第123話 心強い用心棒
朝の食事を済ませ、ユルトをたたみ出発の準備をする。
「あれ、カァルは?」
私が焚火の後始末をしているときに、馬に荷物を括り付けていたユーリルがやってきた。
「さっきどこかに行っちゃったよ」
「え! 行っちゃたの! 戻って来るんだよね……」
「わからないよ」
カァルはもう野生に帰っている。その行動を私たちが決めることはできない。
「せっかく地球でユキヒョウのことをいっぱい調べてきたのにー。こんなことなら夜にもっと触っておけばよかった」
ただでさえ昨日の夜は、ユーリルが触りまくるからカァルが怒りださないか心配したのに、あれ以上構われていたらそれこそ逃げ出しちゃうよ。
「ねえ、ソル。もう出発できるけど、どうするの?」
私たちの様子を見ていたリュザールが聞いてきたけど
「もちろんすぐに出発するよ」
と答え、少し待っていようよ、というユーリルの意見は聞かずに予定通り出発した。
私たちの隊は、川沿いの山道を歩く。山道と言っても馬が通れないほど険しくはないし、春から秋にかけては隊商も行き来することがあるので、踏み固められた坂道を歩いている感じだ。
ただ、ここから先がだんだんと
「ああーん、カァルふわふわだったよー。もっとモフっておけばよかった」
さっきからずっとこれだ。はっきり言ってうっとうしい。
「ユーリル! いい加減にしないとそのく「あれ? カァル!」」
途中で言葉を遮られた私は、ユーリルが指さす方を眺める。
ほんとだ、カァルだ。戻ってきたのかな。
「あ、みんな落ち着いて」
いきなり山からユキヒョウが下りてきたものだから、馬の中には驚いて騒ぎ始めるものが出てきた。慌ててユーリルと隊商の人たちがなだめにかかる。
その騒ぎの中、一旦止まった隊列の間を擦りぬけ、カァルは私が引いている馬の前までやってきた。そして、ユキヒョウと馬の二頭はまるで挨拶しているかのように、互いに鼻を突き合わせる。
そうか、この子もカァルのことは覚えていたんだ。カァルも昨日は私とずっと一緒にいたから、ようやく再会の挨拶をしているってとこかな。
「ソル。カァルが戻って来てくれたね。ずっと付いて来てくれるのかな」
馬の相手をユーリルに任せ、リュザールがこちらにやってきた。
「さあ、どうだろう」
リュザールにはそう言ったけど、カァルは私を見上げ、さあ行こうという表情をしているから、付いて来てくれるつもりのようだ。
新しい仲間が合流した私たちの隊は、さらに山道を進む。
「やっぱり雪が残っているね。靴を新しく作ってもらえて助かったよ」
隊商もまだこの道を使うことが少ないから、道には溶けかけの雪がそのまま残っていて、普段使っている靴では危ないところだった。
この旅を計画したときにセムトおじさんに相談したら、この時期に山を越えるのなら凍傷には注意するように言われていたのだ。
そこで、収穫祭の出店で毛皮を付けた靴を売っていた村のおじさんにお願いして、新しい靴を全員分作ってもらった。その靴もユーリルが履きやすいように地球の技術を教えてあげたので、足首が温かいだけでなく、たとえ雪の中を歩いても靴の中が濡れないようになっている。
「ソルさん。この靴は凄いですね。特にこの足首を縛れるようになっているのはいい。足が冷えるのを防いでくれる。これならここから先もかなり楽に進めますよ」
ベテランの隊商の人たちも絶賛するように、この靴はヒット商品になると思う。
作ってくれた村人に、今度の冬が来るまでに、できるだけたくさん作ってくださいとお願いしたとリュザールが言っていたから、ここからまた新しい産業が生まれるかもしれない。
「ほんとカァルって、雪道を物ともしないで進んでいくね」
「うん、昔から雪が降ったら喜んで走るどころか飛び回っていたよ」
さらに標高が高くなり、足元の道には雪が深めに残っているところも出てきた。そんなところでも、カァルは冷たいそぶりは見せず、私たちの前を悠々と歩いている。
「地球でいろいろと調べたって言ったじゃん。そこに肉球の周りにも毛が生えているってあったから、さっき休憩の時に見せてもらったんだよね。そしたら本当に生えていて感動しちゃった」
休憩中にユーリルがカァルのところで何をやっているのかと思ったら、足を見せてもらっていたんだ。カァルも、もうあきらめてユーリルの好きにさせている感じがするな。
新しい隊員となったカァルだけど、ずっと付いて来ているわけではなく、時折隊を離れて、山の方に登ったり、谷を下ったりしている。
見張りに行ってくれているのか、用を足しに行っているのか、餌を取りに行っているのかはわからないけど、しばらくするとまた同じように隊に戻って来るからユーリルもいちいち騒がなくなった。
「もしかしたら、このあたりはカァルの縄張りなのかもしれないね」
ユーリルによると、ユキヒョウの縄張りはかなり広いらしく、ちょうど私たちがそこを通りかかったから、付いて来てくれているのかもということだった。
「ソルのために、案内をしてくれているのかもしれないよ」
確かにこの辺りにはクマがいると聞いている。特に今の時期は、冬眠から覚めたクマがうろついていてもおかしくはない。カァルはもしかしたらその警戒をしてくれているのかもしれない。
「リュザール。今日はこのあたりにしようか」
夕方頃ベテラン隊員から言われた場所は、山道の途中にある広場だ。これまで通ってきた道もお昼過ぎには川から離れ、山頂の方へ向かって進んでいる。
みんなで野営の準備をして、早めにユルトに入る。
春になっているとはいえ、さすがにこの標高になると夜はかなり寒い。ユルトの中では毛布にくるまり、みんなで身を寄せ合って眠るんだけど、私たちのユルトには心強い味方がいる。
「ユーリルは昨日カァルの隣だったんだから、今日はボクが隣に寝るからね」
「ちょっと待って、さすがに今日はカァルの隣じゃないと凍えちゃうよー」
などと、人気者のカァルの隣を取り合っている。
え、私? カァルは私の相棒だから隣に眠れるのは当たり前じゃないかな。
「ほら、この毛布使っていいから」
「そんなあ、毛布なんていらないからモフモフさせてよー」
結局今日のカァルの隣はリュザールになったようで、カァルをはさんだ向こう側にリュザールが寝転がった。
「よろしくね、カァル。そしてソル」
よく考えたら、リュザールとこんなに近くで寝るのって、マルトの町で手を繋いで寝た以来じゃないだろうか。
「へえ、ほんとにカァルって温かい」
「で、でしょ。家にいるときも、冬はテムスと一緒にカァルに抱き着いて寝ていたんだよ」
ドキドキしているのを悟られないようにしないと……
「そうなんだ、じゃあ、ボクも抱き着いてみよう」
そう言うとリュザールは、カァルにそっと手をのせ撫でてあげている。
そうだよね。いくらカァルが大きくなったからと言って、もう大人の体格のリュザールが抱き着いたら嫌がられちゃうよ。
するとカァルを撫でていたリュザールの手が私の方まで伸びてきた。
「!」
どうしよう。声が出ちゃいそう……
「あんな、お前たち。こんなところで始めんなよ」
ユーリルが竹下口調で言ってきた。
「ガウ!」
「ほら、カァルだってやめとけって」
「へへ、ソルが緊張しているのがわかったから、つい」
もしかしてからかわれた!
「ひどい、リュザール!」
「ごめんごめん。でも暖かくなったでしょ。おやすみ」
確かに体というか顔が真っ赤になっているのがわかる。
まだドキドキしているけど、このドキドキが収まったら隣で寝ているカァルの温かさも心地いいから、きっと眠ってしまうだろう……
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あとがきです。
「ユーリルです」
「ソルです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「ねえ、ソルちょっと聞いていい?」
「何?」
「カァルの子供の頃ってどんな感じだったの?」
「うんとね、はっきり言って大変だった」
「どんなふうに大変だったの?」
「小さなころは元気で可愛かったんだけど、体が大きくなってきても元気さは変わらなくて、すぐに飛び掛かってきて……、私は何とかなったけど、テムスなんて体重が軽かったから一緒に転げまわっていたよ」
「それって、傍から見たら……」
「たぶん子供が襲われていると見えたかもね」
「よく大丈夫だったね」
「みんな知っていたからね。カァルはいい子だって」
「くぅ、羨ましい。俺も一緒に転げまわりたい!」
「今のカァルに飛び掛かられたらつぶれちゃうよ」
「「それでは、次回もお楽しみに―」」
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