第122話 白い獣


「カァル!」


 美しい白い毛皮、見覚えのあるヒョウ柄の模様、そして私を見るときには、いつも揺らしていたふさふさのシッポ。別れた時よりも成長しているから、小さかった頃の面影はないけど、あの白い獣は間違いない。しばらくの間、私たち家族と一緒に暮らしていたユキヒョウのカァルだ!


 カァルは私の声に応えるかのように、川から出ている石をうまく使い、向こう岸からこちらへとやってくる。


 別れてから四年半、立派な大人になったカァルは、一回り大きくなって顔立ちも精悍で、山の王者と呼ぶにふさわしい姿になっていた。


「カァル、元気だった。覚えていてくれたんだね」


 カァルは立ち上がった私の足元まで来ると、体を擦り付け見上げながら


「ニャオォン」


 と以前に比べて少し低くなった声で鳴いた。


「カァル!」


 やっぱりカァルだ! 嬉しくなって思わず抱き着いてしまった。

 私も成長してはずだけど、カァルもやっぱり大きくなっているな。以前より抱きかかえた感じが違う。

 私はそのままカァルの首元に顔をうずめ、ふわふわのお腹に手を回す。


 へへ、相変わらずモコモコだ。


「その子がカァルなんだ」


 リュザールは私がカァルと再会している間、静かに見守ってくれていた。


「うん、そう。私の相棒! カァル、この人は私の大事な人でリュザールというんだ。よろしくね」


 私の抱擁から解放されたカァルは、リュザールを見上げ、さっきと同じようにリュザール足元に自分の体を擦りつけた。


「よろしくだって」


「触ってもいいかな」


「大丈夫だよ」


 私とリュザールはカァルを一緒に撫でてあげる。


 二人と一匹の間に静かな時間が過ぎていく…………


「ユキヒョウ!」


 そうだ、こいつがいたんだった……





 焚火のところで隊商の人たちと話していたユーリルが、こちらへ走ってやってきた。それにしてもよくわかったな。焚火の場所から少し離れたところにいたんだけど。


「グルルルル!」


 近づいてきたユーリルに対して、カァルが立ち上がって威嚇する。


「ねえ、ソル。この子が前に言っていたユキヒョウなの。お願いだからさ落ち着くように言ってよ、これじゃ近づけないよぉ」


 うわ、ユーリルのやつ、念願のユキヒョウを間近に見られたにも関わらず、近づけないから半泣きになっているよ。


「そんな顔して走ってくるから」


「だって、念願のユキヒョウだよ。居ても立っても居られないよ」


「いじめない?」


「いじめないよ」


「カァルの嫌がることしない?」


「絶対しない!」


「わかった。カァル、この人は私の親友のユーリル。カァルも仲良くしてくれないかな」


 カァルは威嚇を止め、私の側で座ってくれた。


 ありがとうカァル。


「もう、触っても大丈夫?」


「優しくね」


 ユーリルは恐る恐るカァルに触れる。


「フワフワ!」


「まだ、冬毛だからね」


「それに暖かい! ああ、俺もう幸せ。ユキヒョウを触れるなんて。動物園じゃ見ることしかできないから、テラと繋がって本当によかったよ」


 ユーリルは、カァルの毛並みやふさふさの尻尾をじっくり見ながら触っている。


「写真で見たやつと同じだ、尻尾も大きい!」


 カァルも黙ってさせているな、尻尾は嫌がるかと思ったけど。


「お腹のところはもっとモフモフだ」


 そう言って、ユーリルがカァルのお腹に手を伸ばしたら


「ガゥ!」


 ほら、怒られた。


「ご、ごめん。許して」


 あれ、さっきはお腹を触らせてくれたような気がするけど……


 そっと、カァルのふわふわの冬毛に包まれたお腹に手を伸ばす。


 カァルはそのまま受け入れてくれた。やっぱりふわふわの長い毛が心地いい。


「ソルだと違うんだ……」


「ユーリル、そろそろ」


 ユーリルがカァルに手を伸ばそうとしたところで、リュザールが声をかけた。


「あ、ごめん。ソルも久しぶりだったのに邪魔しちゃって」


 二人は気を利かせてくれて、河原に私とカァルを残しみんなのところに戻っていった。





 それから私はカァルにたくさん話しかけた。

 別れてからのこと、仲間ができたこと、みんなのために頑張ろうと思ったこと、大切な人ができたことなど、日が落ちるまでずっと。

 カァルは隣にいて時折こちらの方を見る。ただそこにいて聞いてくれているだけ……





「ソル、そろそろ火のところにおいで、寒くなるよ」


 暗くなりかけたころ、リュザールが呼びに来た……


「もう、お別れだね。カァル元気でね」


 私は最初の別れの時、涙を出さないために口から出すことができなかった言葉を、今度は言うことができた。


 私は立ち上がり、カァルの方は見ずにみんなのところへと向かう。

 だって、目を合わせてしまったら、やっぱり泣いてしまいそうだったから……


 リュザールは私に寄り添い、ちらちらとこちらの様子を見て来る。


 何だろう。私が泣いたら励ましてくれるつもりなのかな。

 ……でも、あまりにも見て来るので聞いてみた。


「どうしたの?」


「カァル、付いて来ているよ」


 慌てて横を見ると、カァルは当たり前のように私の隣を歩いている。そして、みんながいる焚火のところまで行くと


「ニャオン」


 と鳴いた。





「これがあのカァルか、大きくなったな」


 今回付いてきてくれた隊商の人たちはベテランなので、昔からの顔なじみも多い。だから私がカァルを飼っていたことを全員が知っていた。

 カァルもこの人たちのことは覚えていたようで、触られても威嚇することなく好きにさせていた。


「威嚇されたのは俺だけなんだ……」


 ユーリルは気を落としていたけど、あの時はいきなり知らない人が走ってきたんだから、どんな動物でも警戒すると思うよ。





 翌朝、朝食を作るためにユルトから出ると、カァルが昔と同じように付いて来てくれた。


「おはよう。カァル」


 結局カァルは帰ることなく一緒にいる。夜も私たちのユルトの中まで付いて来た。


 だから昨夜のユルトでは私の隣のカァルがいて、その隣はユーリル、そしてリュザールが並んで寝たのだ。4人が入れるユルトでちょうどよかった。カァルも大きいから大人一人分くらい場所とるんだよね。


 それはともかく、ユキヒョウと一緒に眠ることになったユーリルの興奮度合いと言ったら、ほんとやばかった……。カァルが怒って噛みつくんじゃないかって冷や冷やしたよ。


 それに、私が眠るまでカァルを眺めていたからようだから、興奮して眠れてないんじゃないかって心配したけど、翌朝、朝一で連絡が来たから眠れはしたようだ。


「今すぐに寝たい! 今から寝たらあっという間に朝にならないだろうか、あー夜が待ち遠しい!」


 まだ、朝日が昇ったばかりだからな。まずは学校に行って帰ってからそのあといくらでも寝てくれ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「樹です」

「竹下です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「冷や冷やしたよ……」

「何が? それよりもユキヒョウ! カァル! モフモフだった!」

「よく噛みつかれなかったね」

「え、危なかったの? 一応遠慮していたんだけど……」

「あれで?」

「う、うん、迷惑だったのかな。嫌われてないよね……」

「諦めていた感じだったから大丈夫だと思うけど、それよりもよく眠れたね。あんなに興奮していたのに」

「カァルに抱き着いて寝るわけにはいかないじゃん。だからギュッとしたらどんな感じだろうって想像してたら、こちらで朝になってた」

「僕はとうとう竹下とユーリルの繋がりが切れるんじゃないかって心配してたよ」

「ごめん、ごめん。それだけは嫌だからね。ラザルとラミルに会えなくなるしね」

「それを聞いて安心した。それでは次回更新のご案内です」

「しばらくの間、旅の話が続きます」

「皆さん次回もお楽しみに―」

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