第155話 こんな人本当にいるんだ……
翌朝僕たちは、穂乃花さんの案内で駅に向かって歩いている。
「ばあちゃん、感心してたぞ。揃いも揃って朝6時に起きて来るんだからな」
いつものように僕たちは朝日とともに目が覚めた。ただ、あまりにも早く起きると迷惑になると思って、竹下と相談して6時を待って出ていったのだ。だって、こっちの日の出は地元よりも早いんだもん。いつもより30分くらい早く目が覚めたよ。
その後は風花も含めた三人でこのあたりを散歩した。だから、今歩いている道はすでに攻略済みなのだ。
「ここからなら剛が受ける受験会場までは地下鉄で行けるんだが、乗り換えない方がいいよな」
「乗り換えなしでお願いします!」
約一名、このパーティメンバーの中に乗り換えに慣れてない者がいる。そいつに合わせてあげないと、三人で一緒の大学に行くというクエストを攻略することはできない。
ちなみに竹下が受ける予定の理系の二次試験は東大の本郷キャンパスで行われる。いわゆる赤門と呼ばれる有名な入り口があるところで、東大の代名詞と言っていい場所だ。
「わかった。少し歩くことになるけど、カインに比べたら大したことねえ。それじゃ行くぜ」
うんうん、カインでは歩くのが当たり前だからね、歩く距離が多少伸びても大丈夫。乗り間違えて全く違う場所に行くよりは、はるかにましだよね。
おばあさんの家から今日乗る地下鉄の駅までは歩いて5分ほど、電車自体も日中は2~3分おきに来るらしくて、僕たちの町みたいに乗り過ごしたら一時間後という心配はないみたい。
「目的地まで駅3つの距離だ」
ホームで穂乃花さんから聞かされる。
東京で駅3つならそこまで遠くないのかな。地元の駅3つはかなり遠くまで行っちゃうけどね。
「そうだ、駅と大学の間に神社があるからそこに寄ろうぜ」
穂乃花さんによるとその神社は天神様を祀っているらしい。天神様と言えば学問の神様だ、せっかくならお願いしておこう。竹下が地下鉄を乗り間違えませんようにって……
最寄りの駅の到着後、大学に行く途中にある湯島天満宮に立ち寄る。歴史のある神社らしく雰囲気からしてご利益がありそうだ。
みんなで湯島の天神様に、受験で実力を出せるようにお願いをして本郷のキャンパスに向かって歩く。
「穂乃花さんはこのキャンパスに通っているんですか?」
「いや、あたいは2年生だから、ここには来年から通うことになるな」
そうか、僕たちが来年入っても2年間は教養学部だ。3年になって専門学部に移ったとしてもその時には穂乃花さんは卒業している。穂乃花さんが大学院に行かない限り、一緒に通うことはできないんだ。
「大学院か……まあ先のことは分からないが、家はすぐ側だからいつでも遊べるぜ!」
その後本郷のキャンパス内を見学し、僕たちは文系の試験が行われる駒場のキャンパスまで向うことにした。
「えーと、乗り換えは?」
「無しでお願いします!」
ということなので、来るときに降りた駅まで戻って、改めて地下鉄に乗る。
「ここから渋谷まで行って、そこからまた歩きだな」
地下鉄を渋谷で下りた僕たちは出口を探し、大学まで向かった。
というもの、電車を降りたあと穂乃花さんが『お前たち、だいぶん慣れただろう。ここから先はあたいを連れて行ってくれ』と言って教えてくれなかったのだ。
だから、みんなで駅の構内図を調べて出口を探したり、スマホの地図アプリを見てキャンパスの場所を確認したりして、何とか穂乃花さんを目的地まで連れていくことができた。
「うんうん、お前たちだけでここに来れそうだな。それじゃ、中を案内するからついて来い」
試験が行われる棟の配置やトイレの場所なんかを聞いて、駒場のキャンパスを出ようとしたときに声を掛けられた。
「た、立花さん! 僕の気持ちにどうして応えてくれないんですか!」
そこにはまじめで勉強はできるかもしれないけど、いろんな経験がまったく足りてないよねって感じの青年が立っていた。
「お姉ちゃんの知り合い?」
「まあな、夏休みだから会わねえと思ったんだけどな」
「その子たちは何ですか! この僕がいるのに男なんか連れて!」
あちゃー、ほんとにこんな人がいるんだ。ドラマの中だけかと思った。
「おめえとあたいとは何の関係もないだろう。それにこいつはあたいの彼氏だからな、一緒にいるのが当たり前だ!」
そう言って、穂乃花さんは竹下と腕を組み、体を寄せている。
「き、きっと騙されているんだ! 僕が目を覚まさせてあげる! この日のために武道も習ってきたんだからね」
ほぉー武道を、ってほんとに習ってんのかな。正直隙だらけなんだけど……
『きえぇー』
と、奇声を上げて竹下に突っ込んでいっているけど、当然触ることすらできない。
「逃げるな!」
と、何度も突っかかっていっているけど、無駄だよね。
「こうなったら!」
あらら、カバンを振り回し始めたよ。周りに人も集まって来たし、その人たちに当たったら大変だ。
「穂乃花さん?」
「ケガさせないように頼む」
竹下は穂乃花さんに確認して、相手に対峙する。
少し残念なお兄さんは、カバンを振り回して竹下に突進するも、いつものようにコロンと転がされる。
「ちょっと足がもつれただけだ!」
そう言って立ち上がり、さらに向かって行こうとするのを穂乃花さんが止めた。
「おめえじゃ、剛には一生かなわねえよ。わかんねえのか!」
「僕の気を引こうとちょっと腕の立つ男を連れているだけだろう。わかっているんだから!」
これは何を言っても無駄じゃないだろうか。
「ああ、もうしょうがねえな。剛!」
そう言って穂乃花さんは竹下を引き寄せ。みんなの前でキスをした。それも濃厚なやつを……
「あたいと剛は切っても切れねえ仲だからな。おめえが入り込む余地なんて最初からねえんだよ!」
穂乃花さんはじっくりとキスを見せつけた後、そのお兄さんにとどめの一言を放った。
『うわぁぁぁぁぁぁぁ』
あーあ、残念なお兄さんは泣きながら走って行っちゃったよ……
「あ、ヤバい!」
僕は慌てて竹下の頭にゲンコツを落とす。
何でかって? だって、興奮してこの場で穂乃花さんを押し倒しそうだったから。さすがにこの場所ではまずい。
「いてて、あ、ありがとう、樹」
落ち着いてくれてよかった。警察沙汰はごめんだからね。
「すまねえな、変な奴に絡まれちまってよ」
「いえ、みんな怪我がなくてよかったです」
相手が刃物を振り回さなくてよかったよ。その時はさすがに腕を折るくらいことはしないといけなくなるからね。
「それじゃ、案内はここまでだ。二人とも家には帰れるだろう。あたいたちには急に用事ができたからよ」
そう言って、僕たちにウインクをした穂乃花さんは、竹下を連れて行ってしまった……
「置いて行かれちゃったね」
「うん。お姉ちゃんにもゲンコツが必要だったみたい……」
「ちょっと君たちいいかな」
振り向くと髭を生やした中年のおじさんが、僕たちの方に歩いてきている。
もしかして、騒いだの怒られるのかな。
ほ、穂乃花さん戻って来てー!
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「びっくりしたね。絵にかいたような変な人だったよ」
「あの人武道ほんとにやっていたのかな。動きがダメダメで手加減するのに苦労したんだけど」
「いいとこのお坊ちゃんで、周りからチヤホヤされてたんじゃないかな。自分の実力を全く分かってなかったようだし」
「樹もなかなか辛辣だな。それでお前たちの方は大丈夫なのか?」
「さあ、わからないけど、二人に置いてかれちゃったから僕たちで何とかやるよ」
「ごめんな。穂乃花さんが離してくれなくて……」
「お熱いことで、それでは次回のご案内です」
「髭のおじさんの正体は!」
「「それでは次回もお楽しみに―」」
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