第152話 風花のおじさん

「本当に悪かった。何とか許してもらえんだろうか。なあ、風花からもとりなしてくれんか」


 居間に通された僕の前で、おばあちゃんは謝ってくれている。


「これは、おばあちゃんが悪い。知っていたお姉ちゃんも同罪。樹が怒るは当たり前!」


 僕はもう悪ふざけで病気の振りをしないのなら別にかまわないんだけど、どちらかというと風花の方が怒っているんだよね。


 風花は台所で穂乃花さんから事情を聞いて、おばあちゃんが病気の振りをしているのを知った。慌てて僕たちに知らせようとしたら、穂乃花さんからそこで足止めされたことに腹を立てているみたい。


「もうしないから、許してくれ。穂乃花と風花の婿殿が来ると聞いて、嬉しくて思わずいたずらしただけじゃ。悪気はなかった」


「悪気はなくても、心配はしたんだからね。もう二度としないでよ!」


 風花リュザールは目の前で隊商の頭を殺されているから、身近な人の死や危険に対してものすごく敏感になっている。

 いくら悪ふざけでも、気持ちのいいものではないのだろう。


「悪かった。もうしない。約束する!」


 そういうと、おばあちゃんは僕と風花に頭を下げた……んだけど、風花の方に向いて頭を下げた時にちらっと見えたのは、舌だよね……


「お義母さん、顔をあげてください。風花ももういいでしょう。樹君、ほんとにごめんなさいね。いたずらはお義母さんの生きがいなのよ」


 やっぱりあの舌はそういう意味なんだ……これは注意が必要だぞ!


「僕は体を大事にしてもらえたらいいので、もうあんないたずらをやめてもらったら構わないです。風花もそろそろ許してあげてね」


「さすがは風花の婿殿だ! 話が分かる!」


「もう! おばあちゃん、本当に心配させないでよね」


「それじゃ、改めて紹介をするわね。こちらがお義母さんの立花夏。年齢は……」


「水樹さん、そんなことはいいじゃろ。それでこちらが穂乃花の婿の竹下剛で、こちらが立花樹じゃな。二人ともいい面構えじゃ。これからよろしく頼むぞ! それとお願いがあるんじゃが、男の子におばあちゃんと言われるのはくるものがある。夏と呼んでもらえんじゃろうか……」


 夏さんか。まあ、一癖も二癖もありそうだけど、楽しそうなおばあちゃんでよかった。


「それじゃ、私はご近所さんにお土産渡してきますね。早速で悪いけど竹下君と樹君、手伝ってくれるかしら」





 僕と竹下は両手にお土産の袋を抱え、水樹さんについていく。


「このお土産、全部配るんですか?」


 ざっと見ても20個以上はある。いくらご近所さんとはいえ、これだけの量は多いんじゃないかと思う。


「そうよ、このお菓子みんな喜ぶのよ」


 水樹さんによると、この辺りの人たちに夏さんがお世話になっているらしく、来た時にはいつもお土産を持って行っているみたい。


 ……東京の下町ってこんな感じなのかな。この辺り一帯は古い家が立ち並んでいるから、昔から住んでいる人が多くて普段からの付き合いがあるんだろうな。


「皆さん仲がいいんですね」


「そうなのよ。ずっと昔から大家と店子は親子も同然と言って、家族ぐるみの付き合いをしているみたいね」


 大家? 店子? ん!


「もしかして、夏さんってこのあたりを貸しているんですか?」


「そう。今から行くところはお義母さんが貸している人たちね。とはいってもこの辺りだけよ」


 ここに来た時に白い塀の中かと勘違いしたけど、あながち間違っていなかった。反対側の一区画全部が夏さんの持ち物だった。

 それもすべてが平家の和風住宅で、ここだけがタイムスリップしたかのような感じになっている。都心の一等地、この辺り一帯の所有者が同じじゃないと、こんなことは無理だろう。





 水樹さんは慣れた様子でお土産を配っていく。受け取る人たち誰もが水樹さんのことを前から知っているようだ。


「水樹さんは高校の頃はお母さんと一緒だったんでしょう。どうしてここの人たちと仲がいいんですか?」


「ああ、それはね。旦那と結婚してしばらくの間は、ここの一軒を借りて暮らしていたのよ」


 なるほど、それで誰もが娘が帰ってきたような感じで迎えているんだ。


「なんだかいい感じだね」


「うん、みんなの距離感が近い気がするよ」


 なんだかテラに似ているかも。


「もし、東大に受かったらこんなところに住みたいよな」


「そんな都合よくいかないよ。こんないいところ誰も出ていきたくないはずだもん」





 お土産を配り終わりおばあさんの家に戻ると、風花たちは三人で料理を作っていた。


「お義母さん、戻りました」


「ご苦労様。すまんが水樹さん。手が離せんので二人を部屋に案内してやってくれんか。いつもの客間じゃ」


「はい、お義母さん」


 僕と竹下は、今日泊まる部屋に案内してもらった。平家とはいえ部屋の数は多く、僕たちが泊まるのは問題ないようだった。


「二人はここに泊まってね。せっかくなら竹下君は穂乃花と樹君は風花と一緒にしてあげたいんだけど、さすがにそういうわけにはいかないから気を悪くしないでね」


「た、竹下と一緒で十分です」


 竹下もブンブンと顔を縦に振っている。


「あ、トイレは部屋を出て右奥ね……ふふ、明日大学の見学に行くんでしょ。二人ともうまくやりなさいよ」


 そういうと、水樹さんは出ていってしまった……


「ははは、うまくやりなさいだって」


「樹、相談があるんだけど……」


 はいはい、協力しますよ。






 その日の夜の夕食には、風花のお父さん春二さんのお兄さんの秋一さんも一緒に加わった。


「いやね、穂乃花と風花の彼氏が来るって言うじゃないか。そりゃー見ないといけないよね」


 秋一さんは春二さんによく似ているけど、話しやすい感じがする。風花のお父さんの春二さんは、技術者だからちょっと硬い印象があるんだよね。


「二人とも、うちのことは聞いた?」


 食事も終わり、みんなで果物を頂いているときに秋一さんが聞いてきた。


「水樹さんからお聞きしました、この辺の家を貸していると」


 急な事だったので、僕が何のことを聞かれているのかわからないでいると、竹下が答えてくれた。


「うん、それ。樹君はそれを聞いてどう思った」


「え、あ……はい、街並みを守るのにご苦労されているんじゃないかと思いました」


 木造の古い住宅を維持するのは大変だと思う。台風や地震といった災害はもちろん、きっとビルやマンションを建てませんかと言った話もたくさん来ているじゃないだろうか。


「母さん、予想外の答えが返ってきたよ。この子たちは何者なの?」


「どうじゃ、凄いじゃろ! ワシもいたずらしたら本気で叱られての、まさかこの年で土下座させられるとは思って無かったわい」


 僕と竹下は慌てて首を横に振る。


「あはは、わかっているよ。母さんにからかわれたんだろう。いやーお金に目がくらむかと思ったらそんなことは無かったね」


 お金か……そんなことは思いもしなかった。それがテラのためになるのなら話は別だけど、持っていくことはできないし、持っていけても紙幣は燃やす以外に使い道がない。あ、5円玉と10円玉なら持って行ってもいいかな銅貨に替えられるかも。


「それで秋一。この子らに、今度空く角の家を貸そうかと思うんじゃがどうじゃろう?」


「いいんじゃない。二人とも穂乃花と同じ大学に行くんだよね。僕としても母さんの近くにしっかりした子がいてくれたら安心だよ」


「家を貸してもらえるんですか?」


 この辺りの雰囲気は申し分ない。慣れない都会暮らしもきっと楽しいものになるだろう。


「今年の年末にそこの角の家の人が出ていくんだよね。その後耐震補強工事をして、来年の3月に貸し出す予定だったんだ。入ってくれる人が決まっていたらこちらも助かるからね。ただ、条件があるよ。この辺りはお年寄りが多いんだ。その人たちと仲良くすること。身寄りもない人もいるからね、寂しがり屋の人も多いんだよ」


 それくらい問題ない。テラでは村中の人と家族ぐるみの付き合いだ。

 僕と竹下は来年の受験に受かったら是非住みたいと伝えた。


「帰ったらご両親にも話しておいてね」


 うちも竹下のところも僕たちが一緒の部屋に住む予定なのは知っている。もう住む場所が決まったって言ったらびっくりするとは思うけどね。


 その後、話を聞いたら耐震補強工事は秋一さんの会社でやるらしい。

 竹下はテラでの地震のことを気にしていたから、秋一さんにどうやって補強するのかいろいろと尋ねていた。


「あはは、そんなに興味があるのなら、大学に入ったらうちの会社にバイトにおいでよいろいろ教えてあげるよ」


 もしかしたら、テラでも早いうちに地震に強い建物を作ることができるようになるかも。


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あとがきです。

「樹です」

「竹下です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「大学に受かったらいい家を貸してもらえそうだよ」

「うん、それはよかったけど、ずっと気になっていることがあるんだ。このお話ではさ一階建ての建物のことを平家って言っているじゃない。普通は平屋っていうんじゃないの?」

「一般的にはそうみたいだけど、なんでも、作者さんが仕事柄平家と書かないといけないらしくて、混同しないように統一しているらしいよ」

「ふーん、なんだか大変だな。まあ、俺たちにはどうでもいいことだな。それで次のお話は何なの?」

「穂乃花さんの部屋に集まって話をします」

「ということは、例のことが明らかになる……のかな」

「さあ、どうでしょう。それでは……せーの!」

「「次回もお楽しみに―!」」

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