第145話 カインに戻りました

 翌日、朝からコルカの鍛冶工房に向かい、テムスの仕事ぶりを見学した私たちはいちの様子を見た後、予定より早かったけどコルカを出発することにした。


 その時、どこから聞き付けたのか村長むらおさのシドさんがやって来て


「お二人の結婚式は楽しみですからな、この辺りの村に早馬を出しましたよ。急な話ですから間に合わない者もいるかもしれませんが、その時はご容赦ください。それでは、道中お気をつけて……」


 と、見送りまで来てくれた。







「これは、いったい何人来ることになるのか見ものだね」


「なんか大事になっちゃったね。まあ、これで村長さんたちと一度に話ができるから丁度いいよ」


「本当に私は結婚式だけ気にしていたらいいの?」


「うん、ソルもリュザールも主役なんだからね。結婚式だけしっかりやってくれたらいいよ」


 それならば、気分は楽だ。結婚式だけ終わらせたらいいからね……


 あれ、何か気になることがあったような気がするけど、まあいいか、大事な事なら思い出すだろう。


 しかし、これからが大変だ。

 私たちのためにたくさんの人が来てくれるかもしれない。海渡たちに頼んでカインでも準備を始めて欲しいけど、知らないはずのことを知っていたらおかしいんだよね。目立たないところでお願いして、私たちはできるだけ早く帰って、本格的な準備を始めよう。


 さあ、急いで帰るぞ!







 四日後の午後、カインに到着。父さんに挨拶して、正式に結婚式の日取りを決める。他に結婚する子がいなかったからすんなりと決まった。ただ……


「そうか、村長たちが集まるんだね。これは私も気を引き締めないといけないな」


 なぜか父さんも気合が入っているご様子。


「詳しいことはあとからユーリルに聞いてね」


 村長さんたちのことは父さんとユーリルに任せて、私は織物部屋へと急ぐ。




「みんな、ただいまー。長い間留守にしてごめんね」


「ソル! 大丈夫だった? 怖いことなかった?」


「うん、みんなもいてくれたし。途中カァルも来てくれたからね」


「えっ! カァルが戻ってきたの? どこに?」


 昔からカインに住んでいる子たちは、カァルを探して辺りを見回している。カァルのことはほとんどの村の人が知っているから仕方がないか。


「ここにはいないよ。タルブクまでの道がカァルの縄張りだったみたいで、その間付いて来てくれたんだ」


 竹下の家で猫のカァルを飼っていることは内緒だ。


「なんだぁ、あのモフモフにまた会えるのかと思っていたのに残念。でも、元気にしているのね。よかった」


 あの頃からカァルは人気者だったからなー。


「それで、何か変わったことなかった」


「それがあるのよ! よく聞いてね、ルーミンが妊娠したの!」


「へえー、痛っ!」


 隣にいたルーミンからつねられた……あっ!


「そ、そうなんだ。知らなかったよ。ルーミンおめでとう! 体の方は大丈夫?」


「はい、ありがとうございます、ソルさん。おかげさまで今のところ順調です」


 そうだった。ここを出発する前はルーミンの妊娠はまだ知らないことだった。危なかった。


「ルーミンのことは私たちもついているから、安心してていいわ。それよりもソル。あなたの結婚式はいつになったの?」


「6日後になりました。皆さんよろしくお願いします」


「6日後ね。それでいつもの感じで良いのかしら」


「それが……」


 奥様方に、他の村の村長さんたちたちが見えそうだということを伝える。


「へえ、そんなことがあるのね。さすがはソル。わかった、私たちに任せなさい!」


 良かった。奥様方のご協力も得られそうだ。


「ソル、いる?」


 あれ、リュザール。隊商の人たちのところに行っていたと思うんだけど……


「どうしたの?」


「アラルクが家を案内してくれるって」


「行く!」


 そうだ、結婚した後にリュザールと一緒に住む家ができているんだ。






「隊商の人たちへの挨拶は済んだの?」


 私たちは、アラルクの案内で新居に向かっている。


「セムトさんたちがまだ帰ってなかったから、タルブクに一緒に行ってくれた人たちだけに挨拶してきた」


「そうだ、エキムはどうだったの?」


 エキムとリュザールの隊商の人たちは、私たちが発った翌日にシュルトの町を出発したはずだ。


「うん、タルブクまで無事送り届けたって言っていたよ」


「よかった。あとでお礼言っとかなくちゃ」


「そうだね。結構儲かったらしいから逆にお礼言われるかもね」


 喜んでもらえたのならそれでいい。


「あ、見えてきた」


 ルーミンとジャバトの家の隣に作られた私たちの家は、外見は他の家と変わらないけど、中は違うはずだ。たぶん……


「えっと、アラルク」


「ふふふ、気になるよね。まあ、まずは中に入って」


 アラルクにうながされてドアを開けると、ルーミンの家と同じように玄関があった。


「よかったー」


 玄関から先はフローリングになっていて、素足で歩くことができるようになっている。


 靴を脱いで上がろうとしたら、あることに気が付いた。


「あ、スリッパが欲しいかも」


「ああ、その『すりっぱ』ってやつは、ルーミンが靴屋のおじさんに頼んでいたよ」


 おっと、思わず日本語で話してしまったけど、ルーミンがすでに使い始めていたようだ。靴屋のおじさんか、私もあとからお願いに行こう。




 家の中はルーミンたちの家と同じで、各部屋に扉が付いていた。ただ一つ違うところが……


「ねえ、アラルク。ここだけ違うんだけど何かあるの?」


 板張りの居間の中央に、長方形の形で板が敷いてあった。なんか動きそう。


「ああ、これはルーミンから言われて作ったんだよ。開けてみる?」


 やっぱり、開けれるんだ。


 板を開けるとその下にはレンガで作られた穴があった。

 覗き込んでみると、深さもちょうど足の長さぐらいで、中央はさらに掘られて何かが入れられるようになっていた。


 これってもしかして、


炬燵こたつ?」


「よくわかったね、ルーミンもそう言っていた。それにしても『こたつ』って有名なの? 俺初めて聞いたよ」


「いや、ルーミンとこんなのできたらいいねって話していたんだ。覚えていてくれたんだね」


 ルーミンここでも日本語で伝えているんだ。うっかり喋れないよ。


「使い方わかる? ここに炭を入れて、上に台を置いて、さらに布団を掛けるんだって、暖かそうだよね」


 これでテラでの冬も快適に過ごせそうだ。こたつ好きの海渡らしい、助かった。

 あれ、でも……


「ルーミンの家にはなかったよね」


「そうなんだよ、冬が来る前に作るように頼まれているんだ。もう俺、家を建てるの専門にやろうかな。荷馬車を作る暇が無いよ……」


 最近は家を作ってもらうことが多いからね。でも、これからタルブクまで行ける荷馬車を開発するはずだから、荷馬車の製作も忙しくなるはずだ。今度働きに来る人がいたら、アラルクのところを勧めてみよう。


「ありがとう、アラルク。住むのが楽しみだよ。ねえ、リュザール」


「うん、ありがとう。何かお礼がしたいけど……」


「いいって、気にし……」


「あ、リュザール! みんなで魚を食べよう!」


「え、魚があるの!」


 シュルトから持ち帰った魚の燻製があった。お腹いっぱいというわけにはいかないけど、おかずの一品になるくらいはある。工房のみんなに振舞ってあげよう。






 早速ルーミンを呼び、寮の台所で調理に取り掛かる。


「ほお、聞いてはいましたがほんとに燻製になっているんですね」


「珍しいでしょ。味も美味しかったよ」


「でも、これならソルさんたちの結婚式の時に、村長さんたちに振舞ってもよかったのではないですか?」


「うーん、あと一週間近くもつのかわからないんだよね。水分が完全に抜けているわけじゃないようだし」


 市にいたおじさんはいつまでも持つって言っていたけど、正直ここまで持ったのは奇跡じゃないかと思う。


「そうなんですね。せっかくの珍しいものをダメにするのはもったいない。それではみんなで美味しくいただきましょう。それでどう調理します?」


「半分をあぶってみんなでつまめるようにして、半分はプロフに入れよう。そしたら全員が食べられるから」


「わかりました。それで、リュザールさんは?」


「いま、他の食材を集めに行っている」


「それならお腹いっぱい食べられそうですね。早速料理をはじめましょうか」


 ありがとう、ルーミン。ほんと助かるよ。

 結婚式まであまり時間が無いけど、みんなに少しでもお返しができたらいいな。


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あとがきです。

「ソルです」

「ルーミンです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「掘りこたつってよく思いついたね」

「テラでは暖炉を使って部屋を温めていますけど、こっちの家って隙間があってなかなか温まらないじゃないですか。それに私たちって、台所と行ったり来たりで足元が冷えるでしょう。これがあったらいいんじゃないかと思ってですね」

「うん、冬もこれで助かりそうだよ。ありがとう、ルーミン」

「いえいえ、どういたしまして。まさかアラルクさんが作れるとは思って無かったんですけどね。うまくできて本当によかったです」

「……失敗したらどうするつもりだったのかな」

「あはは、居間の真ん中に大きな穴の開いたお部屋ができるところでした」

「ルーミン!」

「最悪ユーリルさんが何とかしてくれると思っていたんですが、アラルクさんの技術があがっていてびっくりですね」

「もういいよ。冬場が楽しみなのは変わりないから。それでは次回更新のご案内です」

「次回はソルさんとリュザールさんの結婚式がいよいよ始まります!」

「そ、そうなんだ。うまくできるかな」

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