第115話 今日はお風呂の日

 初めての収穫祭のあと、カインの村ではいろいろなことが起こった。多くは三つの村合同で行った若者たちのお見合い関連することで、成立したカップルの中には、雪が降りだす前に早くも親同士の話し合いを済ませたところもあったようだ。

 その中にはコルトとルーミンの愛弟子の子も含まれていて、来春バーシで結婚式を挙げることがすでに決まっている。なんでも収穫祭の後、コルトはすぐに親父さんと一緒にビントまで行き、先方の親御さんと話し合ったみたい。そして、その場で結納まで済ませてきたというから驚きだ。普通、女の子の親御さんの方も、そんな急ぎの結納を受けちゃうことはないんだけど……。一抹の不安を感じるけどあとの責任は持てないからコルトの奮闘に期待したいと思う。


 もう一組の気になるカップル。リムンとルーミンの弟君とコルトの妹の方は、まだはっきりとは決まっていない。来春ユーリルがビントに風呂釜の設置に行くときに、コルトの妹を連れて行ってもう一度会わせてみると言っていた。一緒になるのならその子はビントに住むことになるので、村の様子を知っておくのも必要だろう。







 山脈を下ってくる風は日に日に冷たくなってきて、本格的な冬の到来を教えてくれている。


 地球での暦は明日が大晦日だけど、こちらではクリスマスどころかお正月もない。ただ、普通の日が続いていくだけ。


 こちらの気候は、10月までは樹が住んでいる町とそう変わらないんだけど、それ以降は急激に冷え込む。温度計が無いからはっきりとはしないけど、寒い日には一日通して氷点下の時もあると思う。

 そして、この時期になると雪の日も多くなってくる。でも、ここは海から遠く離れた内陸の盆地なので、たくさん降り積もるということは無い。ちなみに年間の降水量は、地球の同じ地方のデータを見ると400~600mmというから、樹の町と比べると四分の一くらいだろうか。


 そのため水を多く使うお風呂は、限られたところでしか作ることができない。それを設置することができたカイン村で生まれていてほんとに幸せだと思っているし、もちろんユーリルにも感謝している。


「さっきから、何をブツブツ言っているんですか?」


「いやね、お風呂に入れて本当に幸せだと思って」


「それは確かに認めます。外では雪がちらついているのに、湯船の中はこんなに暖かくて……もう出たくありません」


 今日は私たちのお風呂の日で、同じ部屋のルーミンとコペル、それにサーシャと一緒に入りに来ているのだ。


「ほかほかで気持ちいい」


 少し長めの髪をタオルでまとめているコペルは、私の隣で気持ちよさそうに目をつむっている。


「うん、あったかいね。それにしてもこのコペルが考えてくれたタオルは助かるね。お湯の中に髪を付けなくて済むから」


 お風呂ができた最初の頃は、髪が長い女の子もみんな髪をそのままお湯に付けていた。でも何度か入っているうちにこれじゃいけないとなって、髪を結うようになったんだけど、これがいちいち面倒くさい。そこで風花に聞いたらタオルで巻く方法を教えてくれて、さらにそれをコペルに伝えたら、髪をまとめやすいようにタオルを改良してくれたのだ。本当に助かる。

 え、なんで私が最初からそのタオルをコペルに作って貰わなかったのかって、だって髪の長い女の子が、お風呂入るときにそんなに苦労してるだなんて知らなかったんだから仕方がないじゃない。地球の女の子がこちらでも女の子だったら、すぐに気が付いたんだろうけど、私もルーミンもサーシャもあちらでは男だ、それもみんな髪が短いから気付くはずがない。


「ほんとです。髪が長いのがこんなに不便だなんて思ってもいませんでした」


 サーシャも碧の夢の中で見たお風呂では、長い髪をどうするかなんて考えたこともないから、最初パルフィと一緒にお風呂に入った時なんて、サーシャがパルフィの髪を持って、私がパルフィの体を洗ってあげるとかよくわからないことをやっていた。


「そうそう、最初のお風呂の時は大変だったよね」


「最初の時と言えば、リムンから聞いたんですけど、普段あの聞き分けのいいテムスが大喜びしていたって、よっぽど嬉しかったんでしょうね」


 そういえば私も聞いたことはある。最初の日、リムンとジャバトとテムスの三人の順番になった時、リムンが入り方を教えていたらしい。そしたら、テムスは最初のうちはおどおどしていたみたいだけど、慣れてきたらはしゃぎまわって二人に迷惑かけたみたい。よく考えたらまだ小学生の年齢だもんな、好きなお兄ちゃん達とお風呂に入ったら騒ぎたくもなるのだろう。


「……テムス、どうしてますかね。大好きなお風呂、しばらくは入れませんからね」


 テムスがコルカに修行に行ってから、もうそろそろ半年が経とうとしている。カインからコルカまでは往復で半月ほどかかるので、テムスは修行が終わるまで帰って来ることはできない。


「コペルはテムスと会えなくて寂しくないの?」


「平気。でも、会いたい」


 コペルがテムスに会えるのは、修行が終わるまで待たないといけない。少なくともあと半年は先の話だ。


「そうだよね、私も会いたいよ。リュザールに聞いたら、元気にしてるって言っていたから待っていようね」


「うん」


「テムスはきっと大きくなって帰ってきますね。それもパルフィさんの親父さんに鍛えられて、リムンみたいにムキムキになって帰ってくるかもしれませんよ」


 テムスが戻ってきたら12才か。背も高くなっているはずだ。そして……


「テムスがムキムキになっていても大丈夫」


「平気。きっとたくましくなっている」


 お風呂のせいか、テムスを想像しているのかわからないけど、コペルの顔が赤くなってきた。

 やっぱり可愛いな、コペルは。


「ねえ、コペル。体洗ってあげようか」


「いいの?」


「遠慮しないで、さあ……。何、ルーミンその顔は」


「いえ、それでは私はソルさんを洗ってあげますね」




 四人で洗い場へ移動し、タオルに石鹸を付けよく泡立てる。


「コペルの肌ってほんとすべすべだね」


 すべすべだし、白いし……なんというかな、ただの白ではなくて透明感のある感じなんだよね。


「ソルさんの肌も張りがあって、私は好きですよ」


「私もソルの肌好き」


「やめてよ恥ずかしい」


 四人で一緒にお風呂に入るときは、こうやってお互いに体を擦ってあげたり、頭を洗ってあげたりしているのだ。元々はお風呂の入り方を知らないコペルのために始めたことなんだけど、みんなでわいわいするのも楽しいし、そのまま続いている。


「あれ、そういえばルーミン。少し太ったんじゃないの?」


 普段は服を着ているからよくわからないけど、触った感じがなんだかちょっと……


「ほんとです。ふっくらして見えますよ」


「え、二人とも何言っているんですか。そ、そんなことありませんよ。変わっていないはず。です……」


「そうかな、このお腹なんてちょっとふっくらしてきてない? ねえサーシャ」


「や、やめてください。く、くすぐったいです」


「はい、ふわふわです」


「ほら、やっぱり。コペルも触ってみる」


「コペルまで触らないで、アハハハハ」


「うん、太った」


「はあはあ、はあ。仕方がないじゃないですか、収穫祭の時にたくさんうどん食べて、ようやくあの味にたどり着いたんだから」


 なるほど、試食で太ったって言いたいんだね。


「でも、あれからかなり時間は経っているよ。言い訳にしてはつらいかな」


「ぐ、ご飯が美味しいのがいけないんです。キノコのだしがプロフに合って、いくらでも食べられちゃう……」


 収穫祭のあと、キノコの栽培をやってみようということになって、今は栽培の準備をやっているところだ。うまくいったら、早ければ来年の秋には収穫できるようになるらしい。そこでルーミンは、来年には余ることになる手持ちのキノコのだしを、普段の料理にも使っているということだった。確かに料理が美味しくなったのは間違いないんだよね。


「あはは、これくらいならジャバトも気にしないよ。さあ、次の人が待っているから、髪を洗ったらもう一回温まって上がろうか」





 お風呂を上がるときは、次の人のために風呂釜に水を足し、外の焚口に薪をくべておかないといけない。


 浴場の中で風呂釜に水を足した私たちは四人一緒に外に出る。


「うう、寒い。早く済ませよう。湯冷めしちゃう」


 そして、風呂釜の焚口に薪を入れ、くすぶっている火を改めておこす。


「よし、着いた。あとは次の人に任せよう」


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あとがきです。

「樹です」

「海渡です」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「ほら、お風呂回やったよ」

「確かにお風呂回でしたが、なぜルーミンの恥ずかしいところをチョイスしたのでしょうか。それよりもテラのお話なのに、なぜ僕が呼ばれたのかわかりません」

「だって、お風呂回を希望していたのは海渡でルーミンじゃなかったじゃん」

「それはそうかもしれませんが……うう、話しにくいです」

「それなら僕が代わりに話してあげようか。ルーミンのお腹はぷよぷよで、もちもちなお肌も相まって、触り心地も……」

「うわー! ごめんなさい。もう勘弁してください」

「残念。これから面白くなってくるのになあ。ねえねえ、次のお風呂の時もあのぷよぷよお腹触らしてね」

「うう、ダイエットしてやる」

「あれくらいがちょうどいいのに……。さて次回更新のご案内です。時間が少し進んで春になります」

「え、春ってことはまさか……」

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