第124話 またね、私の相棒
翌朝も早くから出発した私たちは、引き続き雪がまだ残る道を歩いている。
今日の予定は山道を500メートルぐらい登り、そのあとは尾根伝いにしばらく進むらしい。
「ソル、昨日はよく眠れた」
「おかげさまでぐっすりと眠れました」
地球ではあのあと風花と会って話しているけど、ぐっすり眠れたかどうかはこちらでの睡眠の質にかかっている。
昨日のこちらでの夜は、リュザールからドキドキはさせられたけど、懐かしいカァルの気配を隣に感じながら眠ることができた。ここ数日の慣れない歩きに疲れた体も相まって、深く安らかなものであったのは間違いない。
「さすがにあんな近くで親友同士が始めちゃったら、俺も平静ではいられないからね、冷や冷やしたよ」
始めません!
「ごめんごめん、ソルの反応が可愛くてさ。この旅の間は何もしないから安心して」
この旅の間か……カインに戻ったら、私とリュザールは結婚式を挙げることになっている。つまりそう言うことなんだと思う。
「……今日もカァルは付いて来てくれるみたいだね」
リュザールのいう通り、今日もカァルは私たちと一緒にいてくれている。それもご機嫌なようで、大きな尻尾を振り振りしながら、私たちの前を歩いている。
カァルはどこまで付いて来てくれるのかなあ……
「ねえ、ユーリル。昨日このあたりはカァルの縄張りかもと言っていたでしょ。ユキヒョウの縄張りってどれくらいの広さなの?」
「いろいろと調べたんだけど、よくわからないんだよね。あんまり広すぎると繁殖の時期にお相手さんを探せないから、どこかに限界があると思うんだけど……」
あまり広くてもカァルも縄張りを回り切れないはずだよね。ん、そういえば、
「ユキヒョウたちって、縄張りをどうやって区別しているの?」
「マーキングって言って、石や木に匂いや印を付けて主張するみたいだよ」
なるほど、それで時折隊を離れて石に体をこすりつけていたんだ。何やっているんだろうって思っていたら、自分の居場所をほかのユキヒョウに知らせていたのね。
「それじゃ、そのマーキングが頻繁になってきたら、カァルの縄張りの端の方なのかもしれないね」
リュザールのいう通り、縄張りの端っこの方は他のユキヒョウのエリアと被るから、匂いをたくさんつけておかないといけないのかもしれない。
逆に繁殖の時期になると、その匂いを目当てにメスのユキヒョウを探すのだろう。
「ちょっと待って! 止まって!」
しばらく山道を歩いていると、リュザールが隊に停止を命じた。それと同時に私の隣ではカァルも威嚇の声を上げ始めた。
何かがいるんだと思うけど、辺りを見渡してもどこにいるのかがわからない。
「リュザール、どうしたの? 何かいるの?」
「ソル、あれ見て」
リュザールが指さす方を見ると、黒いものが動いているのが見える。
あ! あれはクマだ!
「どうするの?」
「こっちに来るようだと悪いけど死んでもらわないといけない。でも殺したくないから、このまま立ち去ってほしいんだけど……」
普通ならクマと戦おうだなんて思わないだろうけど、逃げられる可能性が100パーセントじゃない限り、戦って勝つつもりでいないと死んでしまうこともある。
「はい、これ」
私はユーリルからボウガンを受け取り、いつでも矢を放てる状態で構える。ボウガンではクマを倒すことはできないけど、
隊商の人たちも戦う準備を整え、その時に備える。
一方クマは、すぐ動ける体勢のまま、私たちの方をずっと見ているようだ。こちらの様子を伺い、襲い掛かるタイミングを計っているのかもしれない。
すると、ずっと低い声で唸っていたカァルが歩き出し、私たちの隊の正面に立ってクマと対峙した。
もしかして、私たちのことを守ってくれるつもりなのかなあ。ありがとうカァル。
クマとカァルとのにらみ合いが続く……
どれくらい時間が過ぎたかわからないが、永遠に続くかと思われた時間は突然終わりを告げた。クマが視線をそらし山へと戻っていったのだ。
「ふう、助かったぁ」
安堵の声が広がり、私はカァルに飛びつく。
「ありがとう、カァル!」
「ニャオン」
カァルは嬉しそうに鳴き声を上げた。
その日のお昼過ぎくらいに、この山道で標高の一番高いあたりに通過した。この先しばらくは尾根伝いに移動するから、坂を登ることは少なくなるということだ。
「ねえ、リュザール。今日の泊まる場所はこれくらいの高さなんだよね」
今歩いているところは、このあたりでも標高の高い場所だから、見晴らしがものすごくいい! 眼下には山脈に連なる山々が広がり、遥か彼方には4000メートル級の山も見えている。
「うん、もう少し先に風が吹きにくいところがあるからそこまで行って休むことになると思うよ」
しかし、当然そういう場所は風が強い。こんな場所で野営をしたら、ユルトが飛ばされるかもしれないし、とにかく寒すぎる。そんな場所で寝るのかと思ったらやっぱり、避難できるところがあるみたいだ。
その日の夕方、風が通り抜けにくい窪地に到着した私たちは、野営の準備を始める。
「カァルの様子は変わらなかったね」
「うん、この調子なら明日もついてきてくれそう」
その日の夜も私たちはカァルを挟んで一夜を明かした。
と、簡単に言ったけど、この夜もカァルの隣をめぐってユーリルとリュザールの対決があった。まあ、どうでもいいことなので割愛しますね。
「おはようカァル。もてもてだったね」
「ニャオン」
翌朝、私はカァルとともにユルトから出てくる。
「ちくしょうー。明日こそはカァルの隣は俺がいただく!」
「無理無理! あれだけ勝負して全部ボクが勝ったんだよ。それだけカァルとの相性がいいってことだよ。何回やってもボクが勝つよ」
ユーリルとリュザールの二人も、ユルトからいつもの調子で出てきた。
「ねぇカァル、寒いのに二人とも元気だね」
「ニャオン!」
出発の準備を済ませ、山の尾根伝いを歩く。
「ねえ、ユーリル。カァルがいなくなることが多くなってきたけど、そろそろかなぁ」
「うーん、もしかしたらそうかも……くぅー、こんなことならリュザールに土下座してでも隣を譲ってもらうべきだった」
今日のカァルは頻繁に隊を離れるようになっている。見える範囲のところでも石に体を擦り付けたりしているようだから、ほかの場所でも同じようにマーキングに行っているのだと思う。
「ソルはカァルと別れるのは辛くないの?」
「それは寂しいけど、仕方がないよ。住む世界が違うもの」
最初に別れた時に山にいたユキヒョウがメスだったのなら、カァルに子供がいるのかもしれない。その家族の絆を引き裂くことはできない。まあ、カァルはオスだから子育てはしてないと思うし、奥さんも一人じゃないかもしれないけどね。
もう一度別れることになっても、それは永遠の別れではないということが今回分かった。だから、
「カァルと別れることになっても、みんなで笑って送り出そうね」
尾根伝いの道も終わり、これから下りに差し掛かろうとしたときにその時はきた。
「ニャオン!」
カァルは突然私の足に体を擦り付けて、一声鳴いた。そしてそのままその場から動かなくなった。
「そっか、ここまでなんだね」
私はカァルに抱きつき言葉をかける。
「またね、カァル」
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あとがきです。
「ソルです」
「ユーリルです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「元気でね、カァル」
「カァルぅー。もう会えないのかなぁ」
「さあ、この辺りが縄張りだったんでしょ。カインからもそこまで遠くないから何とかなるんじゃないの?」
「でも、あまりに広いから探すのが難しいよ。何とかして連絡取れたらいいんだけど……」
「連絡取れたら苦労しないよ。さて次回のお話は最初の目的地タルブクへと到着します。皆さんお楽しみに―」
「ああん、モフモフが恋しい!」
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