第114話 クリスマスパーティーは後輩のために

 海渡たちの家から風花のマンションまでは、歩いて15分ほどかかるんだけど話していたらあっという間だ。


「いらっしゃい、みんなどうぞ」


 風花に招かれ、みんなで中に入る。そういえば、今回は凪と海渡の寸劇がなかったから物足りなかったな。


「どうしたんですか樹先輩」


「今回は寸劇が無かったから……」


「なんですかそれ。よくわかりませんが、姉ちゃんだったら今は悩んでいるので、あまり気の利いたことは言えませんよ」


「そうなんだ。何を悩んでいるのか、知っている?」


「いいですか先輩、僕が言ったって絶対内緒ですからね。姉ちゃんはとある先輩のことをヘタレ呼ばわりしたのに、自分もいざとなったら臆病でヘタレだってとうとう気付いてしまったんですよ。そして、このままじゃその先輩みたいになっちゃうって心から心配しているんです」


「ねえ、海渡。僕に何か恨みでもあるの?」


「さあ、何のことかわかりませんが、僕はいつだって先輩のことを尊敬していますよ」


 尊敬とかしたことない癖に……。それはともかく、このままでは凪ちゃんは臆病になったまま先に進めないかもしれない。


 どうしようかな。


「樹君、海渡君いらっしゃい。……どうしたの、二人とも渋い顔しているわよ」


 ここは水樹さんに頼るか。






 風花と水樹さんは、今日の料理のすべてを海渡たちに任せ、ケーキを頑張って作ったそうだ。それも二つ!


「すごい! 生クリームのものとチョコのものがある!」


「どちらも食べたいんじゃないかと思って」


 僕たちは仲間になってから、みんなでケーキを食べる機会が多くなった。クリスマスもそうだけど、それぞれの誕生日には五人そろってケーキを食べるのが恒例になっている。

 そのケーキは、誕生日の子の好きなものを買ってくることになっているんだけど、チョコ派と生クリーム派に分かれているんだよね。


「ねえ、風花。今度作り方教えてくれる?」


 砂糖が手に入るようになったら、テラでもケーキが作れるようになる。カカオが手に入らないからチョコ派の僕には残念だけど、クリームと果物があるからみんなは喜んでくれるだろう。




 風花の家の大きめのテーブルには、お重に入った中山惣菜店自慢の料理が所狭しと並べられている。


「この料理って、海渡が全部作ってきたの?」


「全部と言いたいところですが、このタレだけはお父さんが作り方を教えてくれないんですよ。本当に僕にお店を継がせる気があるんですかね」


 そう言って海渡が指示さししめしたのは、タレに付け込んで炭火でじっくりと焼き上げた焼き鳥だ。確かお店でも一二いちにを争う人気じゃなかっただろうか。


「あれ、一緒に仕込みをやっているって言ってなかったっけ?」


「はい、夜の仕込みは一緒にやっているんですけど、このタレだけは僕が学校に行っている隙に作っちゃうんです。だから何が入っているかよくわからないんですよね」


 海渡のお父さんは、お店ではいつも跡取りがいるから安心だってお客さんにも言っているから継がせたいのは間違いないと思うけど、なにか考えがあるのかな。

 海渡はテラでほぼ毎日料理しているし、こちらでも仕込みの手伝いで腕は上がってきている。もう追いつかれそうだから、単純に親父の威厳を保つためだったりして……。






「ふう、美味しかった。お腹いっぱいだよ」


 あんなにたくさんあった料理も、あっという間に無くなった。テーブルの上にはきれいに空になった重箱が並んでいる。


 みんなもお腹をさすっているから満足しているようだ。人気メニューの焼き鳥もそうだけど、クリスマスらしく鳥の骨付き肉もたくさんあって、美味しい料理の数々にみんなの箸が止まることはなかった。


「ほんと高校生の食べっぷりって見ていてほれぼれするわ。ところでみんな、ケーキがあるけどどうする?」


 僕たちの返事はもちろんYES!

 みんなでテーブルの上を片付け、風花と水樹さんが作ってくれたケーキを準備する。


「みんな、準備はいいかしら。それじゃ、電気を消すわね」


「あ、ちょっと待ってください。今日は皆さんありがとうございました。私たち姉弟まで呼んでいただいて」


 さすが唯ちゃんしっかりしているな、どこかの後輩に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ。


「いいのよ、唯ちゃん。パーティーはたくさんでやった方がいいんだから。それに碧君はこういうのあまり経験ないのでしょう」


「はい、お呼ばれされたの初めてでした。楽しかったです」


「楽しかった? 過去形はだめよ。パーティーはまだまだこれからなんだからね。それじゃ、みんなで歌いましょうか」


 電気が消されローソクが灯されたケーキを前に、みんなで定番のクリスマスソングを歌う。 




「海渡。なんでそこでジングルベル歌うんだよ」


 僕たちの目の前には、八等分に分けられたイチゴが乗った生クリームケーキとチョコがたっぷりデコレートされたケーキが並べられている。


「え、今日の感じではジングルベルかと思って」


「去年もきよしこの夜、歌ったじゃん」


「そうでしたっけ、何でもいいので食べましょう」


「あはは、先輩たち面白いです。クリスマスの時も歌うんですね。それに、いつもこんな感じなんですか?」


「うん、歌った方が雰囲気出るしょう。海渡があんな感じなのはいつものことだし、碧も楽しんでいる?」


「はい!」


 元気になった碧にはいろんな経験をさせてあげたいと思う。それはきっとサーシャにもいい影響を及ぼすんじゃないかと思っているんだけどね。


 それはそうと、水樹さん頼んだこと覚えているのかな……





 風花に入れてもらった紅茶を飲みながら、美味しいケーキを頂いていると、


「ねえ、唯ちゃんって海渡君と付き合っているんでしょ」


 ん、きたか? 頼みます水樹さん!


「え、は、はい」


 いきなり聞かれたから、唯ちゃん付き合っているって答えちゃったね。


「もうキスはしたの?」


 さすが水樹さん、ド直球。


「んっ! んっん!」


 口に入ったケーキを吹き出さないように海渡が堪えている。

 わかるよ気持ちは、でももうしばらく辛抱してくれ海渡よ。お前の双子の姉、凪のためだ。


「あのー、弟の前じゃちょっと」


 あれれ、唯ちゃんそれは白状しているのと一緒じゃないのかな。


「そう? 碧君も気になるよね」


「僕は姉ちゃんと海渡先輩が仲良くしているの嬉しいです」


「だって。で、どうなの?」


「は、はい。この前デートの時に……」


「ん、んー!」


 ごめん、海渡。今は流れを途切れさせないで。

 しかしなんだ、嬉しいぞ。ニヤニヤが止まらない。竹下も同じかニヤニヤしている。手のかかる子が独り立ちするって、こんな気持ちになるんだ。


「いいわねー若いって、でも、その様子ならまだそこまでみたいね。まあ、急がなくてもいいわよ時間はあるんだから。唯ちゃんの方はいいとして、碧君は誰か好きな子はいないの?」


 本題に入った! 唯ちゃんに先に告白させて話しやすい流れを作るとか、さすが水樹さんだ。


「え、僕ですか。僕にはまだ……」


「そう? なんだか気になる子はいるみたいに見えるけど」


 僕は海渡の口を塞いでいた手を離し、海渡と二人で様子を窺う。凪はケーキを食べる手を止めて碧の方をじっと見ている。


 僕は海渡とテーブルの下で合図をし、打ち合わせ通りに話を進めることにした。


「そういえば碧って最近みんなとよく話すようになっていたでしょう。武研の女子たちが噂していましたよ」


 凪が少し動揺したように見えた。


「へえ、なんて言っていたの?」


「年のわりにしっかりしているって話していたので、一緒にいて安心できるんですかね」


 実はこう言われているのは本当のことなんだ。碧がみんなと話すようになってから、同じ年の同級生たちよりも大人びた感じがいいのか、人気が出ているみたいなんだよね。僕が思うに、これは碧は体が弱かったから同年代の子たちと付き合うことが少なくて、大人たちとの付き合いが多かったせいかもしれない。


「そうなのね、それじゃ武研の子たちから告白されるかもしれないね。碧君の好きな子はその中にいるのかな」


「い、いえ。僕が好きな人は今の武研にはいません」


 お、おー、さすが水樹さん。気になる子から好きな人に言わせ変えた。


「その好きな子には告白はしないの?」


「え、だって、僕はまだ子供でその人にふさわしいと思いませんから」


 ……もしかしたら、このあたりの碧の気持ちがテラでも影響しているのかも。


「そうかしら。今の話を聞いていても思ったけど、碧君はしっかりしているから誰も子供だなんて思わないわよ。きっとそれは相手の子もわかっているはずよ」


 碧は水樹さんの話を黙って聞いている。そしてその目は凪を見ているように思える。


「もしその子が年上なら、碧君の成長を待ってくれないかもしれないわよ。他の子からとられちゃうかも。男の子なんだから悔いのないようにやりなさいね」


 さすが水樹さんだ。これだけ焚きつけたら、きっと進展してくれるはず。


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あとがきです。

「樹です」

「海渡です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「ドキドキでした」

「当て馬に使われた……」

「ドンマイ。水樹さん相手じゃ仕方がないよ。でも、これで凪と碧の関係も進むかもしれないね」

「進んでもらわないと困ります。恥ずかしい目にあったこっちが浮かばれません」

「まあまあ、これでやっと僕も安心することができるよ」

「安心できるって姉ちゃんのことですか? まだまだわからないですよ」

「いや、海渡と唯ちゃんのこと。これまでルーミンと一緒にお風呂に入るときに、いやらしい目で見られているようで気が気でなかったんだよね」

「! そんなふうに思われていたとは心外ですね。ルーミンはそんな目でソルさんのことを見たことはありませんよ。そう思っているのは僕だけです」

「一緒じゃん!」

「違います! 少なくともその時はそう思っていませんから。地球で目が覚めた後は別ですけど」

「ううー、やっぱりルーミンとお風呂一緒に入るのやめようかな」

「ははーん、わざわざお風呂の話題を出すとは、次回はお風呂回ですね!」

「さあ、どうだろう。次回更新のご案内です。内容は、更新後ご確認ください」

「きっと、お風呂だ」

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