第154話 井戸端での報告

 僕の隣をピッタリと寄り添うように並んで歩く風花と一緒に、前を歩く竹下と穂乃花さんの後を付いていく。


「風花はこのあたりのことは詳しいの?」


「おばあちゃんの家の周りくらいかな。住んでいたのは小さい頃だしね」


「どこに向かっているのか、わかる?」


「だいたいね。樹も知っていると思うよ」


 どこだろう。教えてはくれないようだ。


 一方通行の道を抜け大きな道路に出る。そのまままっすぐ進むとテレビで見慣れた門が出てきた。


「あ、雷門!」


 いつもテレビで見ている大きな提灯がぶら下がり、その前では何組かの観光客が写真を撮っていた。


「大きい……」


「昼間は人が多くてうんざりするんだけど、この時間はだいぶん少ねえからよ。……あ! いけねえ、ちょっと急いで付いて来てくれ」


 急に穂乃花さんが走り出した。目的地はここではないようだ。


「どうしたんですか?」


「展望台が夜8時で閉まるんだ」


 へぇー、展望台なんてあるんだ。


「風花、知っていた?」


 風花は首を横に振っているから、初めて行くみたい。


 穂乃花さんに連れられて、雷門向かいの建物の中に入る。


「おっちゃん、まだ大丈夫か?」


「まだ大丈夫だけど、もうすぐ閉まるから急いで行っといで!」


 ギリギリ間に合ったみたい。


 四人でエレベーターに乗り8階まで登る。

 目的の階に到着し通路を抜けたそこには、街の灯とともに夜の暗闇に浮かぶ浅草寺と仲見世通りが一望できた。


「うわ、すごい!」


「樹、樹! ほら、こっちもすごいぜ!」


 竹下が指さす右手の方には


「スカイツリーだ!」


 こちらもライトアップされていて、夜空に浮かび上がって見える。


「どうだ、すげえだろう! あたいのお気に入りなんだ」




 閉館の時間まで展望テラスからの夜景を眺め、みんなで夜の浅草寺に向かう。


「綺麗……」


 仲見世通りを抜け大きな門をくぐった先で、風花はうっとりした目でお寺を見つめている。月明かりに星明りはそれはそれできれいなんだけど、ライトアップされた建物はなんか特別な感じだよね。

 ふふ、でも風花、言葉に出しているのも気づいてないんじゃないかな。


「電気が煌々こうこうと灯っていると文明の差を改めて思い知らされるよ」


 竹下の言う通りテラでは夜に明かりが必要な時には、室内では油で火を灯して外では松明を焚いている。テラでは木も大切に使わないといけないから、松明もよほどのことが無いとつかわない。

 だから月が出ていない夜は本当に真っ暗なのだ。


「仕方が無いよ。僕たちだけでやれることには限りがあるから、できることからやっていかないとね」


「そうだな。ようやくみんなと話し合えるようになったんだもんな。急いでもいいことなんてないよな」


 そうそう、みんなが争わないで済むようにしていきたいからね。カインだけが裕福にないように気を付けないといけない。


「ほら、お前たちそんなところで話してないで、早くお参りして帰るぞ! ばあちゃん待っているからな」


 そうだった。僕たちが帰らないと夏さんも休むことができない。

 僕たちは急いでお参りを済ませ、夏さんと水樹さんが待つ家へと戻った。








 東の山から太陽が昇り、すでにカインにも痛いくらいの光が降り注いでいる。きっと、お昼にはかなりの温度になるんじゃないだろうか。


「おはようございます、ソルさん。今日も暑くなりそうですよ。嫌になっちゃいます」


 家の外でリュザールを待っていると、隣の家から出てきたルーミンが、私を見つけこちらの方までやって来た。


「おはよう、ルーミン。体の方はどう? 暑さにやられてない?」


「そうですね……もう、つわりもほとんどないですからね、大丈夫ですよ」


 ルーミンのお腹周りも少しふっくらしてきた。つわりも収まってきたのなら、そろそろ安定期に入るんだろう。


「おはよう。ルーミン」


「おはようございます。リュザールさん」


「それじゃ、行こうか」


 私たち三人は井戸に向かって歩いていく。


「……。なんか今日はいつもに増して、お二人べたべたしていますけど、東京で何かありました?」


 今日のリュザールは目が覚めてからずっとこんな感じだ。私の側から離れようとしない。だから、顔を洗いに井戸に向かうときも一緒行くって聞かなかったのだ。


「ま、まあね」


「さては、竹下先輩と穂乃花さんの熱々ぶりにほだされちゃいましたか」


「おはよう。俺はまだ熱々できてない……」


 井戸のところでラザルとラミルを連れたユーリルも合流してくる。


「おはようございます。変ですね……それでは何でしょうか?」


「おはようユーリル。ラザルとラミルもおはよう。今日も元気そうだね」


 この前までつかまり立ちしていたかと思ったら、もう歩き始めているんだよね。


 お、二人ともユーリルの手を外して、ぽてぽてとこちらの方に歩いて来た。


「あーうー」


「なあに、お姉ちゃんのお腹に興味があるの?」


 ラザルとラミルの二人は、しゃがみこんだ私のお腹の辺りをポンポンと優しくなでてくれる……


「あれ? ……そうなんですか!」


「まだ、わからないよ。遅れているだけかもしれないし……」


 私とリュザールがラザルとラミルを抱き上げると、ユーリルはそれを見て顔を洗い始める。


「むむ、カァルがいてくれたらわかるのかもしれませんが、樹先輩は東京。この子たちがソルさんのお腹を触っていましたが、同じようにわかるんですかね」


「ねえ、ラザル。何かわかったの?」


「うー」


 ラザルは何も言わず、私の口元を触っている。


「二人を見てくれてありがとう。この子たちがわかっているかどうかわからないけど、ソルは無理しないようにね」


 リュザールから下におろされたラミルは、ユーリルの方に向かってぽてぽてと歩いていく。それを見たラザルも私におろせとせがむので、同じようにしてあげる。

 二人のぽてぽてと歩いていく姿を見るとなんだか愛おしくなる。


「そうだよ、いつもボクが近くにいれないからね。気を付けてね」


 あはは、朝からリュザールがずっと近くにいたのは私を心配してくれていたんだ。


「二人ともありがとう。まだ妊娠しているかわからないけど、無理はしないよ」


 馬に乗っての旅行とかは控えないといけないだろうけど、普通に生活して織物部屋での仕事をする分には全く問題はない。


「織物部屋では私たちに任せてもらえばいいですからね。お二人は心配せずにしっかりと働いてくださいね」


「ルーミン、頼むね」


「任せてくださいリュザールさん!」


 うわ、これはみんなに話が広がっちゃうなー。今日は仕事どころではないかも……うーん、仕方がないか。


 私のことはともかく心配なのは穂乃花さんだ。


「ところで、ユーリル。パルフィには言ったの?」


「いや、話してない」


 ユーリルはラザルとラミルの顔をタオルで拭いてあげながら、話を続ける。


「言ったら悩むと思うんだよね。穂乃花さんが大丈夫と言うのならそれを信じて様子を見てみたいんだ」


 そうだよね。パルフィの気持ちも考えないといけないし、穂乃花さんの気持ちも考えないといけない。同じ人格とはいえ違う人間なのだから。


「もしかして、穂乃花さんとパルフィさんが繋がりかけているんですか?」


「うん、穂乃花さんはこちらのことを夢で見ているみたい」


「僕(海渡)の時はどちらも同じ現実ということに混乱しちゃって、先輩たちにお願いしましたけど、そんなことは無いんですかね」


「穂乃花さんは大丈夫だって、パルフィが求めない限りは繋げなくてもいいって言われているんだ」


「穂乃花さんが無理してないのならいいんですが、かといってユーリルさんの言う通りパルフィさんに聞くのは難しいですよね」


 うーん、悩ましい。


「わかりました。私がリムンに仕事中に気がけるように伝えておきます。もしかしたら何か変化があるかもしれませんし」


 この件はリムンたちに任せよう。


「そういえば、そろそろじゃないですかテムスが戻って来るの?」


 父さんたちがコルカに行ってもうそろそろ二週間か……セムトおじさんの隊商と一緒に行動して、だいたいコルカに5日、戻るのに4日かかるから……。


「うーん、今日か明日か明後日かな」


 テムスは一年の鍛冶の修行を終えてカインに戻って来る。ただ、帰りは父さんとジュト兄がコルカに薬師の仕事で行くのに合わせて帰って来るから、その日程を考えたらいい。


「ソルさんたちから聞いていますが、たくましくなっているんですよね。楽しみです。せっかくなので腕にぷらーんて、ぶら下がらせてもらいましょう」


「そんなのリムンに頼めばいいじゃん」


「リムンだとドキドキしませんからねー。って、ユーリルさんどうしました。ラザルとラミルが心配していますよ」


 ユーリルは井戸に手を付きがっくりとうなだれている……


「親孝行しなよ」


「あー、ファームさんが来るんでしたね。頑張ってくださいね」


「誰か代わってくれよー」


 さてと、ユーリルのことはほっといて、あとは今日の織物部屋だ……いっそのこと開き直って奥様方に色々と聞こうかな。


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あとがきです。

「樹です」

「穂乃花だぜ」

「「いつも読んでくれてありがとな」」


「穂乃花さんはよく展望台に登るんですか?」

「たまにな。食後の腹ごなしにいい距離だしな」

「風花は来たことなかったようですけど、最近できたんですか?」

「いや、もう10年ぐらい前からあるぜ」

「10年……風花って夏さんのところにあまり帰らなかったのかな……」

「いや、ばあちゃんところには毎年来ているけど、風花ってこういうのにあまり興味ないんだよなー。今回も樹がいなかったら来なかったはずだぜ。もうご飯食べたから家にいるって言ってな」

「なんか、そう言いそうな気がする……」

「ははは、愛されてんな」

「うう、恥ずかしい」

「さて、次回更新の案内だぜ」

「大学の見学に向かいます。竹下、地下鉄に乗れるのかな……」

「わかんねえときは置いて行こうぜ」

「穂乃花さんって結構スパルタ!?」

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