第121話 懐かしい再会

「ねえ、リュザール。もう、山越えできるんだよね」


 テンサイ用の畑の準備もでき、タルブクへの出発を明日に控えた午後。旅の準備をしているリュザールに確認してみた。


「上の方にはまだ雪は残っているけど、もう吹雪くことは無いと思うから大丈夫だよ」


 地球の地図によるとカインからタルブクまで向かうには、途中で3000メートル級の山を越える必要がある。タルブク自体も2000メートルくらいの標高の場所にあるので、冬の時期には通ることができなくなるのだ。


「準備をお願いしちゃってごめんね」


「平気平気。ボクたちは旅慣れているからね。ソルは着る物だけ用意してくれたらいいよ」


 タルブクへ行く道は、傾斜のある山の中を進むから今の荷馬車じゃ使えない。だから、馬に荷物を積めるだけ積んで、人は歩くことになる。


 そして、途中に村と呼べるほどの集落も存在しないので、コルカに行くときのように隊商宿を利用することはできない。だから、夜は数人が寝泊まりできる簡易的なユルト(テント)を建てて寝ることになる。


 リュザールによると、そのタルブクまでは15日ほどかかるというから、その間の食料を準備しておく必要があるらしい。その食料も、当然日持ちするものが中心となるので、たぶん限られた料理しか作れないと思う。せっかく付いて来てくれる隊商の人たちに、美味しい料理を食べさせてやりたいけど、仕方がない、ある物で我慢してもらうしかない。






 翌日の朝早く、カインの村を東へと進んだ私たちの隊は、薬草畑に向かう道を左に曲がり、シリル川の方へと進む。


「山を越えるのは初めて、緊張する」


「俺もそうだよ。リュザールは何度かあるんでしょう」


 つい先日ラザルとラミルがおしゃべりするようになったんだけど、それから間もなくユーリルは、自分のことを俺というようになった。その方が親父の威厳がどうとか言っていたけど、まずは表面を繕うあたりは、ユーリルらしいと言えばユーリルらしい。


「ボクもタルブクに行ったの2回くらいしかないよ。でも、隊商の人たちはベテランぞろいだから安心して」


 今回の旅には、私、リュザール、ユーリルのほかに隊商から経験豊富な隊員が6人も付いて来てくれている。結果として総勢9名に馬12頭のなかなかの大所帯になったけど、慣れない山道を進むのにこれほど心強いものはない。




「川を渡るけど、まだ水が冷たいから気を付けてね」


 タルブクへと向かうシリル川のこの場所には、まだ橋をかけていない。この先の道は傾斜があって荷馬車が使えないから必要ないと思っていたけど、カインに人が増えてきたら、ここに橋をかけて、この先に広がる丘も開拓してもいいかもしれない。カインより標高も高いから、テンサイを植えてもよさそうだ。


「今日はどこまで進むの?」


「山に入ってしばらく進んだところかな。明日からが大変だから、無理せず早めに休もうってことになっているよ」


 そうなんだ、明日からが大変なんだ。





「リュザール、今日はここにしよう」


 私たちの隊はこれまで川沿いの道を歩いてきた。話によると、山頂近くまではこの川沿いの道を進むようだ。そしてこの場所は川沿いの平地、いわゆる河原だ。私たちはベテランの隊員の言葉に従い、荷解きを始める。


 太陽は沈みかけているけど、この明るさなら夕方の4時にもなっていないと思う。隊商の人たちならまだ進めるのかもしれないけど、明日から山も険しくなるし、歩き慣れない私たちのために早めに休んでくれたのだと思う。


「ふー、疲れた。最近は馬に乗っての移動が多いから足がパンパンだよ」


「私も、近頃は山に薬草を採りに行かないからなまっちゃってる」


「二人ともお疲れ様。ボクらでユルトを作っておくから、二人で馬たちをお願いね」


 リュザールたち隊商の人たちでユルトを設置してくれるようだ。私とユーリルは、荷物を下ろして身軽になった馬たちを休ませるために川辺に連れて行った。


 リュザールたちが設営しているユルトは全部で3つ。このユルトは遊牧民が数か月寝泊りするような大掛かりなユルトとは違って、隊商が野営するときに使うものだ。サイズが小さいので設置は簡単だけど、使えるのは多くて4人。

 だから、今回の場合は私以外の男性8人が2つのユルトに分かれ、女性の私が1つのユルトを使うというのが本来の分け方になる。でも、さすがに治安が怪しいところに一人で寝るのは不安なので、リュザールとユーリルにお願いして三人一緒のユルトにしてもらった。


「俺たち三人が同じユルトに泊まるって、よくタリュフさん許してくれたね」


「リュザールと二人ならさすがにまだダメだけど、ユーリルがいるならいいだろうって言われた」


「なんで?」


「お前とユーリルなら、どんな状況であっても間違いは起こらないから心配してないんだって」


「ふーん、信頼されているのかな。でも、夜になると豹変してソルのこと襲っちゃうかもよ」


「ちなみにユーリルって私に欲情することってあるの?」


「スルーなのね。……思い返してみても一度もないな。いつも樹と話している感じだからかな。ちなみにソルは俺を見てドキドキすることってあるの?」


「ない」


「……即答しなくてもいいじゃん」


 ユーリル……竹下とは、生まれて間もなくからの付き合いだから、お互いそう言う感情とは別の対象になってしまっているのかもしれないな。


「ソル! ユルト完成したよ。食事の準備をするから手伝って!」


 馬の世話をユーリルに任せ、リュザールと一緒に少し早めの食事の準備に取り掛かる。






「さすがソルさんの料理は違った! この隊に参加できて光栄です!」


 食事が終わり、以前コルカに行ったときにもいた隊員の人はそう言ってくれたけど、この料理はリュザールと一緒に作ったのだからリュザールも褒めて欲しい。


「話に聞いておりましたがこれほどとは、あの時の隊に参加できず悔しい思いをしていました」


 そう言われるのは嬉しいんだけど……。


「いつもこんな料理を食べられるといいんですけど、高望みしてはいけませんね」


 もうそろそろやめて、そうしないと……


「ボクが作った料理なんて……。みんなこれまでいやいや食べていたんだ……」


 ほらぁ、リュザールがすねちゃったじゃない。


「ソル、なんとかしてあげて」


 ユーリルに言われるまでもなく、何とかするつもりだ。こうなったリュザールは早く励ましてあげないと何かと面倒くさいんだよね。




 リュザールと二人その場を離れ、河原へと向かう。ちょうどいい大きさの石があったので、二人で座り……


「みんなああ言うけど、リュザールの料理美味しいって言っているよ」


「そうかな。ボクも一緒に作ったのにソルばかり褒められていた」


「それは、いつもいない私がいたからお世辞を言っただけだよ」


「……」


「この前、風花が作ってくれたケーキも美味しかったから、みんな喜んでくれたでしょ」


「うん、みんな残さず食べてくれた」


「ねえ、料理だってお菓子だって美味しいんだから自信もって」


「うん?」


 ふう、リュザールがようやく顔を上げてくれたけど、なぜ疑問符?


「あれ、なんだか様子がおかしい」


 リュザールはそう言って辺りを見渡す。

 確かにユルトの近くに繋いでいる馬たちも何か落ち着かない様子だ。何かいるのだろうか……


「ねえ、ソル。あれって」


 リュザールが指さした川の向こう岸には、夕日を浴び、白い毛皮をオレンジ色に染め上げた美しい獣が立っていた。


「カァル!」


 そう、間違いない。この子は私の相棒のカァルだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「リュザールです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「カァルがいたよ!」

「カァルって?」

「私の相棒!」

「もう少し説明してもらわないとよくわからないよ。お願いできる?」

「ごめん、ここではだめだって」

「それじゃ次回のお話で分かるのかな」

「そうみたい」

「それなら次回を楽しみにするとして、前回のあとがきの最後に、ユーリルが自分は相棒じゃないのかって言っていたけど、どうなの?」

「え、ユーリルは親友だよ」

「じゃあ、ボクは?」

「リュザールは大切な人……」

「「……」」

「はい、お前たち。まだダメだからね」

「「あ、ユーリル」」

「親友か。俺もソルもリュザールも親友だって思っているからな。それじゃ次回更新のお知らせです」

「もう勘のいいひとはわかっているかもしれないけど、私の相棒のカァルの正体がわかります。というか、以前のお話に少し出ていますしね」

「「「次回もお楽しみに―」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る