちだけでと言いたいところですが、男ながらに生みの苦しみを味わうことができますからね。竹下先輩にもどれほどが教えて差し上げますよ」


「い、いえ、お気持ちだけで……」


 ははは、竹下に教えるのはその時に考えたらいいよね。


「さて、それじゃ、久々集まったから海渡たちの勉強を見てみようか」


「げっ、せっかくだから、勉強やめてカァルと遊びませんか」


 気持ちはわかるけど、


「いい家を借りられることになったんだ。せっかくなら海渡も一緒に住んで欲しいから、がんばってもらうよ」


「そこには僕も住めるんですね!」


「うん、一戸建てだしカァルも連れていくつもりなんだ」


 海渡には顔を見てから伝えたかったんだよね。だからみんなにお願いしてこれまで黙っていたんだ。


「カァルも……いいなー。私は……」


「凪ちゃんは私と一緒におばあちゃんの家に。樹たちの家のすぐ近くだからカァルにもいつでも会えるよ」


「ほんとですか! いい、海渡。これから気合入れるわよ!」


「えー、これまでも気合入っていましたよー。これ以上は勘弁してくださーい」


 まあ、海渡に余裕があるのは見ていてわかるから、まだまだ大丈夫そうだよね。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「樹です」

「竹下です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「カァル元気だった?」

「うん、元気だった。リムンと一緒に遊んでいたんだけどさ。あいつってガタイがしっかりしているじゃん。カァルが飛び掛かってもびくともしないから喜んで何度も突撃するんだぜ。知らない人が見たら通報されているよな」

「……リムンは大丈夫だったの?」

「たぶん、子猫と遊んでいる感覚じゃなかったのかな。平気そうな顔していたから」

「さすがリムン。凪はこちらではカァルとあまり遊ばないけど、遠慮していたのかな」

「いや、俺らがいないときはお店に遊びに来ているみたいだぜ」

「そういえば、僕たちよりも先に来ていることが多いよね。カァルと遊んでいたんだ」

「そうみたい。だからこれから凪は気合入れて勉強するんじゃないかな。近くに住めるようになるからね」

「ははは、そのためにはまずは僕たちが受かってないといけないよね。頑張らなきゃ。それでは次回のお知らせです」

「テラでのお話ですね。みんなと集まるようです」

「次回もお楽しみにー」

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