第156話 遠野先生と北原先生
「ちょっと君たちいいかな」
「樹、注意して! この人やる!」
このおじさん全体的にもっさりとした感じだけど、確かに隙がない。
「僕たちに何の御用でしょうか?」
万一の時のために僕も風花も逃げ出せる体勢を取っている。もちろんかかってきたら容赦するつもりはない。
「ごめん、ごめん。そんなに警戒しなくていいよ。僕はこういうものなんだ」
その人は僕たちに身分証を差し出してきた。
「遠野さん……大学教授!? 東大の!」
「うん、まあ、ここじゃなくて教育学部のなんだけどね。たまたま用事できてみたら面白いものを見れてよかったよ」
「それで、ご用件は?」
いくら東大の教授とはいえ、安心することはできない。
「うん、君たち武術をやっているでしょう? あの逃げちゃった子のようにうわべだけじゃなく本格的なのをね」
「何のことでしょう?」
その瞬間、教授は僕の間合いまで一瞬で詰め寄ってきた。反射的に距離を取る。
「ほら、普通の子なら反応なんてできないよ。それに、女の子の方は殺気を……隠す気が無いようだね」
教授に片手で制止させられた風花は警戒態勢マックスで、教授を仕留める機会をうかがっている。
「ほら、何もしないから。するつもりなら、さっきやっているからね。少し話を聞かせてもらいたいだけなんだよ」
教授は両手を挙げて降参の構えだ。
……確かに詰め寄られたときに何かやられたら危なかったかもしれない。気を抜いてはなかったんだけど……きっとかなりの腕前なんだと思う。
「僕たちに話すことはありません」
「そう言わずに頼むよ。やっと見つけたんだからさ」
見つけた? 何をだろう……
「遠野ー。いつまでたっても現れないと思っていたら、こんなところで何をやっているんだ。……あー、また生徒を困らせていたんだろう」
もう一人、今度は背が高いおじさんが現れた。
「お、北原! やっと見つけたよ。やはり消えてはなかったんだ。あの噂は本当だったんだよ!」
一体何のことだろう……それよりも、お友達が来たのなら早く解放してもらえないかな。
「見つけたって何を?」
「あれだよ! 失われていた古武術! この子たちはその使い手だよ!」
「ほほう、それは興味があるね」
……あーん、帰してもらえそうないよー。
「どうだ、美味しいだろう!」
僕と風花は、二人のおじさんと一緒に昼食をとっている。
「はい! 思った以上に美味しくてびっくりしています」
最初学食に連れていかれた時は、うどんかラーメンのようなものしかないと思っていたけど、目移りするくらいたくさんのメニューがあった。穂乃花さんに案内されたときは、ここまで来なかったんだよね。
「ここは、一人暮らしの学生のために栄養のバランスを考えた食事を出しているんだよ」
今食べている定食も、肉類だけでなく野菜もふんだんに使われていて健康に気を使っているのがわかる。
「足りなかったら、また頼んだらいいからな。君たちくらいの年齢ならまだまだ食えるだろう」
「そうそう、お金の心配はいらないよ。このおじさんがいくらでも出してくれるから、遠慮なく食べたらいいよ」
「ちょっ! 北原! お前も出せ! どうせ貯め込んでいるんだろう!」
ははは、なんとなくこの二人の関係性が分かった。それに、悪い人たちではないようだ。お腹もすいていたし、遠慮なく食べさせてもらおう。
「いい食べっぷりだったね。惚れ惚れしたよ。ところで、君たちはここに何の用で来ていたのかな?」
みんなで食後のコーヒーを飲んでいるときに北原さんに尋ねられた。ちなみに北原さんも教授で受け持ちは教養学部だそうだ。
「来年ここを受けようと思うのでその下見にきました」
「君たちだけで?」
「後二人いたよな。一人は見たことあるからここの学生じゃないかな」
「はい、姉がこちらに通っていて、案内してもらっていました」
「そのお姉さんは? 近くにいなかったようだけど」
「彼氏と一緒に出ていったんだよな。あれは見ものだったぜ」
まさにその通り。二人に置いて行かれたばかりに、おじさん二人に捕まってしまった。
「ほほー、その話はあとから聞かせてもらうとして、ここの学生ということは教養学部か……お姉さんの名前を聞かせてもらえるかな?」
「立花穂乃花と言います」
「おっ、おー、あの立花君の! 確かに面影があるな。妹さんもここを受けるんだね。そいつは楽しみだ」
「北原が知っているってことはそんなにすごい学生なのか?」
「僕は君と違って、ほとんどの学生のことは知っているけど、確かに彼女は有名だね。確かトップクラスの成績なんじゃないかな」
「ほぉ、俺んとこ来ないかな。じっくり育ててえな」
「いや、理学部志望だからね。君のところには行かないよ」
「ちぇ。なあ、お前たち。来年ここを受けるんだろう。どっちか教育学部志望の奴はいねえか?」
僕は手を挙げる。
「まじか! お前俺んとこのゼミに来いよな。もう約束だからな……って名前を聞いてねえ」
僕と風花は名前を告げる。
「二人とも立花で、兄弟でも親戚でも無くて、それに恋人同士だろ」
恋人とかは話していない。
「見りゃわかるよ。俺が樹君を試したときの風花君の表情を見ればね。さて、ちょっと聞かせてもらえるかな。君たちの武術について……」
お昼をたくさん食べさせてもらった代わりではないけど、悪い人ではないようだったので当たり障りのない範囲で話すことにした。
「ふむ、誰から教わったかは教えられないか。いいね、いいね! ワクワクするよ!」
教えようにも、テラのバーシに住んでいたおじいさんから、リュザールが受け継いだとか言っても信じてもらえないだろう。
「僕たちが探していた武術というのが、江戸時代に
たぶん武研のことだ。少なくとも僕たちが指導した部員二十数名は使うことができる。
「いやー、穂乃花君に連れられていった男の子の動きがまさに伝承通り! 思わず目を疑ったよ。それに君たち、とくに風花君の
「ほんとなのかい」
「ああ、間違いない。九幻流は相手を無力化してから確実に仕留める武術。たぶん彼女はそれを一切
「それは危ないんじゃないのかな」
「そう、だからだ。最初は話を聞くだけのつもりだったけど、この子たちの動きを見て決めた。俺はこの子たちを正しく導いてあげたい。どうか、俺に君たちを指導させてくれ!」
僕たちが東京に住んでいないことを伝える。
「そうか、それでは是非この大学に受かってもらわないといけないね。楽しみに待っているよ」
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「変なおじさんに捕まってしまってました」
「俺たちがいない間にこんなことになっていたとは……」
「ところで竹下たちはどこに行っていたの?」
「い、言えない……」
「僕たちがこんな目に遭っていたのに?」
「こんな目って、腹いっぱい食べさせてもらって、自分たちで進んで話していたじゃないか!」
「うん、まあね。悪い人ではなかったし、風花も警戒解いていたからね」
「風花が片手で動きを止められてんだろう。初めてじゃないかな」
「たぶん。遠野先生がテラの盗賊じゃなくてよかったよ」
「テラか……手を繋いで寝たら、誰かと繋がるかもよ」
「見た目からすると父さんたちと同じくらいの年齢かな……父さんなら嫌だな」
「や、止めとこう。さて、次回のご案内です」
「内容はこのお話の続きになります」
「それでは次回もお楽しみに―」
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